弱音を吐ける場所
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弱音を吐ける場所

2016年10月12日(水)11:57 PM

NKJ56_syanainosutujyosi_TP_V1人は「帰る家」があるから、がんばることができます。帰る家がなければ、家出もできません。

 

 

 

 

自分には帰る家があると思うから、社会でのつらさにも耐えていけます。だから、親こそが子どもにとっての帰る家になってほしいと思います。

 

 

 

 

帰る家になるとは、一つには、子どもが弱音を吐ける相手になるということです。

 

 

 

 

人間にとっては、弱音こそ本音にほかなりません。「つらいよ、苦しいよ、どうしても学校に行けないんだ」という子どもの弱音を十分に聞いてやれる親であり、そのつぶやきに寄り添ってやれる先生であってほしいと思います。

 

 

 

 

子どもが弱音を安心して吐ければ、つらさにも耐えていけるし、また学校にも行けるようになります。

 

 

 

 

その弱音を受け止めてもらえるところが、彼らにとっての帰る家にほかなりません。

 

 

 

 

そうすると、「あのとき、先生に弱音を聞いてもらえたな」というのが、その子にとっての「原風景」となっていつまでも心の中に残ります。

 

 

 

 

自分がつらいとき、悲しいときに、しっかりと自分を守ってくれたということが、ドラマとして自分の中に保持されます。

 

 

 

 

そして、その原風景が、人間関係を取り結んでいくためのエネルギーとなっていきます。

 

 

 

 

そうした原風景を持っていれば、帰る家を見つけることができます。自分のありのままを受け止めてくれる人がいること、つまり、帰る家があれば、子どもは「やさしさ探し」のためにどこかをさまよう必要はなくなります。

 

 

 

 

親と自分との関係、自分と子どもとの関係の中に、誰もがなんらかの原風景を持っていることでしょう。

 

 

 

 

特に母親との関係の中に強く残っているのではないでしょうか。わたし自身、母親をとても恋しく思っているし、わたしの原風景の主役も母親です。

 

 

 

 

いまでもわたしは年に数回、喘息の発作に襲われることがありますが、この喘息には小さい頃からずっと苦しんできました。

 

 

 

 

わたしの原風景の中では、なぜか3歳ごろで30ワットの電球が脳裏に強く焼きついています。

 

 

 

 

わたしの田舎は、静岡県の海沿いにある小さな町です。喘息というのは、不思議なことに夜中に起こることが多いのです。 

 

 

 

 

当時、激しい発作が起こると母親はわたしにハンテンを着せておんぶし、自転車で診療所まで連れていってくれました。

 

 

 

 

「先生、先生」と玄関をドンドンやると、先生が眠そうな顔をして出てきて、注射をうってくれました。

 

 

 

 

診察室のベットで1時間くらい休んでいると、少し楽になってきます。そこで、母親はまた、月明かりを頼りにわたしをおんぶして自転車で家に帰ります。

 

 

 

 

家に帰るとすぐお湯を沸かし、わたしに飲ませます。喉が少し楽になるけれども、それでも完全にはおさまりません。

 

 

 

 

すると、今度は枕を高くして、背中をさすってくれます。少しでもわたしの症状を軽くしてやろうといろいろなことをしてくれますが、最後には母がわたしをおんぶして、「大丈夫か、大丈夫か」と言いながら、30ワットの電球の下をグルグル歩き回り、朝方まで看病してくれます。

 

 

 

 

これがわたしの原風景です。その間、父親はどうしていたかというと、「なんだ、また喘息か。

 

 

 

 

眠いのに、たまらんなあ」とボヤキながら、起きだしてきてタバコをプカプカと吸うのです。

 

 

 

 

酒とタバコが好きな父親でしたが、喘息にはタバコがいちばん良くありません。

 

 

 

 

だから、わたしはこの父親を恨みました。その気持ちを言葉にしてみると「父親の死に水は絶対にとってやらない、葬式も出してやるものか」と、固く心に誓うものでした。

 

 

 

 

この父親とは長期にわたる確執の末、のちに同居し、あることから恨みは消え、死んだときには標準タイプの葬式を出すことになりました。

 

 

 

 

その営みもわたしにとって尊い原風景となっています。

 

 

 

 

今、自分自身の原風景を思い出せない人は、辛い今こそ、子どもにとって原風景となって残りうるようなものを作り上げていただきたいと思います。

 

 

 

 

まさに危機こそ、そのチャンスなのです。面接をしていてもよくあることですが、たいていの子どもは両親のことを悪く言います。

 

 

 

 

特に父親のことを悪く言う子が多いです。ところが、わたしが実際にその親に会ってみると、そんなに悪い人たちではありません。

 

 

 

 

しかし、子どもにとっては、悪い父親であり、悪い母親になってしまいます。この関係も、子どもが親に思いを寄せ、親が子どもに思いを寄せたときには変わってくるに違いありません。

 

 

 

 

問題は、お互いに思いを寄せる時間を持ったかどうかです。思いやりの食い違いです。

 

 

 

 

そこは手間をかけてこなかったのです。誰が悪い、彼が悪いというように犯人探しをやっているうちは、けっして絆は生まれないでしょう。

 

 

 

 

大切なのは、子どもにとって、我が家が帰る家となることができるかどうかです。

 

 

 

 

子どもが安心して弱音の吐ける家庭を作ることができるかどうかです。よく「わたし、もうあんな会社、やめちゃいたいわ」と言っている人ほど、辞めないで続けています。

 

 

 

 

何も言わない人にかぎって、ある日突然、辞めてしまったりします。「うちのバカ亭主ともう別れたいの」といつも愚痴っている奥さんにかぎって、旦那さんと長くつながっています。

 

 

 

 

だから、弱音が吐けるということ、弱音を聞いてくれる相手がいるということは、生きていくうえではとても大事なことなのです。

 

 

 

 

自分のどうしようもないいらだち、とまどい、心細さなどを受け止めてもらえるから、次の「はじめの一歩」が踏み出せるのだと思います。

 



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