いつのまにか「浮いた人間」になってしまった~19歳男性のケース~
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いつのまにか「浮いた人間」になってしまった~19歳男性のケース~

2016年10月04日(火)5:17 PM

AXIS93_gardens_TP_V1自室にひきこもるQ君(19歳)を家庭訪問したのは2年前でした。そしてこの春、片道2時間かけて、「気になる人ごみと、その視線」に耐えるように、長く伸ばした前髪とツバのついた帽子をかぶり、相談室に通いだしてくれました。

 

 

 

 

そしてこの日、Q君は、ゲーム漬けの毎日を思い起こしながら、4年ぶりに同世代とウノ(カードゲーム)を楽しみました。

 

 

 

 

帰宅するその日の夕方、Q君は駅に向かっていっしょに歩くわたしにささやきました。

 

 

 

 

「どんなに楽しいゲームよりも、友達とのふれあいに優るものはありませんね」

 

 

 

 

Q君の家には、小学生時代から友達がよく遊びにきていました。自ら友達を求めて外出することが少ない息子を心配した母親の配慮でもありました。

 

 

 

 

ところが「お客様を歓迎するコツがわからない」Q君は、いつのまにか部屋の片隅にいてひとり本を読んでいることが多く、友達は「つまらない」と言っては帰ってしまうありさまでした。

 

 

 

 

ただ近所の4つ年下の子どもとは仲良く遊んでいました。「子煩悩な父親も内向的で家にいることが多く、外で遊ばなくても、退屈しないで過ごせた」とQ君は振り返ります。

 

 

 

 

小6になるとQ君は「つまらない人間」と自分のことを思うようになり、他人の話し声が自分の噂をしているように思えてきました。

 

 

 

 

そんなある日のことでした。道路に面している台所で、担任への不満を声高にしゃべりまくったのです。

 

 

 

 

ところが運悪く友達に聞かれてしまい、それからQ君は誰かに聞かれている、家の様子がばれてしまう、だから雨戸を閉めてくれと言うようになりました。

 

 

 

 

中学生になると、学生服が大人を意識させ、「これまでの消極さから、一転して社交家を目指した」といいます。

 

 

 

 

Q君は「おしゃべりになることに無理して努力」を試みました。友達同士が話をしていると、その輪に入らないと「気まずくなり、割り込んで何の話にも口を出していった」といいます。

 

 

 

 

「おしゃべりだな。しつこいよ。少しは遠慮しろよ。おまえが近づいてくると気が重くなるんだ」

 

 

 

 

親しくしていた友人の一言をQ君は守って、声をかけられるまで「しゃべること」を控えてみました。

 

 

 

 

するといつのまにかまわりから、「変人」扱いの「浮いた人間」になっていました。

 

 

 

 

「中学生にもなって、親とぺらぺら話しているやつはいない」そんな友達の話し声を聞いて、家族とも話すのをやめてみました。

 

 

 

 

「どんどんひとりになっていくようで寂しかったです。しゃべることをやめても誰からも声をかけてもらえませんでした。

 

 

 

 

勉強もなんとなくつまらなくなって、偏差値40をさまよってしまうタコのようなふぬけになってしまいました」

 

 

 

 

Q君は「本来の自分を取り戻したい」と思いましたが、その本来の自分とはどうだったのかもわからなくなっていました。

 

 

 

 

そこで「学力を取り戻すことで自分のスタートラインを確認しようと、家庭教師をつけてもらいましたが、成績は上がらなかった」といいます。

 

 

 

 

Q君が周囲の視線を気にしはじめたのは、高校に入学してまもなくの頃でした。

 

 

 

 

Q君は「普通高校を希望していたのですが、いつのまにか、何かのはずみで工業高校の生徒になっていました」と首を傾げます。

 

 

 

 

近所づきあいの少ない母親が悲しそうな顔をして逃げ帰ってきたのは、Q君がまだ「工業高校の生徒として自信の持てない」ときでした。

 

 

 

 

「工業高校っていまでもあるんですかって言うのよ。わたし、顔から火が出そうになって、挨拶も人並みにできなくて勉強ばかりの子でも仕方がない、そう言ってやりたかった」

 

 

 

 

母親は、日曜日をリビングでくつろぐ父親に向けて、近所の「インテリママさん」とのやりとりを話していました。

 

 

 

 

「くだらないことで騒ぎ立てるな。悪気があって言っているわけでもないだろう。罪のない子ども同士を比較するなんて、大人気ないぞ」

 

 

 

 

聞こえてくる両親の話にQ君は、「どうしてこうなってしまったんだろう」と頭を抱え込むと、母親が「インテリママさん」から身を引くようにして耐えていた姿が浮かび、涙が止まりませんでした。

 

 

 

 

工業高校に馴染もうと、Q君は電気などの工業系の本を読んだりして努力しました。

 

 

 

 

ところが、クラスには勉強する雰囲気はなく、「僕はここで腐りたくない、大学へ行くんだ」と自分に言い聞かせました。

 

 

 

 

「僕はこの高校に来るべき生徒ではなかったんだ」と思い、教室にいると「おまえも俺たちと同じレベルのくせに気取るなよ」という声が聞こえてくるようでした。

 

 

 

 

親しい友人も見つけられず、ひとり強張った表情で過ごす学校での生活が続きました。

 

 

 

 

教科書やカバンなど、荷物を机の上に置いて席を離れることが不安になってきました。

 

 

 

 

「大学受験をさせないように、いじわるをするのでは」と思えました。Q君が勇気を出して担任に相談すると、「笑いながら取り合ってもらえず、最後に神経科をすすめられた」ようです。

 

 

 

 

片道1時間の通学がこれまでの何倍にも長く感じられました。夏休みを前にしたある日、友達に誘われるまま喫茶店に入りました。

 

 

 

 

「友達はアイスコーヒーを頼みましたが、僕はホットコーヒーを飲みたかったのです。

 

 

 

 

友達はそのことを不思議に思ったのか、『変わっているな』と言いました。僕は急に『社会性がないのかな』と自分のことが心配になり、外出できなくなりました」

 

 

 

 

Q君は学校に行けなくなると同時に、負い目を雨戸を閉めることで隠し、昼間でも部屋に電気をつけることで、ひとり身の不安を紛らわしました。

 

 

 

 

「近所のおばさんがいつも、学校に行っていないことを監視している」ように思い始めると、Q君は家族に「ただいま」と言わないで帰ってくるように命令しました。

 

 

 

 

やはりひきこもる多くの子どものように、Q君にとっても、一日は長く、そして一年は短く過ぎ去っていきました。

 

 

 

 

ゲームにのめりこむことで、「16歳でストップしたままの自分」を忘れさせることができました。

 

 

 

 

悲しくなると父親の背広を見て、「大学を卒業し、サラリーマンになること」を夢見ました。

 

 

 

 

最終学年を迎えた同級生の大学進学への噂を聞き始めたころ、わたしはQ君を訪ねました。

 

 

 

 

両親の後をまるで「金魚のフン」のようにいつもついてまわるという、両親の悩みからでした。

 

 

 

 

母親の体に触れ、父親にはふざけるように「ハエが止まっている」と何度も頭を教科書でたたきました。

 

 

 

 

ひとりではいられないほどに不安が募りました。わたしは「くやしい数年間」を聞き、うなずきました。

 

 

 

 

Q君は笑顔で話し、余裕を見せましたが、時折うつむくと窓際を気にし、声を和らげました。

 

 

 

 

帰り道、わたしはQ君と握手するとグッと力を入れました。「オッ、力あるじゃないか。

 

 

 

 

もっと入れてごらん。これだけあれば、いくらでも取り戻せるさ。まずは外に出たとき困らないためにも足腰を鍛えないとね」

 

 

 

 

Q君は目を細めると微笑みました。ですが、一人でする「筋肉トレーニングは心細く一ヶ月と続かなかった」といいます。

 

 

 

 

その後Q君は、ラジオの音がもれないように布団をかぶせては通信制高校の放送授業を聞きました。

 

 

 

 

高校を中退して、再度通信制で学んでいることを「近所のおばさんたちに」知られたくなかったのです。

 

 

 

 

「自分が社会の中で所属できる身分証明書ができたら、過去を割り切れる頭と友達がほしく、ひきこもる若者のいる場を自ら求めた」とQ君は言います。

 

 

 

 

同世代と触れ合えた自信は、「つまらない人間」からの訣別でもありました。

 

 



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