忘れていた夢が出てくるとき
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忘れていた夢が出てくるとき

2016年10月03日(月)12:17 PM

MAR96_kinomi_TP_V1「自分は家族や他人から見放されている気がする」

 

 

 

 

「自分はどうも他人と違った人間なのではないか」

 

 

 

 

「将来がとても不安だ」

 

 

 

 

「自分がいないほうが、家族は仲良くやっていけるだろう」

 

 

 

 

「この先、自分は何をやって生きていけばいいのだろうか」

 

 

 

 

「こんなに自分を憎んでばかりいる人間では、生きていても仕方がない」

 

 

 

 

「ときどき、自分は生きているんだぞ、と自分自身に言い聞かせていなければつぶれてしまいそうだ」

 

 

 

 

こうした虚しい日々から、「それでもそのままの子でいい、おまえが悪いんじゃない」と親に受容され、そして「そんな自分なのに必要としてくれる他人がいる」ことに気づき、子どもたちは生きることへの可能性を信じていきます。

 

 

 

 

自分は一人ではないんだ、多くの人たちに支えされているんだと思えてくると、忘れていた夢が出てきます。

 

 

 

 

わたしは、その夢が次の段階である同世代復帰をするための「切り札」(存在感を保つための技術とか趣味等)探しになるように思えます。

 

 

 

 

そして、この夢には2つの見方があるように思います。1つは自分なりに人の輪からはぐれてしまい、「人生が止まったままになっている」と感じている年齢に戻って、そのときに抱いていた夢を語りだすことです。

 

 

 

 

それは現在の年齢との差があればあるほど、現実離れしたものになっていきます。

 

 

 

 

ここに紹介する「感情も意欲もないロボット」のようだった、ある28歳の若者は、年金生活者の両親に連れられて相談室を訪ねてくれました。

 

 

 

 

高校を卒業後、興味をもっていた音楽、ギターにひかれて楽器店に就職しました。

 

 

 

 

ところが気後れ気味な彼にとって、店内でのお客さまへのセールスは荷が重かったようです。

 

 

 

 

いつの間にか声が小さくなり、女子社員にもからかわれてしまうと赤面しました。

 

 

 

 

数ヶ月後、店長から「挨拶の声が小さい」と怒鳴られると退職しました。それからも何回か就職しましたが、どこも長くは続きませんでした。

 

 

 

 

約8年間、人間関係からひきこもりました。そんな彼も相談室に約半年通うと、そこで出会った少年たちと仲良くなり、音楽サークルでギターを弾き、キーボードに手を置きました。

 

 

 

 

作曲もすると、メンバーから依頼の声も出てきました。そして彼は「ミュージシャンになりたい、音楽専門学校に通いたい」という高校時代に描いていた夢が舞い戻ってきました。

 

 

 

 

ところが働くことが自立への第一歩という両親にとって、その話はあまりにも現実とかけ離れたものでした。

 

 

 

 

「年間1万人もの新人が出るのに、28歳で学校に通ってどうなると思っているのか。

 

 

 

 

それよりも働いたほうが・・・・」との両親の一言に若者の夢は消え、再びひきこもってしまいました。

 

 

 

 

2つ目は、現在の年齢に相応した夢を実現しようとすることです。中2で不登校になり、現在20歳だとすると、この6年間を一気にジャンプして取り戻そうとします。

 

 

 

 

「自分は、世界的な男になる」と口走ったりします。夢は現実離れしたものや、夢とは思えないほど小さな願いだったりします。

 

 

 

 

その芽を大切に守ってほしいと思います。この夢を持続させることが生きる希望につながります。

 

 



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