親にダメと言ってほしかった、叱ってほしかった~22歳男性のケース~
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親にダメと言ってほしかった、叱ってほしかった~22歳男性のケース~

2016年10月02日(日)11:28 PM

NKJ56_turisuruhito_TP_V1「じつはわたしは息子を叱ったことがありませんでした」建設会社で設計技師を務めるAさん(45歳)は感想を求められると、長男(22歳)について語りだしてくれました。

 

 

 

 

「わたしと家内は、大学で親しくなり、卒業を待たずに息子ができ、内々で結婚式をあげました。

 

 

 

 

わたしたちには子どもの自主性と可能性を信じてつきあっていくという共通の考えがありました。

 

 

 

 

自由に伸び伸びした息子に育てたいというのが、二人の願いでした。だから、叱らない育児、ダメと言わない育児を誓い、心がけました。

 

 

 

 

そして、その方針は少なくとも中学生までは間違っていませんでした。3歳年下の妹も屈託のない明るい子どもに育っていました。

 

 

 

 

息子は小・中と成績は上位、部活はバレーボール部に入って、部長をしていました。

 

 

 

 

多少、友達づきあいが下手で社交性に乏しいようにも見えましたが、とにかく手のかからないいい子でした。

 

 

 

 

わたしたちから勉強しろ、という必要もなく、計画的に自主的に進めていたようです。

 

 

 

 

ところが高校入試のあたりから、自分勝手な自尊心の強さが目立つようになりました。

 

 

 

 

わたしたち両親は、受験のストレスで苛立っているものと思っていました。そして希望の有名進学校に入学し、穏やかさと笑顔が戻り、マイペースで通っていた7月、突然に高校を中退して新聞配達をして働き、独学で大検、大学入試にのぞみたいと言い出したのです。

 

 

 

 

理由を聞いても「聞かないでくれ」と言うばかりです。

 

 

 

 

担任も驚いて訪問をしてくれましたが、期待に反して拒否し、部屋から出てきませんでした。

 

 

 

 

わたしはショックで冷静さを失い、居間に青ざめた息子を呼びつけると、妹もいる前で、どんな理由があっても、絶対にダメだとはじめて息子を叱りつけてしまいました。

 

 

 

 

すると息子は、もう遅いよ、今さらとわたしには理解できないことを言って部屋に戻ってしまいました。

 

 

 

 

ところが翌週から再び学校に通いだしました。無理していたと思います。夏休み明けからは登校はせずに、わたしともまったく口をきかなくなりました。

 

 

 

 

わたしは息子と接触する機会が少なくなり、妻を通して状態を知るしか方法がありませんでした。

 

 

 

 

学校は息子には内緒で休学にしておきました。いつか復学するものと信じていました。

 

 

 

 

息子のこれまでを考えると、そこまで底つきしているとは思えませんでした。

 

 

 

 

息子の昼夜逆転の生活はわたしには耐えられず、面と向かうとわたしの顔は強張るばかりでした。

 

 

 

 

年の暮れ、わが子を信じて待つ、という妻にわたしは疑問を投げつけました。約束の大検の勉強もせず、いつまでブラブラさせておくんだ。

 

 

 

 

自由に育てた結果が、息子をだらしない、ふてぶてしい、怠け者にしたんだと。

 

 

 

 

このころの息子と妻の親密さがわたしにそう思わせたのかもしれませんが」

 

 

 

 

Aさんは頭をかき、照れ笑いすると、他の父親たちに、助け舟を求めました。

 

 

 

 

「いや、わかりますよ。こんなまじめしか能がないようなわたしの息子ですからね。

 

 

 

 

怠けろ、と言っても怠けられないと思うんですよ。だから母子からわたしの食事の仕方なんか責められると、妻が甘やかして怠け者にしたと思いたくなるんですよ。

 

 

 

 

それにわたしがあまり厳しく言うもんですから、妻に、この子が生まれてから育児はおまえに任せた、と言って毎晩遅かったじゃないの。

 

 

 

 

任せるなら最後の最後まで任せてよと言われてしまいました・・・・・」

 

 

 

 

そう言うと助け舟の老紳士はAさんに話を返しました。「年が明け、息子は家族と初詣に出かけることができました。

 

 

 

 

わたしとも一言、二言話すようになり、家族の緊張が和らいでいくのがわたしには喜びでした。

 

 

 

 

ところが、4月からの進路について息子とどう話し合ったらいいのか、妻と悩んでいた2月下旬、いきなり、『僕は恥ずかしいけど、友達ができないんだ。心の健康な人なら誰もが身につけている、基本的な付き合い方に欠けているんだ。

 

 

 

 

何がよくて、どこからが悪いのかつかめず、変わったやつと見られてきたんだ。僕は二人(両親)からの、おまえはいい子だとの特別扱いのリップサービスを真に受けて、自分の思い通うとおりにいくのが当たり前、と傲慢になっていたんだ。

 

 

 

 

もっと叱ったり、抱いてくれたり、ダメと言ったり、仕方がないな、と言ってくれたりしてほしかった。

 

 

 

 

大工のおじさんみたいに育ててほしかった。そうすれば自分だけ、みんなと違って浮いてしまい、ひとりぼっちでつらい思いをすることもなかったんだ。

 

 

 

 

怠け者とお父さんは言うけど、違うんだ。友達の中で泳いでいける自信がないんだ。

 

 

 

 

みんなは進級していくのに、僕は年をとっていくだけだ。毎日何もせず、悩んで苦しんで、無駄に人生を送っている自分が情けなくて』

 

 

 

 

と顔をめちゃくちゃにして泣いて訴えてきたんです。わたしの陰口も聞いていたんですね。

 

 

 

 

わたしはもう胸が張り裂けそうで、言葉もありませんでした。混乱した息子とわたしたちが相談するところは、病院しか思いつきませんでした。

 

 

 

 

診断は、思春期挫折ということで安定剤をもらいましたが、息子は薬では治らないと言って飲みませんでした」

 

 

 

 

息子の家出旅行

 

 

 

 

同じコースをたどってきたある父親は、Aさんに深くうなずきで応えています。そこには診断と治療への無力感が漂っています。

 

 

 

 

「息子のつらさの何分の一でも受け入れようと話を聞き、傍らにいる時間をつくりました。

 

 

 

 

家族が落ち着きを取り戻すと、息子も前向きになり、その年、翌年に大検を受け合格し、友達と並んで大学にチャレンジしました。

 

 

 

 

ところが目標が高く、すべて不合格でした。宅浪の身でありながら、プライドばかりが高まる息子を見ては、不憫さと嫌悪感がわたしの気持ちの中に渦巻いていきました。

 

 

 

 

20歳を迎えた頃から同じ受験生となった妹にいやがらせをするようになり、きょうだい喧嘩が日増しにエスカレートしていったんです。

 

 

 

 

息子の状態は、性格なのか病気なのかわからないありさまで、趣味の音楽をボリュームをあげて聞き出すと、わたしは怒りがこみ上げてきました。

 

 

 

 

ある日、妹へのちょっかいに腹をすえかねたわたしは、夢遊病者のように立ち尽くす無抵抗な息子を、『20歳にもなって家族に甘え、見栄ばかり張って勉強もせず、老いていく親を頼って生きていくのか。

 

 

 

 

怠け者の根性を鍛えてやる』と徹底的に殴り倒しました。今、考えてみると、積み上げてきた家族の平和を、わたしひとりで壊してしまったんです。

 

 

 

 

翌日、わたしが出勤したあと、起きてきた息子は、腫れ上がった顔を隠すようにして、『お父さんは大丈夫だった?』と妻を気遣うようにして聞いたそうです。

 

 

 

 

そして『身の振り方をしばらく考えたい』と妻に言うと、旅支度の20万円の預金通帳をもって、家出旅行に出かけていきました。

 

 

 

 

10日後、15万円残した通帳を持って、やつれはてて帰ってきました。わたしは毛布で息子を包み、妻に味噌汁を作らせました。

 

 

 

 

そして妹は部屋でひとり、泣き続けていたようです。息子は『無駄金を使える身分ではないので、駅のホームやデパートの階段の下で野宿して自分の心を鍛えた』そうです。

 

 

 

 

でも『いい年をして・・・・』と笑われているようで不安になり、帰ってきたということでした。

 

 

 

 

それから半年が過ぎて、車の免許を取ろうと学校に通いましたが、学科を終えて止めてしまいました。

 

 

 

 

教官に対して緊張するとのことでした。わたしたちは何も言いませんでした。

 

 

 

 

ところが昨年の春、『音楽で身をたてたい』と長野から東京に出て、専門学校に入りました。

 

 

 

 

そして現在は、週1回電話はかけてきますが、絶対わたしたちと会おうとしないんです。

 

 

 

 

でも唯一の支えは、息子が上京するときに言った、『楽しいとき、大きな声で笑える自分を見つけてくる』との一言なんです」

 

 

 

 

好きで怠ける者は一人もいません。わたしには、息子さんの呻吟するその声が聞こえてくる気がします。

 

 



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