話し相手がほしい~28歳ひきこもり男性のケース~
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話し相手がほしい~28歳ひきこもり男性のケース~

2016年09月26日(月)1:02 AM

PPS_minatomiraiaoisora_TP_V1「この年齢(28歳)になってまで、まだ親に悪態をついて一日中部屋にこもっている、俺みたいな人間が世界中にいるわけないじゃないか」

 

 

 

 

A君は夕食を手に自室の前で立ち尽くす母親に向かって声をしぼりだして言うと、傍らにあったスマートフォンを投げつけました。

 

 

 

 

「本当の親なら何ひとつ家を傷つけず、自分の体ばかり痛めつけ、親子の清算もできずにいる、俺のつらさやくやしさを受け止めてくれたっていいじゃないかよ。

 

 

 

 

こんなに怒っても、布団にしか(スマホを)投げつけられない、小心な俺の気持ちがわかるかよ。

 

 

 

 

何も壊せず、ちょっとしたはずみでテーブルクロスを引いてしまい、食卓を汚したことが、家庭内暴力だって。

 

 

 

 

バカにするのもいい加減にしろよ」一転して攻撃の目はいつの間にか穏やかになり、顔を伏せると、すがる目となっていました。

 

 

 

 

「お母さん、一時間一人、一週間に百六十八人を呼んできてくれ。そうでもしないと、俺は親父の言うとおり、ダメな人間として時代(同級生)からとり残され、ホームレスにもなれない情けない人間として一生を終わってしまうんだ」

 

 

 

 

依存と拒絶(攻撃)の感情で、A君の心は激しく振幅します。

 

 

 

 

彼の「奴隷」として仕える母親は、困惑すると「一時間一人」の話し相手を探し求め、その一人としてわたしを迎えてくれました。

 

 

 

 

猛暑が過ぎ去り、ときおり涼風に心なごむ夕方、わたしは都内に住むA君宅を訪ねました。

 

 

 

 

閑静な住宅地に豪邸はひときわ目立っていました。父親は一代で中堅会社の社長になっていました。

 

 

 

 

堅実で口数少ない父親ではありましたが、酒が入ると波乱万丈の人生を子どもたちに聞かせることで仕事の疲れをとっていた、とA君は言います。

 

 

 

 

そして「夫婦で助け合ってきたはずの母親は、そんな話をひとこともしませんでした。

 

 

 

 

むしろ話しはじめる父親の口を止めるようにさあ、お父さん横になって寝てくださいというのが母親の口癖だった」ようです。

 

 

 

 

母親に案内された応接室はきれいに整頓されてはいたものの、やたらと神仏がまつられていたり、豪華な舶来品の横には笑顔で写る父親の写真が飾られていました。

 

 

 

 

お茶をわたしに差し出すと、母親は姿勢を改めて「よろしくお願いします」と深々と礼をしました。

 

 

 

 

母親は常になにかにおびえているようで、動きに落ち着きがなく、強張る顔がわたしには痛々しかったです。

 

 

 

 

姉は嫁ぎ、弟は地方の国立大学に通い、下宿生活をしていました。今はA君と両親だけが住む家は広く静かで、あまりに行き届きすぎていて、冷ややかに感じました。

 

 

 

 

A君は二階の自室で待っていました。そして閉められたA君の部屋の前には、季節の訪れを知らせる着替えが丁寧に重ねられてありました。

 

 

 

 

わたしはA君に声をかけると、しばらく「入室許可」を待ちました。お互いに緊張する瞬間です。

 

 

 

 

A君にしてみれば、「親の手先」でもあるわたしに不安もあったろうし、話した後はどうなるのか、という疑念もあったことでしょう。

 

 

 

 

わたしにしても、親の願いだけを聞き入れて訪問しただけに拒絶への恐れもありました。

 

 

 

 

部屋のドアが開きました。わたしは一年中、季節感もなく同じ服装で過ごしているA君と初めて対面しました。

 

 

 

 

彼は母親の話とは違って、身ぎれいにしてわたしを待ってくれていました。伏し目がちにわたしを部屋に迎え入れると座布団を差し出し、座る位置を指示して沈黙しました。

 

 

 

 

部屋はタバコのヤニ臭さが鼻をつき、その雑然さはこの家の「別世界」でした。

 

 

 

 

A君はベランダ側の窓の片隅に両足を胸に抱えて座り込みました。わたしは話の切り出しを思いあぐねていました。

 

 

 

 

「今年は暑いね」わたしは無難な言葉を選んで声をかけました。A君は気まずそうにうなずきました。

 

 

 

 

わたしはA君ととりあえず関係がとれたことに安堵しました。

 

 

 

 

まもなくすると母親が麦茶を用意し、部屋に持ってきてくれました。母親がA君におびえていることは、その表情と差し出す距離から容易に察しがつきました。

 

 

 

 

「何もなく、つまらないもので」と母親がわたしにささやくと、A君の釣りあがった目が母親を威圧しました。

 

 

 

 

落ち着かない様子で部屋を立ち去ろうとする母親を追うとA君は、内側から鍵を締めました。

 

 

 

 

その音の強さにもわたしにはわかりあえない親子の距離を知る思いでした。「タバコ吸ってもいいですか」

 

 

 

 

「ああ、いいよ」喘息気味のわたしにはつらかったのですが、A君の緊張をほぐすことがまずは優先でした。

 

 

 

 

彼は一本ふかすと、抱え込んでいた足をくずして、あぐらをかきました。

 

 

 

 

「僕はいつも報われない人間でした」A君の一言がわたしの心を激しくゆさぶりました。

 

 

 

 

わたしは彼の慟哭を聞き逃すまいと思い、A君と同じようにあぐらをかいて、身をかがめました。

 

 

 

 

「報われない人間って」わたしは声を抑えて彼の呼吸に合わせるように尋ねました。

 

 

 

 

「僕はこの家族の中でいつもダメな人間とされてきたんです。姉弟に比べて僕はそんなにダメなんでしょうか」

 

 

 

 

一息つくとA君は麦茶の入ったコップを見ながらつぶやきました。「夏、残り少ない冷蔵庫の麦茶をいっぱいにしておくのはいつも僕の役目でした。

 

 

 

 

姉は飲み干して空っぽになったポットでも、冷蔵庫にそのまま戻して平気なんです。

 

 

 

 

弟は飲み残してもそのまま台所に出し放題でした。僕には空か、生暖かい麦茶しかありませんでした。

 

 

 

 

犬を飼うときも、世話して育てることに自信がないと、唯一反対したのは僕だけでした。

 

 

 

 

その僕がどうしていつも自分ひとりで世話しなければいけないんですか。愛犬が庭で雨に濡れていても父も母も姉も弟も、みんなテレビを見て平気で笑っているんです。

 

 

 

 

僕は愛犬がかわいそうになり、乾いたタオルで拭くと玄関で雨宿りさせてあげました。

 

 

 

 

でも誰一人、愛犬を心配して身に来る人はいませんでした。僕は糞を取るのも恥ずかしくてたまりませんでしたが、誰も散歩に連れて行かないので、愛犬の寂しい目を見ると見過ごせず、僕だけが連れて出かけたんです。

 

 

 

 

誰も言わないので、小屋を作ったのも僕でした。これが愛犬と言えますか。父親はよく僕を姉弟と比べて、のろまと言っていました。

 

 

 

 

それがくやしくてある日、父親にこれまでの不満を勇気を出して言ったんです。でも父親は家族のことでケチなことを言うなと怒鳴りつけるだけなんです。

 

 

 

 

そのとき、せめて母親は・・・・と思ったんですが、黙り込んだままでした」

 

 

 

 

A君はこぼれる涙を言葉に詰まることで隠しました。「それはないよね」とわたしもA君につぶやきました。

 

 

 

 

私立中学入試に失敗した夜でした。家族各々が応接室から部屋に戻り、ひとりになったA君も消灯し床につこうと階段に一段足をかけたときでした。

 

 

 

 

隣室から両親の話し声が聞こえてきたのです。「あいつはバカだからな。一生、ダメな人間で終わるだろう」

 

 

 

 

父親の一言に、A君は自分の耳を疑いました。そして息を殺し、母親の思いやる言葉に期待をかけ、待ちました。

 

 

 

 

しかしいつもと同じで、母親は口を閉じたままでした。

 

 

 

 

「いくら思い通りにいかないからといって、自分の子をバカと吐き捨てる父親がいるだろうか。

 

 

 

 

それを黙って聞いている母親がいるだろうか」

 

 

 

 

A君のさまよう「親探し」の旅は、こうしてはじまったのでした。

 

 

 

 

「すべてに順風満帆だった夫にとって息子だけが気がかりだったようです。口ごもるところが自分に似ている、と主人はよく言っていました。

 

 

 

 

似ているだけに気になり、息子に何もできない自分にいらだって怒鳴ってしまうというんです。

 

 

 

 

わたしも子どもが小さいころは主人に口止めしたんですが、すると感情が高ぶって隣近所に聞こえる声で騒ぐので、いつの間にか何も言わなくなってしまいました」

 

 

 

 

後日、母親は切ない感情の行き違いを話してくれました。そのときの本音を出し合えない「タテマエの家族」という言葉がわたしには印象的でした。

 

 

 

 

「僕は出世していく父に、ダメな息子と思われたくないと、難関の国家試験を受け続け、この年齢になってしまいました」

 

 

 

 

書棚には真新しい試験問題集が手つかずのように並べられてありました。そしてその横には「超能力」や「速読術」の類の本がひしめきあって置かれていました。

 

 

 

 

「何か失敗するたびに、おまえの大学より、もっといい大学の人でも合格できない試験だ。

 

 

 

 

あきらめて就職したらどうかが父親の口癖でした。でもぼくは父に少しでも認めてほしかったんです。

 

 

 

 

それなのに最後には楽だから家にいるんだ。家を出て働けば世の中のたいへんさもわかると言うんです。

 

 

 

 

僕は苦しいから家にいるんです。別に楽はしていないのに、と思うんです。親は子どもをほしくてつくったはずなのに、どうして大切にしないんですか。

 

 

 

 

世間体で結婚して子どもをつくったんですか。僕は世間体のために生まれてきていたとしたら、父にとって・・・・・僕は今のままでいたら自然消滅を待つしかありません。

 

 

 

 

なんとかこれを解決する方法があれば・・・・」

 

 

 

 

「解決方法ね。あると言えばある」

 

 

 

 

「そうですね。ないと言えばない。でも、そう言ってしまえば今日お会いした意味も・・・・」

 

 

 

 

A君の顔が一瞬ゆるんでわたしには見えました。そして机の前に貼られた、父親がA君のために祈願したお札を二人で見合いました。

 

 

 

 

網戸から聞こえてくる鈴虫の鳴き声がA君の切なさと重なり、わたしの胸を締め付けました。

 

 

 

 

すでに一時間を過ぎて、わたしはA君の顔が赤みをおびていく様子に心が吸い寄せられていきました。

 

 

 

 

人は関係に目覚めたとき、生きる希望をかすかにつかむのです。それを育てるかかわりに終わりはありません。

 

 



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