「腫れ物にさわる」努力
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「腫れ物にさわる」努力

2016年09月24日(土)10:29 PM

AME6544__TP_V1子どもたちはどうすることもできない不安を抱え、ひとり心細い状況の中から「怒り」でやるせなさを表現し、「取り引き」でそんな自分でも「見捨てない」という親の愛情を確認しようとします。

 

 

 

 

屈折した心理です。だから現実離れした言動にもすべて何らかの意味が隠されているのです。

 

 

 

 

取り引きを持ち出さなければ、「親」であることを確認できなくさせてしまった、親のいたらなさをひとことわびてほしいと子どもは思っています。

 

 

 

 

そしてその真意をわかってもらえないと思ったとき、子どもたちは親や友人との関係を自ら拒絶していきます。

 

 

 

 

「いつまで、俺のせいにするんだ」と言って・・・・。

 

 

 

 

「俺は親に納得してもらおうとは思っていなかった。ただ理解しようと努めてほしかった」というつぶやきをわたしは子どもたちからよく聞きます。

 

 

 

 

「僕は親に何かをしてほしいとは思っていなかった。ただ、そばにいてほしかった」とも言います。

 

 

 

 

もともと自分の問題である、という意識を持ってはいるものの、とにかく何かあったら支えてほしいとの強い願いが不本意ながら「怒り」になっているのです。

 

 

 

 

そんな自分ではあるが、深い関心を向けてほしいと心の底から懇願しているのです。

 

 

 

 

 

「わかろうとしてくれるから話そうとします。まったくとりあってくれないとわかったとき、わたしは親といっさい口をきかなくなった」と、中学3年の不登校から「20歳の壁」を迎えた少女は言います。

 

 

 

 

「わたしは自分の部屋でしか自分の心を出せなくなってしまった」とも言います。

 

 

 

 

19歳のとき、部屋のドアに「話しかけるな」とメモを貼ったある少年は、23歳で相談室を訪れたとき、「自分を理解してくれたのはネットとゲームだった」と言いました。

 

 

 

 

一方通行とはいえ、自分に目を向けてくれていたのです。切ない話です。

 

 

 

 

話しても無駄だ、と親との人間関係を切ろうと「拒絶」しても心は寂しいままです。

 

 

 

 

ある意味で強く拒絶するほど、理解を求める思いは強いのです。

 

 

 

 

わたしはまったく拒絶する様子を見せることなく親を見限って、行方不明になったり帰らぬ人になった場合も知っているだけに、この思いはどうしてもお伝えしたいのです。

 

 

 

 

拒絶しても第三者とのコミュニケーションの場を求めようと漂流していれば、多少親にとって不安でも見守るしかありません。

 

 

 

 

むしろ冷却期間として、わが家の膠着した雰囲気を改め、還る家づくりを模索してほしいと思います。

 

 

 

 

一方、もっとも困惑するのは自室に閉じこもり、家族との交流をいっさい拒絶されることです。

 

 

 

 

この場合も子どもに拒絶させてしまったとみるほうがいいです。いくら口数の少ない家でも話しかけて返事のないことには耐えられません。

 

 

 

 

心がまったく見えないからです。声をかけて返事してくれているうちが花です。

 

 

 

 

もともと人間関係の修復能力に欠ける親子の場合、拒絶は長期化しやすい傾向があります。

 

 

 

 

基本的にわたしは親が「腫れ物にさわる努力」をしてほしいと願っています。

 

 

 

 

折れていく、共通の話題を探していく、(子どもの関心事に合わせていく)のは親の務めです。

 

 

 

 

そのために、親には汗をかいてほしいのです。



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