レールを外れた若者は、なぜ不安なのか
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レールを外れた若者は、なぜ不安なのか

2016年09月20日(火)11:59 AM

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どんなに不登校になる子どもが増えて、国をあげて「どの子にも起こりうる現象」と言われても、「あの高校を卒業しても中卒と同じか、それ以下」と高校中退しても、やっぱり現実の限られた同一世代と同一時代を同一空間で生きる場は、地域の学校です。

 

 

 

 

そこを心底見限って生きるには「半端な根性じゃやってられない」と、ある若者は二十代になって通信制高校に入りなおしました。

 

 

 

 

アルバイト先でどんなに仕事ができても、高卒、大学生の年下に時給で冷や飯を食わされている屈辱には耐えられませんでした。

 

 

 

 

「学歴をもった学歴反対の評論家の二枚舌にはだまされない」と、金持ちを夢見るその心がわたしには痛々しいです。

 

 

 

 

心細さを突っ張ることでしか表現できないのです。そして、その不安の多くはいまよりも将来に対する不安が中心です。

 

 

 

 

これから何を頼りに進んでいけばいいのか、誰が自分の相談相手になって援助してくれるのか、仲間の群れからはぐれた自分に声をかけてくれる友達はいるのか、そして何よりも自分の将来は大丈夫なのか、人並みの人生が保証されるのか・・・。

 

 

 

 

そんな不安に襲われると、急に部屋にひとりいることも心細く、深夜の街をさまよい、仲間を探します。

 

 

 

 

一方、人の視線を気にすると、外出することさえできず、ベッドに体は吸いつけられていきます。

 

 

 

 

ある若者はタバコで不安を紛らわしているうちに読み捨ての雑誌に火がついていることにも気がつかず、燃え上がる炎にやっと正気を取り戻しました。

 

 

 

 

なぜこんなに不安なのでしょうか。それはその悩みをひとりで背負わなければならないからです。

 

 

 

 

そして健気にも、子どもたちはその不安となっている悩みを作り出したのは、まぎれもなく自分だと心の底から自覚しています。

 

 

 

 

そういう選択を最後に決意したのは、親でも先生でもない自分だとわかっています。

 

 

 

 

だから、その行き先不明の、あてのない将来への重荷を背負う責任は、ひとえに自分にあると思っています。

 

 

 

 

それゆえ、そのことを見抜かれまいと、ときに明るく立ち振る舞い、意地を張ったり、意に反した行動を起こすこともあります。

 

 

 

 

それゆえ、わたしは子どもに「高校中退した責任は自分にある」とか、「人並みに高校も卒業できない人間がまともな職につけるほど、世の中は甘くない」とか、「君は一生、最低の人間として生きていくしかない」といった将来への不安を与えるような言動はしてはいけないと思います。

 

 

 

 

それは思うようにならない親や先生のストレス発散であって、子どもには「漬けもの石」にしかなりません。

 

 

 

 

もっと悪いことには、これを子どもへの励ましの言葉と思い込んでこれみよがしに言う親、特に父親がいることです。

 

 

 

 

不安にはその悩みに共感していくかかわりが大切です。たとえば学校で熱が出て帰宅後、母親に訴えたとします。

 

 

 

 

そのとき「薬飲んだの」「体力つけないからよ」「早く病院に行ってらっしゃい」と言われたらどんな気持ちになるでしょうか。

 

 

 

 

そんな言葉が聞きたくて訴えたのではありません。この寂しさ、くやしさが体ではなく心を病気にしてしまうのです。

 

 

 

 

ある若者が言っていました。「大丈夫かと一声かけてもらえれば本当の病気にならずに、心のほうから癒されていったはずなのに」と。

 

 

 

 

この時期、子どもにとっては不安を理解しようと努めてくれない親や先生と向き合うことが、さらなる不安の積み重ねとなります。

 

 

 



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