自分のプライドを維持するために
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自分のプライドを維持するために

2016年09月19日(月)5:44 PM

AME96_chirutoko_TP_V1「あなたは僕から見たら宇宙人みたいなものです。いろいろなタイプの人と気軽に話すでしょ。

 

 

 

 

初対面なのにいきなりよろしくと握手されたときは正直驚きました。相手の素性や性格がわからないままよく近づけますね。

 

 

 

 

小さい頃からそんな感じだったんですか。失礼な言い方かもしれませんが、僕もノーテンキな人間になりたいです」

 

 

 

 

A君はわたしに申し訳なさそうに目をそらすと、いつのまにか腕組みしていた両手は膝の上に軽く乗せられていました。

 

 

 

 

「いや、失礼な言い方かもしれませんがと前もって僕に心の準備をさせておいてくれたから、傷つかないですんだよ。

 

 

 

 

アッ傷つく、と言ったのは冗談だからね。傷つく、と言って傷つかないでくれよ。(笑)

 

 

 

 

A君は心が細やかだね。僕も両親がよくけんかしていたので、事を荒立てないようにと、その場の雰囲気に気を使い神経をすり減らしていたよ。

 

 

 

 

僕もけんかの場面に出くわすと、修復するのに膨大なエネルギーを必要とするタイプなんだ。

 

 

 

 

だから、人間関係のコンサルテーションに努力していたと思うな。だから外見ほど、ノーテンキでもないんだよ。

 

 

 

 

でも気持ちのどこかで、誠実にやっていれば、あとは野となれ山となれといった考えを母親の行き方から身につけていったのかもしれないな」

 

 

 

 

わたしは自らの体験を話すことでA君が気にしている「小さい頃」に思いを寄せていきました。

 

 

 

 

A君はわたしの話しにうなずきながら、ささやくように言いました。

 

 

 

 

「僕みたいな境遇の人間はいない、と思っていたんですが、みんな、わりとややこしく生きているんですね。

 

 

 

 

少し安心しました。とにかく父は癇癪を起こす人でした。僕が小学校に入学したころ、理由はわかりませんが、お酒のにおいをプンプンさせながら、突然に母の手をつかむと怒鳴りながら振り回すんです。

 

 

 

 

母は子どもの前では・・・と言って父に訴えると、僕や妹を抱きかかえ、ごめんね、ごめんね、心配しないでと謝るんです。

 

 

 

 

でも日曜日になるとハイキングに連れて行ってくれたり、一夜明けるとやさしい父に変身したりすることも多く、僕は父のご機嫌を見ながらビクビクしていました。

 

 

 

 

父に説教されるときも、怖かったんです。「おい、ここへ来て座れ」と言われ一方的に叱られ、終わったと思って立とうとすると、「まだ、話は終わっていない!」と怒鳴るんです。

 

 

 

 

そんな父に母は愚痴ひとつ言わず、隣近所の人とも適当に仲良く後ろ指をさされないように付き合っていました。

 

 

 

 

僕は母が強い人なのか弱い人なのか、よくわかりませんでした。

 

 

 

 

こんな「不透明な」環境で育った僕は、ひどく人間関係に悩まされていて、中学二年になると、完璧にネクラな性格になっていました。

 

 

 

 

親の言うことをよく聞く内気な性格が小心者になり、思いやりのある神経の細やかさが女っぽいと言われ、しっかりしている几帳面さが融通がきかないやつになり、正義感の強い男の子とほめられた完全主義がバカ正直な理屈屋に変わってしまったんです。

 

 

 

 

小学校までは手のかからない、やさしく、親の言うことをよく聞く子と絶賛されていた僕が、中学生になり、人間関係の渦の中で臆病で、自己主張のできな、将来が心配な子と親にも先生にも、そして友達にも烙印を押されたわけです。

 

 

 

 

僕が学校に行けなくなったのも、学校というよりもネクラな性格になってまで、人間関係をつくることに耐えられなくなってしまったからです。

 

 

 

 

 

だから烙印を押していた人たちには、僕の根本的課題を理解してもらえていたと思っていたんです」

 

 

 

 

顔を赤らめるA君の声はしだいにかん高くなっていました。くやしさが体を揺さぶり、かゆみをよびさましました。

 

 

 

 

シャツの袖をまくり上げかきむしる姿が、わたしには痛々しく感じました。

 

 

 

 

「中二の冬、僕の周りには友達がいないことに気づきました。いくら友達作りに努力しても、顔見知り以上の親しい友達はできませんでした。

 

 

 

 

教室では仲のいいグループが各々勝手に親友から真友を作り出しているんです。僕はその間に挟まれて、寂しさをカモフラージュし、平気なふりをしているわけです。

 

 

 

 

読んでもいない文庫本でその場を取り繕っているんです。もう本当に限界でした。

 

 

 

 

人間関係が避けられない場にこれ以上恥をさらしていられるほど、僕には度胸がありませんでした。

 

 

 

 

僕は自分のプライドを維持するために、仕方なしに学校を辞めたんです。人づき合いさえできれば学校にいたかったんです。

 

 

 

 

わかっていただけますか」A君はソファの肘掛に手を置くと拳に力を入れました。わたしはA君のそんな毎日を想像すると胸が締めつけられるようでした。

 

 

 

 

「僕は気まぐれな父親と忍耐強い母親を恨みました。今度生まれ変わったら、もっとしっかり子育てをしてほしいと叫びたい気持ちでした。

 

 

 

 

親の言葉尻をとるようになったのもこのころですね。不登校ばかりを気にしていた両親は、僕が校風の自由な高校に入学すると、悩みのすべてを卒業させてしまい、僕の根本的課題を置きざりにしたまま普通の家庭に戻っていきました。

 

 

 

 

僕はまたひとりでこの悩みを背負い、勉強に逃げていくことで普通の若者でいられたわけです。

 

 

 

 

成績アップは、人間拒否せざるをえない僕の劣等感をごまかせました。目の前の人間を恐れて人間関係術といった本を読みつくしている僕はピエロですね」

 

 

 

 

不登校・ニートが問題ではなく、人と触れ合いたいのに触れ合えない「人間拒否」が問題なのです。

 

 

 

 



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