ひきこもりと家族への疑心暗鬼
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ひきこもりと家族への疑心暗鬼

2016年09月18日(日)7:39 PM

AMEIMG_6968_TP_V1「ひとりでいたいとき、ひとりでいてもつらくないけど、人の輪の中にいたいのにいられないのはつらいものです」

 

 

 

 

A君は破れた障子とふすまに囲まれた六畳一間の自室で語り続けてくれました。

 

 

 

 

あぐらをかき、背を丸め、うなだれては一言一言反芻するようでした。

 

 

 

 

欄間に飾られた、笑顔でお神輿をかつぐ幼い頃のA君の写真が、しばしわたしの目を釘付けにしました。

 

 

 

 

「僕には知人はいても友達と呼べる仲間は一人もいませんでした。そのことに気づきはじめたのは中二のころだったと思います。

 

 

 

 

そして、友達のできないことを真剣に考え出したのはみんなが高校を卒業するときでした。

 

 

 

 

なぜだろうと思い、何でもいいから心理学の本を買って来い、と母親に命令し読みあさっていたんです。

 

 

 

 

でも結局、よくわかりませんでした。誰かと話し合ってみたいと思っても、その相手は一人もいないので、自分ひとりで考えるしかなく、つらく本当に孤独でした。

 

 

 

 

それでなるべく客観的になって、自分のこれまでを考えてみたんです。それでわかったんです。

 

 

 

 

僕はけんかがきらいだったんです。できなかったんです。けんかしても仲直りすることがわからなかったんです。

 

 

 

 

みんなのように言いたいことを言い合って、仲良く付き合うことが僕にはできず不思議でした。

 

 

 

 

けんかするほど仲がよくなる、ということが理解できませんでした。僕は数学や英語の勉強ばかりして友達づくりを勉強してこなかったんです。

 

 

 

 

友達になりたいと思っても、どうすればいいのかわからなかったんです。だから僕は人に嫌われないように自分の主張を抑えてきました。

 

 

 

 

人から嫌われると修復する自信がなかったんです。他人が自分をどう思っているのか、人の目がいつも気になり、不愉快な顔をされないかと、そのことを一番恐れていました。

 

 

 

 

いつの間にか、人の前では、悪影響を与えない当たり障りのない人間になり、そして争いごとや、言いあいの場は極力避けるようにして過ごしてきました。

 

 

 

 

その結果、友達はいなくなり、つくることもできなくなったと思います。

 

 

 

 

もしかしたら友達と仲直りする自信がなかったので、友達づきあいから遠ざかっていたのかもしれません」

 

 

 

 

友達からの置きざり感に苦しんだ十八歳の春の傷跡が、A君の話から察しられました。

 

 

 

 

そして机の脇の本棚に几帳面に積み上げられていた本のタイトルが、どうにもわたしには切なく感じました。

 

 

 

 

「甘えの心理」「思いやりの心理」「自分づくりの法則」「劣等感と自信」「親離れできれば生きることは楽になる」・・・・。

 

 

 

 

読めば読むほど、そうできない自分に自己嫌悪になっていったのではないのだろうか・・・。

 

 

 

 

A君の話す姿勢に合わせるように、前かがみでうなずき聞いていたわたしは、彼の疲れを感じ、「久しぶりに他人と会って疲れたんじゃないかい」と低くゆっくりと声をかけました。

 

 

 

 

「ハアッ。僕は変わっていますかね」

 

 

 

 

「イヤー。A君の気持ちはよくわかるよ」

 

 

 

 

「傍から見たら変な子どもだったと思いますよ。おとなしくて、誰とも口をきかなくて、暗くて陰気で、誰からも好かれない。

 

 

 

 

こうして二十歳にもなるのに、何もしないで家の中にいるって。今日こそ、明日こそ、と思っても他人の態度や言葉がどう出てくるか不安で、結局外に出られないんです。

 

 

 

 

でも、これは自分だけの責任でもない気がするんです。いや、きっと自分の責任だと思いますが、そう思ってしまうと自分を追い詰めてしまいそうなんです。

 

 

 

 

僕の家には泣いたり笑ったり、喜んだり怒ったり、抱き合ったりけんかしたり、普通の家族にはあるあたたかい空気が流れてなかったんです」

 

 

 

 

わたしはA君の話に吸い込まれていきました。

 

 

 

 

「父親(49歳・公務員)は何でも規則をつくるのが好きな人で、きちんとしていていい加減が大嫌いというのです。

 

 

 

 

食事の時間、風呂の時間を決め、食事中は雑談はしないこと、話したいことがあれば、家族会議で提案をするようすすめるのです。

 

 

 

 

約束を守らないと罰則はないのですが、理由を父親が納得するまで話さなければならないのです。

 

 

 

 

小5のとき、僕は説明ができないから殴ってくれと頼みましたが、父親は「わたしは暴力が嫌いだ」と聞いてくれませんでした。

 

 

 

 

母親(44歳・主婦)は、まったく父親に言い返す人ではありませんでした。祖母(母方)も同じで、僕には、味方になってくれる人がいませんでした。

 

 

 

 

近所の人たちからは、幸福な家族と見られていたようですが、僕には笑い声や家族の団欒をいくら思い出そうとしても、そんな風景が記憶に出てこないくらい、冷めた家族でした。

 

 

 

 

僕は父親が養子なのでいばっているんだと思って憎んでいましたが、中1のとき、母親に聞いたら、口答えすると大声でもめて不快になるし、近所の人にも恥になるので何も言わなくなった、と言われたんです。

 

 

 

 

僕は、家族への疑心暗鬼を消したいんです。僕は親しさもわからなくなり不安で、中2のとき父親を旅行へ誘いましたが、翌日、「疲れたからお母さんと行け」と約束を約束を破られました。

 

 

 

 

もっと普通の家族になりたいと、今度は僕が約束を破って食事のとき雑談したら、父親は三分話さなかったら百円あげると言うのです。

 

 

 

 

僕はナーバスな人間にされてしまったんです」

 

 

 

 

A君はもう言葉につまるどころか、この間のくやしさをわたしに背を伸ばして語りかけていました。

 

 

 

 

悲しみやつらさを乗り越えて喜びを獲得していくには、人に対する信頼感の積み重ねが大切です。

 

 

 

 

そのためには、人と人とが互いの思いを出し合い(せめぎあい)、そしてその気持ちに思いを寄せ、推し量り、歩み寄る(折り合う)プロセスを経て、互いのよさも欠点も受け入れ(お互いさま)、人間まんざら捨てたもんじゃない(人間尊重)と響きあうことが、何よりも人間のやさしさと生きる希望を作るのでしょう。

 

 

 

 

どんなことがあっても仲直りできる、という体験とお手本がA君にはほしかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

部屋を出ようとしたらテレビの下にシリーズものの映画DVDが並んでいました。「男はつらいよ」でした。

 

 

 

 

けんかして仲直り、A君もきっと「弱音がはけたら未来が開けるだろうな」と思いながらわたしはA君の家を後にしました。

 

 



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