「自分が中心」という生き方
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「自分が中心」という生き方

2016年09月16日(金)9:15 PM

AMEd4s74_do_TP_V1今の子どもたちは、小さい頃から「せめぎあって、折り合って、お互いさま」という人間関係をあまり積み重ねてきていませんから、小学校5、6年生になってちょっと複雑な人間関係になってくると、とたんに対応できなくなってしまいます。

 

 

 

 

そこで、「自分は人間関係がうまくいかないな」と思う子どもは、たいてい勉強に逃げ込むか、ゲーム等の遊びに逃げ込んでしまいます。

 

 

 

 

つまり、勉強や遊びが複雑な人間関係からの安全地帯となるのです。

 

 

 

 

勉強やゲームならひとりでやっていてもおかしくないし、そのときに人間関係がなくても不自然ではありません。

 

 

 

 

親もそれをいいことだと思ったり、たいしたことではないと思ってしまいます。

 

 

 

 

こうして、人間関係から逃避したままの状態で大学卒業までいってしまいます。

 

 

 

 

しかも、成績が良かったりしますから、親など周りの人も当人が受け身の人間関係でいることに気がつかず、きわめて順調にいっていると思ってしまいます。

 

 

 

 

ところが、大学や高校を卒業して会社に入ると、とたんに複雑な人間関係の対応を求められます。

 

 

 

 

ずっと勉強やゲームばかりしてきた子が、いきなり職場に入って人との付き合いを強制されると、悩んでしまいます。

 

 

 

 

結局、あんなにすばらしい会社にせっかく入ったのに、どうして一ヶ月もたたないうちに辞めてしまうのかということになります。

 

 

 

 

傍から見ていると、その理由がさっぱりわかりません。要するに、結局、知・情・意のうち、「知」の部分だけが極端に肥大化している状態なので、その「知」を生かす前に「情」で挫折するということが起こってくるのです。

 

 

 

 

特に「団塊の世代」ジュニアにひきこもりの傾向が増えていて、一種の「ひきこもり文化」というような様相を呈しています。

 

 

 

 

つまり、両親が団塊の世代の30~40代の人たちに、人間関係がうまく結べない人たちが多く、とくにそれが象徴的にあらわれているのが不登校であり、ニートです。

 

 

 

 

そして、不登校や高校中退の子供たちが人間関係の悩みを抱えたまま、どんどん高齢化してきているのです。

 

 

 

 

この「文化」にはいくつかの要素がありますが、特に戦後民主的個性尊重核家族化という現象が大きく作用していると思われます。

 

 

 

 

戦後民主的個性尊重というのは、要するに「自分らしく」「わたしらしく」ということであり、核家族化とは祖父母たちとのベタベタした人間関係はいやだということに他なりません。

 

 

 

 

だから、「なんで会ったこともないおじさんが入院したからといって、僕が見舞いに行かなきゃいけないのか」ということになります。

 

 

 

 

そんなドロドロした人間関係は、うざったい、もっとすっきり、さっぱり、さわやかな人間関係でありたいということです。

 

 

 

 

それが「わたしらしさ」であり、個性だというわけですが、考えてみれば、これはいつでも「自分が中心」の思考です。

 

 

 

 

だから、「わたしらしさ」を認めてくれないものは、わずらわしいものとしてどんどん切り捨てていきます。

 

 

 

 

それで、すっきり、さっぱり、さわやかになったと思っているのです。しかしその分、孤独を背負うことになります。

 

 

 

 

わたしは地方自治体からの依頼で、その土地の公民館などでカウンセリング講座をもつことがあります。

 

 

 

 

教育委員会などの主催ですから、聴講も相談も無料です。ところが、この種のカウンセリング講座には、地元の奥さんたちはあまりこないで、私が講師をしているデパートのカウンセリング講座のほうに、わざわざ二万五千円も払ってくるのです。

 

 

 

 

これは、地域にいてわずらわしい人間関係を引きずるのがいやだからです。デパートのカルチャーセンターなら、わずらわしさを感じたらいつでも辞めることができます。

 

 

 

 

お金を払っているんだからどうしようとこっちの勝手、すっきり、さっぱり、さわやかにバイバイというわけです。

 

 

 

 

嫌なものや面倒なものを引きずらなくてもすみます。いつも「わたしらしく」いられます。

 

 

 

 

人間関係を強制されると、「わたしらしく」だけでは生きていくことはできません。

 

 

 

 

だから、切るしかありません。こうして結局のところ、「個性」が「孤性」になってしまうということも起こってきます。

 

 

 

 

こうしたいつでも「わたしが中心」の行き方を、わたしは「一人称のライフスタイル」と呼んでいます。

 

 

 

 

現実の人間関係は、「わたし」と「あなた」、「わたし」と「みんな」というものですから、二人称、三人称の関係です。

 

 

 

 

社会生活の中では、二人称、三人称の関係をどう取り結んでいくかが重要になってきます。

 

 

 

 

これが基本だと思います。ところが、現代のわたしたちは、どちらかというと、一人称のライフスタイルばかりを重視して生きているのではないでしょうか。

 

 

 

 

そして、もしかしたら子どもたちに一人称のライフスタイルしか見せてこなかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

二人称、三人称の関係を見せてこなかったから、子どもたちが一人称でいられるうちはいいけれども、学校などの集団の場に入って否応なく二人称、三人称の関係を求められると、拒否反応を起こしてしまうのではないでしょうか。

 

 

 

 

今まで見たことも聞いたこともないものは、もとより実感できないし、想像することもできません。

 

 

 

 

そういうモデルがなかったからです。たとえば、町内会長がやってきて、「次の日曜日の八時半から町内のドブ掃除を行いますので、ぜひよろしくお願いいたします」と言います。

 

 

 

 

ところが、次の日曜日にはやっと家族みんなで休暇がとれたので、山梨にぶどう狩りに行く予定になっています。

 

 

 

 

「そういうわけで、みんな楽しみにしているので、申し訳ないけれどもちょっと出られないんです」

 

 

 

 

「だってお宅は前回のときもお出にならなかったでしょう。みなさん、いろいろと予定があっても、なんとか都合をつけて参加しているんですから・・・」

 

 

 

 

「うるさいわね。わが家がやっと五年ぶりで四人の休暇が取れたのよ。なんの権利があって、それを邪魔するの。

 

 

 

 

もういいわ。うちはドブを使わないから」わたしたちも知らず知らずのうちに、一人称でやっているのかもしれません。

 

 

 

 

こういう現場ばかり見て育った子どもが、「人と折り合って、お互いさま」などということにはならないのは当然のことです。

 

 

 



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