元不登校の23歳の息子と母親
ホーム > 元不登校の23歳の息子と母親

元不登校の23歳の息子と母親

2016年09月01日(木)7:39 PM

AME_843_bikei_TP_V1「今年は家へ帰るからね」と電話で連絡が入りました。明後日は息子の誕生日です。

 

 

 

 

それでは、久しぶりに一家6人でケーキと食事でお祝いをしなくては・・・。

 

 

 

 

1ヶ月ぶりに帰ってくるのが待ち遠しいです。こんなふうに、毎日、気負いもなく暮らせる生活がふたたび訪れるなんて、ほんとうに夢のようです。

 

 

 

 

「学校に行きたくない」と言いはじめてから10年がたち、息子は23歳になります。

 

 

 

 

息子の友達から、「おだやかだねえ」と言われるほど、落ち着いた雰囲気も持ち合わせるようになりました。

 

 

 

 

いま、息子は東京にひとりで住み、福祉関係の専門学校に通っています。長年あこがれていた自転車通学をし、関東近県にチェーン店を展開しているファミリー・レストランでアルバイトをして暮らしています。

 

 

 

 

しばらく連絡がなく、どうしているかなと思っていると、「じつは熱を出して寝ていたんだ。

 

 

 

 

でも、もう平気だよ」なんて電話が入ります。わたしのほうは、3年前に夫の父親と、1年前にはわたしの母親といっしょに暮らすことになり、いっぺんに6人家族になってしまいましたので、息子のことは忘れるほど忙しく毎日が過ぎていきます。

 

 

 

 

大風が吹き荒れるような息子の中学生時代、そんな息子をなんとか軌道修正させようと試してみる夫、あのころ、何か事が起こるたびに、夫は「しつける」ことをもっとも大事に思い、それが親のつとめだと言い続けてきました。

 

 

 

 

でも、わたしが感じていたのは、いまはそんなことを言っている場合ではないのではないか、息子が何を考えているのか確かめることのほうが先決ではないかということで、考え方の違いを何度も話し合いました。

 

 

 

 

あれほど多くの時間を費やしてお互いの気持ちを正直に確認しあったのははじめてでした。

 

 

 

 

夫とわたしとがお互いに支えあったことで、その後、2人のあいだはとても風通しがよくなり、気持ちが楽になりました。

 

 

 

 

そのおかげで、息子の気持ちもよりいっそうわかりやすくなりました。学校やこれから先の話についてはとてもイライラするらしいけれど、学校に行かず、その年代の生活がうまくいかない息子にとっては当たり前でしょう。

 

 

 

 

中学卒業後、しばらくは学校とは縁が切れたような生活でしたが、そのうちになんとかしていくだろうと漠然と考えていました。

 

 

 

 

ただ少し慌てたのは、学校へ入らないので身分証明書は健康保険証だけ、事故に巻き込まれたときにはわたしと夫が守るしかないと実感したときでした。

 

 

 

 

そんな心配はご無用、当人にまかせておけば大丈夫と心に言い聞かせているのに、出かける息子を見ているとハラハラしてしまうのでした。

 

 

 

 

どうやら、わたしが心配性になっていたのでしょう。ちょうどそのころ、関東自立就労支援センターのフリースペースに通うようになりました。

 

 

 

 

わたしたち2人のほかにも見守ってくれる人がいるということで、とてもうれしく、精神的にも安定するようになりました。

 

 

 

 

わたしが最初に出かける日に息子に声をかけたところ、彼も出かける気になって、結局、7年も通うことになりましたが、この場があったおかげでいまにつながっていると思います。

 

 

 

 

通い始めのころは、とても疲れた様子でしたが、それまでほとんど家と近所が行動半径だったのが、いっぺんに片道3時間に広がったのですから当然でしょう。

 

 

 

 

このフリースペースに3年間通い、高校へ入学しました。ここでの3年間で、もう一度、自分と同じ年代の仲間に入っていく準備をしていっことになります。

 

 

 

 

すでに通ってきていた仲間とのコミュニケーションに全精力を傾け、話題を探し、少しずつ慣れていったのです。

 

 

 

 

わたし自身もここへ出かけてくれれば遠慮なく話ができて、ストレスも発散でき、気持ちがすごく楽になったものです。

 

 

 

 

ここにはいろいろな街からいろいろな人が集まってきていて、パッと視野が広がるようでした。

 

 

 

 

家の周りだけで動いていたときには、家族と親戚が生活圏でしたが、ぐんと社会が開け、家の雰囲気が明るくなり、わたしも肩の荷が少し下ろせてほっとしました。

 

 

 

 

スキーへ行ったり、サマーキャンプに参加したり、あっさりとできているときはプレッシャーも受けませんが、一度できなくなったときには、まわりにいる人たちに支えてもらうことで、元気になっていきました。

 

 

 

 

支える人のなかでもいちばん身近なのは、なんといっても家族です。とりわけ父親とは男同士、互いに尊重しているように見えます。

 

 

 

 

ほんとうによかったです。学校の友達ともしだいに打ち解けて、楽におつきあいができるようになっていきました。

 

 

 

 

わたしの役目も文字通り「見守る」だけになりました。さまざまな経験もしましたし、そのつどいろいろな方に支えていただき、なんとか家族としてつながりました。

 

 

 

 

いつまで気づかっていけばいいのだろうと考えていましたが、心配がなくなれば、親と子の距離は適当に離れていき、風通しがよくなるものなのですね。

 

 

 

 

最後に、10年前、わたしの家族が混乱しているときに、ある方から贈られた言葉を記します。

 

 

 

 

「こがらしは吹き荒れるけど、止まないつむじ風はない」

 

 

つづく



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援