反抗期、いじめ、それぞれのケース
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反抗期、いじめ、それぞれのケース

2016年08月24日(水)11:13 PM

AME_843_bikei_TP_V1「わたし、神様じゃないんです。人間なんです。いま、人間になるために親に反抗しているんです。

 

 

 

 

もう、いい子だけじゃ生きていけません」それは、遅すぎた反抗期に悩んできたAさん(24歳)の「梅雨明け宣言」でした。

 

 

 

 

三人姉妹の長女として育ったAさんは、両親にとても愛されたといいます。

 

 

 

 

その分期待も大きく、「漬けもの石」のように重く感じていました。だからといって、「いい子」でいようとして自分を抑圧してきたわけではなく、やさしい両親を困らせ、悲しい思いをさせるのがつらかったようです。

 

 

 

 

Aさんは今にして、「人間なら誰でも持っている喜怒哀楽という素直な感情をバランスよくあらわせなくなっていたのでは」と感じています。

 

 

 

 

とりわけ、「嫌だ」という気持ちと、自分のために遊ぶことを控えめにしてきました。

 

 

 

 

「いい子」になっていた彼女は、短大を卒業すると、大手商社に就職し、総務課に配属されました。

 

 

 

 

細やかな仕事ぶりは、上司や同僚からも高く評価されました。数年後、その慎み深さも手伝ってか、秘書課に異動することになりました。

 

 

 

 

新しい職場で、仕事と割り切ってはいても、傲慢に指示されることに、Aさんはとまどいました。

 

 

 

 

自分なりの配慮もあまり報われませんでした。その一方で、簡単に無理難題を押しつけられました。

 

 

 

 

ある日、山積みになった書類を処理していると、上司が唐突にも手書き原稿を机の上に投げました。

 

 

 

 

「これ、午前中にやっといてくれ」

 

 

 

 

「えっ、そんな」と思った瞬間、「わたしにだけ甘えないで」という怒りがこみ上げてきました。

 

 

 

 

しかし、それはのど元で固まりました。押し黙ったまま欠勤を続けるAさんを、両親がとがめました。

 

 

 

 

「何を甘えているんだ。いい歳をして」

 

 

 

 

そのとき、彼女の脳裏で何かがプチッと音をたてて切れたのでした。

 

 

 

 

脱「いい子」宣言には傷つくリスクを背負っても人間関係をつくっていきたいという決意表明が秘められています。

 

 

 

 

話しつくしたら微笑む

 

 

 

 

中学時代、自分の鉄道趣味を友達から「ネクラ」と言われ、いじめられたことのあるBくん(20歳)は、進学校に入学すれば、「そんなにレベルの低いことを言うやつはいないだろう」

 

 

 

 

と思いました。そこで中学二年になると、性格が変わったかと思われるほどに、勉強をしだしました。

 

 

 

 

両親は心配し、夏休みには、ディズニーランドやハイキング、海水浴などに誘ってみましたが、「後悔先に立たず」と断られました。

 

 

 

 

しかし、成績は思ったほど伸びず、結局、母親の出身地の進学校に入学しました。

 

 

 

 

慣れない祖父母との生活ではありましたが、大切にしてもらったといいます。

 

 

 

 

勉強は「田舎の学校」にしては難しく、家庭教師がついても「少ししかわからなかった」と目をうるませました。

 

 

 

 

斜に構えた分だけ都会臭さが目立ち、友達もできませんでした。

 

 

 

 

ひとりぼっちのさびしさを祖父母にぶつけると、「甘ったれるな!」と怒られました。

 

 

 

 

bくんはくやしさとホームシックが重なって、二学期から地元の高校に転校しました。

 

 

 

 

ところが、事態は彼の不安を的中させてしまいました。中学のときにいじめられた連中と同じクラスになり、「汽車ポッポ」と言われ、からかわれるようになりました。

 

 

 

 

Bくんは思い切って中学以来のつらい体験を担任に話してみました。

 

 

 

 

「それは仲間としてのご愛嬌だよ。歓迎されているんだ。そう神経質になるなよ」

 

 

 

 

Bくんは「わかってくれない先生」、というより「聞いてくれない先生」と思い、それ以上、傷ついた体験を話す気にはなれませんでした。

 

 

 

 

「それは、神経質という言葉で、僕のわかってほしい気持ちに全部ふたを閉められたようでした」

 

 

 

 

スポーツをすると、Bくんのまわりに笑いの渦が巻き起こりました。一生懸命さが「錯乱状態」に見えてしまったようです。

 

 

 

 

「僕には味方が一人もいない」体調を崩したまま、彼は新年を前に退学しました。

 

 

 

 

「通信制高校も、レポートを見たとたん、あきらめました。眠るとホームレスや受刑者の夢ばかり出てきて、追い詰められる毎日でした。

 

 

 

 

まだ若いのに、老人の体になってしまいました」

 

 

 

 

わたしは、彼の気持ちにただうなずいて聞くしか術がありませんでした。しかし、話し終えたBくんは、すっきりしたように微笑みました。

 

 

 

 

せつなさからの脱出は、まず誰かに聞いてもらうことからはじまるのだと、わたしは再認識しました。

 



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