不登校の児童と生徒について
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不登校の児童と生徒について

2016年06月10日(金)12:20 PM

不登校の児童・生徒について主にふれますが、「登校/不登校」を「社会参加/社会参加の拒否」と置きかえて読み進めていけば、ニートやひきこもりの人にも大部分を適用できるでしょう。

 

 

 


不登校の数は一九九五年(平成七年)から一九九八年(平成一〇年)までの四年間で四万六一〇一人も増加しました。

 

 

 


当時、どうしてこんなに増加したのか不思議に感じ、研究所にある心理検査と行動調査を使って調査研究をしてみました。

 

 

 


仮説として、「不登校の児童・生徒は病気ではないが、不登校に対する社会の認識や対応に変化が生じると、子どもの心理にも影響が及ぶのではないか」というものでした。

 

 

 


不登校に対しての社会の認識や対応が、「登校刺激型対応」(積極的に登校するようにはたらきかける対応)から「受容的対応」(積極的な登校のはたらきかけを行わず、子どもの意思を尊重する対応)に変化した一九九二年(平成四年)に出された文部省報告を軸として、、私の研究所に過去に通ってきたひきこもり傾向で精神疾患をともなわない一五〇名を母集団とし、三つのグループ(世代)に分けました。

 

 

 


三つの世代に分類して、各グループの心の不安を田研式不安要因の検査を主成分分析によって分析をしました。

 

 

 


対人不安が強く、人間関係で傷つき、ひきこもりの不登校になっていることが各世代で共通しています。

 

 

 


登校刺激型対応を行っていた「登校刺激期」(一九八九年<平成元年>)以前は、登校拒否(不登校)になる子どもの数が少なく、当時、文部省では、登校拒否(不登校)は特別な児童や家庭に起こるとしていました。

 

 

 


そして、登校拒否(不登校)になると学校によっては、出席日数の不足を理由に進級や卒業ができずに原級留め置きの処分を受け、二度目の中学三年時に義務教育の就学年齢の一五歳を過ぎてしまうと、除籍になるケースもかなりありました。

 

 

 


だから、当時は子供の将来を考える熱心な親や教師であればあるほど、登校刺激型対応をとっていました。

 

 

 


多くの子ども達は「皆、学校に行っているのに、行けない自分は駄目な奴」と思い込む自罰傾向が強くなり、学校社会から取り除かれるという恐怖感も強かったことがわかります。

 

 

 


そのために、状態像が悪化し長期に渡ってひきこもりになる子どもが多かったことも理解できます。

 

 

 


学校適応ができなかった子供は三六・〇%です。当時、文部省が、このような状態の子ども達を学校不適応対調査研究協力者会議で分析し、「どの子にも起こり得る」「子どもの気持ちを充分に受け止めて」へと対応を変化させて、教育的配慮によって進級や卒業問題について緩和したことは納得ができます。

 

 

 


登校刺激型対応から受容的対応に変化する過程にあたる、一九九〇年から一九九四年に中学時代を過ごした「過渡期」の人達は、ひきこもりの期間が一番短く、三年以上ひきこもっていた人は二〇・二%しかいません。

 

 

 


また、学校適応ができなかった人達も一八・九パーセントと低いです。これはどういう理由からでしょうか。

 

 

 


当時、例えば、学校では進級や卒業問題を抱える管理職や学生主任は、不登校についての新しい対応が過渡期であり、教育委員会や周りの学校の様子を見ながら対応したので、従来通りの「登校刺激型対応」をとっていました。

 

 

 


しかし、養護教諭や新しく配属されたスクールカウンセラーは「受容的な対応」をとっていました。

 

 

 


家庭でも、子どもの様子がわからない父親は依然として「登校刺激型対応」をし、母親は登校刺激をしても状態がよくわからないし、家庭内暴力も怖いので、「受容的対応」をしていた時期です。

 

 

 


不安要因の検査でも、自罰傾向や恐怖傾向が下がってきたことがわかります。

 

 

 


不登校の子ども達にとっても、「自分の気持ちを分かってくれる先生やカウンセラーがいる」「母親は登校刺激をしないで自分の気持ちや思いを聞いてくれるようになった」と思える検査結果です。

 

 

 


しかし、一九九五年以降になると、義務教育課程では進級・卒業問題はなくなり、少子化の影響で子供の数が減少、高校受験の壁も低くなったこととサポート校ができたこともあり、卒業後の進路問題は大きな問題ではなくなってきました。

 

 

 


その結果、「登校刺激型対応」をする先生はいなくなり、「もう少し様子を見ましょう」「心にエネルギーが溜まるまで待ってあげましょう」という対応が一般化して、「学校に行かなくては」という圧力が低下したのではないかと考えられます。

 

 

 


一九九五年(平成七年)から一九九八年(平成一〇年)までの四年間で、全体の児童・生徒数は少子化の影響を受けて減少しているのにもかかわらず、四万六〇〇〇人も不登校児童、生徒数は増加し、不登校の大衆化が始まりました。

 

 

 


子ども達の不登校が長期化し、生活リズムの乱れから、昼夜逆転・不規則な食生活・運動不足による体力低下が進み、身体的徴候が現れました。

 

 

 


心理的には不登校の大衆化とともに、「学校を休んでいるのは自分だけではない」「自分と同じような生活をしている子もクラスに何人かいる」という気持ちが強くなり、責められると、私だけではないと他罰的になったり、無気力になったり、なんとなくイライラする衝動傾向が強くなってきます。

 

 

 


そして、再び、ひきこもり状態が三年以上の子ども達が四一.二%と多くなり、学校適応ができなかった子供は三一・三%になりました。

 

 

 


一つの結論として、子どもの心の状態に応じて、登校刺激や受容的対応のどちらにも偏らずに、学校や親、カウンセラーが協力して役割を分担することが重要であるといえます。

 

 

 


子どもの心の不安や自信のなさを受けとめ、小さな成功を褒め、自己肯定感を強めて本物の自信をつけていく受容的対応。そして、本人の実行できる範囲で勉強や仕事の示唆を行う登校刺激(仕事刺激)的な対応。この両者をバランスよく用いることが効果的なのです。

 

 

 


このように社会環境の変化や理解や対応の仕方によって、不登校になった子どもの不安の質や行動にも、大きな変化が現れることが次第にわかってきました。

 

 

 


環境が変化すると、それに合わせて変化したり、退化したりするのは生物界の生命の偉大さなどと、大げさなことは言えないが不登校の子どもたちにも変化が見られることは確かです。

 

 



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