不登校、ひきこもりの実例
ホーム > 不登校、ひきこもりの実例

不登校、ひきこもりの実例

2016年05月27日(金)12:23 PM

都内に住む紀夫(仮名、十七歳、高校二年生)の父親(五十歳)は高校を卒業して、食品会社に就職し営業マンをしていました。

 

 

 

 

営業マンとしてはそれなりの営業成績をあげたが、高卒のために管理職には就けず、中年になって倉庫管理の仕事にまわされました。

 

 

 

 

やはり、日本の社会ではサラリーマンは一流大学の生え抜きでないと、出世はできないと日頃から感じていました。

 

 

 

 

子どもの頃は学校の成績もよく、まじめだったので、大学に進学したかったが、兄弟も多く地方の兼業農家では経済的に無理があったので諦めました。

 

 

 

 

食品会社に就職後、夜間大学に進学したが営業の仕事は夜まで続くことが多く、授業に行けず、やむを得ず中途退学しました。

 

 

 

 

一人息子の紀夫には学歴で苦労をさせたくはなかったので、小学校から塾に行かせました。中学受験は失敗したものの高校では都立の進学校に合格しました。

 

 

 

 

しかし、紀夫は高校一年生の正月明け、身体の不調を訴えて学校に行かなくなりました。大学病院で色々な検査を行ったが問題はなかったです。

 

 

 

 

学校から診断書を求められた時に、医師は「診断名を特に付けることはできませんが、軽うつとしておきましょう」と言いました。

 

 

 

 

提出したその医師の診断書のおかげで、一年次の単位は取得できて二年に進級したが、不登校は続きました。

 

 

 

 

父親は心配のあまり、紀夫の気持ちを聞こうと休みの前日は一晩中”学校で何かあったのか?” ”勉強がわからないのか?” ”友達と上手くいかないのか?”などを聞き出すために話をしたが、紀夫はウンともスンとも言わなかったです。

 

 

 

 

業を煮やした父親は「明日は学校に行け」から始まり「ひきこもって部屋でゲームをしたり、漫画本ばかり読んでいる怠け者は出て行け」とまで言い、親子関係を悪化させてしまいました。

 

 

 

 

それ以来、父親はもちろんのこと、母親とも必要なこと以外は口利かなくなりました。自室にこもり、昼夜逆転の生活をし、起きている時はパソコンに向かい物音をほとんど立てずに生活し、母親が食事の声をかけても父親がいる時は出てきません。

 

 

 

 

そして、思い出したかのように時々外に出かけます。どこに行くのかはわかりません。

 

 

 

 

初夏を向かえたある日、母親はパート先のスーパーを早退し紀夫の好物である揚げたてのとんかつを買って帰りました。

 

 

 

 

午後の三時を過ぎていたが、「お母さんもお昼はまだだから、とんかつ買ってきたから一緒に食べましょう。温かいわよ」と声をかけました。

 

 

 

 

ワカメ、豆腐、ネギの入った味噌汁、千切りキャベツ、噴きたての御飯を用意していました。起きたばかりの紀夫は食事をしに来ました。

 

 

 

 

親子そろっての久しぶりのおいしい食事です。デザートにフルーツとコーヒーもありました。父親は夜遅くにならないと帰宅しません。のんびり過ごしました。

 

 

 

 

母親にとっては紀夫が小学生の時に戻ったような幸せな時間でした。しばらくすると紀夫が話しはじめました。

 

 

 

 

「お母さん、僕は高校にはもう戻らない、学校で何かがあったわけではない。友達にも先生方にも、むしろ恵まれたと思っている。でも、もう、学校に行っても意味がないというか・・・。

 

 

 

 

高校に行って、受験勉強を本格的にやって、お父さんの希望どおり一流大学に入り、大きな会社に入っても何の意味もないというか、そんな人生をやっても幸せになると思えない。

 

 

 

 

そして、お父さんの時代と違って、たとえその流れにのって勝ち抜いた人でも、これからの時代はそんな人生がいつまでも約束されていないと思う。

 

 

 

 

でも、そんな流れから降りるのではない。人を競わせ勉強させ、会社でもお金儲けのために人を欺いたり、騙したりする社会は間違っていると思う。

 

 

 

 

僕は生意気なようだけど、自然環境に優しくエネルギーを最小限度の使用にとどめたエコライフをしながら生きたいと思っている。

 

 

 

 

具体的にはどう生きていけばよいのかまだわからないから、インターネットを使って調べたり、エコライフについての勉強会にも参加している。だから、高校をやめる。やめても働かない」と言います。

 

 

 

 

「人が生きていくのにお金もたくさんかかるのよ。どうやって食べていくの?」と母親は尋ねました。

 

 

 

 

「なるべく長く家で生活させてもらって、家を出て行かなくてはならなくなったら、家を出るけれど、働くのは最低限のバイトだけをして暮らす」「家賃とかはどうするの?」

 

 

 

 

「一番安い所、例えば、過疎地の田舎に行けば、古い家ならば、いくらでもあまっている。相当安いみたいだよ。そこで農家の手伝いとか、道路工事や清掃の仕事を最低限やって、後はエコライフをして、自分の好きなことをして生きるよ。

 

 

 

 

皆がそのような暮らしをすれば、地球環境も守れるし、過労死もなく、ストレスでおかしくなることもないから、平和な社会になると思うよ。世の中が間違っている。間違った学校や社会には戻りたくないよ」と紀夫は言います。

 

 

 

「お父さんに話したら?」「価値観が違う人と話しても、無駄なエネルギーを使うだけだよ」

 

 

 

 

言葉を失った母親が慌ててカウンセリングに来られました。アメリカの大学教育がエリート育成からユニバーサル・アクセス型に変わるまでに何十年もの歳月がかかりました。

 

 

 

 

そして、その歳月にあわせて大学教育に対する市民意識も変わり社会構造も変化していきました。しかし、日本ではその変化が急速に起きてしまいました。

 

 

 

 

そのため親の世代は依然としてエリート育成の学歴偏重に固執しています。その矛盾がひきこもりや不登校という形で、社会的弱者の子どもや若者達に社会的歪みとして現れたのではないかと考えられます。



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援