ひきこもりの意味のある時間
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ひきこもりの意味のある時間

2016年03月03日(木)9:22 PM

時期が来ると、少数ですが、自分から動き出すことを始める、ひきこもりの子どもたちもいます。

 

 

 

 

その一方で、動きがまったく見えず、こう着状態を呈し、そこから一歩も動けない子どもたちもいます。

 

 

 

 

どれくらいのひきこもりの時間がその個人にとって必要か、ということは一概には言えません。

 

 

 

 

極論すれば必要な十年間、という場合だってあるだろうとわたしは思っています。それにはわたしは人がひきこもるということ、それ自体を悪いことである、とは捉えておらず、意味のある行為と考えているからです。

 

 

 

 

しかし、そのためにはひきこもっている間を「意味のある時間」にする必要があり、そこに「家族との関係性」という要因が登場してきます。

 

 

 

 

というのも、家族の誰とも顔を合わさず、そこに「いる」のに「いない」、つまり存在が抹消されているような不自然さのなかで、それを意味ある行為、意味ある時間にすることは難しい、とわたしは考えています。

 

 

 

 

意味ある時間になるということは、そこで何かが育まれているということであり、もしそうであれば、そういう状況から抜け出すこともまた、可能になってくるはずでしょう。

 

 

 

 

そうでない場合は、何かが間違っているのです。それを見出すことがまず、その「ひきこもっているとき」をうまくつかうことができず、ずるずると閉塞状態に追い込まれていくからではないか、とわたしは考えているのです。

 

 

 

 

子どもが長期のひきこもりになった場合、親の対応が遅かったと非難することは簡単です。

 

 

 

 

でも、わたしには親御さんを責める気持ちにはなりません。気づかなかったのには、それなりのわけがあるものです。

 

 

 

 

忘れてはならないのは、親もまた自分の生を、そして家族を守ろうと必死に生きてきている、という厳粛な事実です。

 

 

 

 

そしてもし、親がこれまでの自分たちの子どもへの対応を間違っていた、あるいは何かが足りなかったと感じるのであれば、そこからやり直せばよいのです。

 

 

 

 

過去を悔いることは、そこにとどまっている限り、先に開かれていくことはありません。

 

 

 

 

そこを出発点として、子どもとの新たなる関係性の世界にはいっていけばよいのです。

 

 

 

 

過去は、未来のためにあるのです。過去の体験そのものを変えることはできませんが、その傷つきをめぐる想起を変えることは可能です。

 

 

 

 

そして、せっかく気づいたのであれば、その瞬間から「これからの明日」に向かって親と子が、そして援助専門家もみんなで一緒に「和解」に向けて歩みはじめればよいのです。

 

 

 

 

少なくとも、わたしはそう考えてこの仕事をしています。

 

 

 



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