引きこもり・ニート・スネップ・不登校と精神的な病気
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引きこもり・ニート・スネップ・不登校と精神的な病気

2015年12月21日(月)9:32 PM

長期にわたるひきこもりやニート・スネップ・不登校の状態でストレスから病気になる人はけっして珍しくありません。

 

 

 

ストレスによっておきる精神的な病気はいくつかあります。その場合、体の症状が目立つ場合と、精神的な症状が目立つ場合があります。

 

 

 

 

前者の代表が身体表現性障害です。身体表現性障害とは、一言で言えば、ストレスが体の症状という形で現れたものですが、心身症と違って、いくら検査しても原因となる異常が見つからないものを言います。

 

 

 

 

ただ、注意してほしいのは、本人が病気のふりをしている仮病ではなく、意図せずに症状が現れたり、実際に苦痛を感じているということです。

 

 

 

 

いくつかのサブタイプがあります。ひとつは、転換性障害とよばれるもので、歩けなくなったり、けいれん発作を起こしたりするのですが、いくら調べても異常はみつかりません。

 

 

 

 

かつてはヒステリーと呼ばれ、頻度も高く、特に女性に多かったです。いやなことをいやといえず、気持ちを抑圧した結果、体が反乱を起こしてしまうのです。

 

 

 

 

身体化障害と呼ばれる別のタイプは、今日でも良く見られます。頭痛や腹痛、下痢、だるさなど、身体の不調をいろいろ訴えるのですが、検査しても特に目立った異常は見られないというケースです。

 

 

 

 

病気には至っていませんが、本人は苦痛を感じています。人に相談したり、甘えたりするのが苦手だという人も多く、体の症状を訴えるという形で、助けを求めているといえます。

 

 

 

 

もうひとつは、心気性障害(心気症)と呼ばれるタイプです。これは自分が重大な病気ではないかと過剰に心配するもので、小さなシミやできものをがんではないかと心配したり、自分が死にいたる重病に違いないと思い込み、診察や検査を受け続けます。

 

 

 

 

こうしたケースも、自覚していないストレスや不安が、病気ではないかと心配するというかたちで現れます。

 

 

 

 

これとよく似ているのが、頻度の高いものに、疼痛性障害があります。これは頭痛や関節の痛みなど、体の痛みに四六時中とらわれているもので、客観的な所見ではさほどではないのですが、本人の苦痛は非常に強く、鎮静剤などに依存してしまう傾向があります。

 

 

 

 

これらはいずれもストレスに関係するだけでなく、本人を心理的にサポートしてくれる支持環境が弱いと、なりやすいのです。

 

 

 

 

安心感を持って暮らせる環境にいれば、同じようにストレスを受けても比較的大丈夫なのですが、本人の話を聞いて慰めを与えたり、不安をやわらげてくれる人が身近にいないなどの悪条件が重なると、発症しやすくなります。

 

 

 

 

一方、ストレスによって直接引き起こされる精神疾患としては、急性ストレス障害とPTSDがあります。

 

 

 

 

適応障害が環境の変化など社会生活での日常的なストレスが原因となるのに対して、急性ストレス障害やPTSDは、日常では通常経験しないレベルの強いストレスが原因となっておきるものをいいます。

 

 

 

 

たとえば、大地震などの災害や交通事故、犯罪や暴力の被害にあうことなどが代表的な原因です。

 

 

 

 

急性ストレス障害は、ショッキングな体験の直後から発生し、強い不安や不眠、感覚麻痺や現実感の消失などを特徴とします。

 

 

 

 

茫然自失し、ぼんやりして何事も頭に入らなかったり、物音や些細な刺激に過剰に反応したり、イライラして意味もなく動き回ったりといったことも、しばしば見られます。

 

 

 

 

ですが、通常は、数日で回復します。それに対して、PTSDは、ショッキングな出来事が起きてから数日から数ヶ月(通常は六ヶ月以内)の潜伏期を経て発症するもので、症状が長引きやすいです。

 

 

 

 

もちろん、急性ストレス障害からPTSDに移行するケースもあります。たとえば、レイプなど性暴力被害にあった人では、大部分の人が急性ストレス障害を呈しますが、そのうち約半数にPTSDが見られるとされています。

 

 

 

 

ケースによっては、被害直後は比較的平静に見えていたのに、後から症状が現れる場合もあります。

 

 

 

 

症状としては、神経が過敏になる過覚醒、いやな場面を思い出すことやそれを連想させる状況を避けようとする回避、外傷的な場面が脳裏にありありと浮かんできて、それに圧倒されてしまう侵入症状(フラッシュバック)の三つが特徴的です。

 

 

 

 

それ以外にも、抑うつ症状や情緒不安定で、指向的な行動にのめりこみやすいといった傾向をともなっていることが多いです。

 

 

 

 

適応障害との違いは、なくなればすぐに元に戻ることができるレベルのストレスと、一度受けるとすぐに元には回復しないレベルのストレスの違いだといえます。

 

 

 

 

すぐには元に戻れないレベルの傷がトラウマであり、それゆえPTSDでは、回復に時間がかかることになります。

 

 

 

 

トラウマの原因として、戦争や災害といった非日常的なストレスが典型的ですが、比較的軽度のストレスでも、それが繰り返し加えられると、トラウマを生むことも知られています。

 

 

 

 

ことばによる虐待やいじめ、否定的な評価も、長期にわたって繰り返されると、深刻なトラウマになりえます。

 

 

 

 

もうひとつ、ストレスやトラウマと関係が深い精神疾患に解離性障害があります。

 

 

 

 

解離性障害は、意識や記憶や人格の連続性が一過性に失われるのを特徴とするもので、ストレスを受けると意識が飛び、どこか見知らぬ場所に行ってしまったり、興奮状態になったり、逆に無反応になったりしますが、本人はそのことを覚えていません。

 

 

 

 

もっとも症状が重度のものは解離性パーソナリティ障害といい、まったく別人の人格が出現し、その間に起きたことの記憶が抜け落ちたりしています。

 

 

 

 

解離性障害は、虐待をうけるなど、幼いころに不安定な環境で育った人やトラウマを抱えた人では高い頻度で見られます。

 

 

 

 

ストレスが引き起こす反応について述べてきましたが、ストレスと戦い、うまく乗り越えるうえで、重要ないくつかの原理について触れておく必要があります。

 

 

 

 

実際、ストレスと戦ううえで、ここで述べる基本的な原理が大きな指針となるからです。

 

 

 

 

最初の原理は、ストレスは自分でコントロールできると、小さくなるということです。

 

 

 

 

ただし、コントロールするのに高度なスキルが必要な場合には、ストレスが逆に大きくなります。

 

 

 

 

つまり、自分で比較的容易に対処できる方法を身につけることが、ストレスを減らすうえで重要だといえます。

 

 

 

 

たとえば、授業中に子どもが当てられても、容易に答えられる自信と力があれば、教室の席に座っていることはなんらストレスではないはずです。

 

 

 

 

しかし、うまく答えられる自信や力がなければ、いつあてられるか、もしや答えられないのではないかと強いストレスを感じて、学校に行くことが億劫になりかもしれません。

 

 

 

 

こうした場合、ストレスを減らすためにできることとして、予習をしたり下調べをしておくということがあげられます。

 

 

 

 

不安自体を減らすような治療をするよりも、備えをすることで、不安を減らすことができます。

 

 

 

 

それと同じように、不安や緊張を問題視するのではなく、ストレスをコントロールする方法を考えるということが、ひとつ重要な観点になります。

 

 

 

 

第二の原理は、ストレスは抑えようとすればするほど、増大するということです。

 

 

 

 

ジグムント・フロイトから始まる精神分析の発見の一つは、抑圧された欲求が、症状をつくりだすということです。

 

 

 

 

まったく同じように、押さえ込まれた欲求は、ストレスになるといえます。たとえば、無意識のうちに、怒りや不満を感じているのに、それを言葉にしないで我慢していると、次第にストレスがたまりやすくなります。

 

 

 

 

その場合も二段階あって、自分が不満や怒りを感じていることさえ意識していない場合と、不満や怒りを意識しているが、口には出さない場合があります。

 

 

 

 

前者のほうが、より抑圧が強く、有害だといえます。知らないうちに心身症になっていたり、ある日突然、うつになって動けなくなったりというケースでは、ストレスをあまり意識していないという場合が少なくありません。

 

 

 

 

あいまいなままの感情、特にネガティブな感情というのは、いつの間にか心を蝕んでしまいます。

 

 

 

 

後者のように、意識はしているが口には出さないという場合にもストレスにはなりますが、いわないほうが得策だと考えて、いわない選択をしているわけですから、それはひとつの賢明な処世術です。

 

 

 

 

ただ、そういう場合も、相手の言いなりになりすぎ、自分を抑えすぎる場合には、やはりストレスを溜め込みやすくなります。

 

 

 

 

適度に本音を言う場を持つことで発散することも大事になってきます。カウンセリング治療の重要な働きは、自分の感情を吐き出したり、考えを整理することで、あいまいだった気持ちや事態を明確に意識化、言語化し、それによって扱いやすくすることです。

 

 

 

 

第三の原理は、ストレスが限界を超えてしまうと、ストレスになれるどころか、ストレスに対して過敏になってしまうということです。

 

 

 

 

これまでどうもなかった物質に対していったん感さがおき、アレルギーになると、まったく受け付けられなくなるように、ストレスに対しても、同じように感さがおきるのです。

 

 

 

 

いったん感作がおき、敏感な状態になった場合には、2つの対策が考えられることになります。

 

 

 

 

ひとつはアレルギー源となっているストレスを避けることです。そして、もうひとつはアレルギー状態を解除し、乗り越えることです。

 

 

 

 

アレルギーの場合には、脱感作療法と呼びます。ストレスにたいしても、基本的には、同じような脱感作のプロセスを行うことになります。

 

 

 

 

ストレスが原因となっておきる適応障害やうつ、心身症の克服には、二つの方向があるということになります。

 

 

 

 

ひとつは、不適応を生じている環境の問題を解決したり、ストレスに対する耐性を高めて不適応を克服し、その環境で支障なく生活できるようにもっていくという方向です。

 

 

 

 

もうひとつは、合わない環境からできるだけ早く離れて、その人に適した環境に移ることで、新たな環境での適応を図るという方向です。

 

 

 

 

職場や学校で適応障害を起こしているという場合、どちらの方向を方針にすえるかということが重要になります。

 

 

 

 

通常は、まず不適応を克服するという方向で支援し、どうしてもうまくいかないという場合、環境を変えるという方針に切り替えます。

 

 

 

 

合わない環境にしがみつこうとして、ダメージが大きくなってしまうというケースがこれまでは多く見られました。

 

 

 

 

ところが最近は、見切りが早すぎるというケースが目立ちます。確かにそれで、病状が深刻化することは妨げますが、困難や試練を乗り越える粘りや抵抗力がつかないという難点もあります。

 

 

 

 

いやなことがあっても、それを乗り越える努力も、ある程度必要です。そのために重要になるのが、次の二つの点です。

 

 

 

 

ひとつは生じている問題を解決することであり、もうひとつは、ストレスに対する耐性を高めることです。

 

 

 

 

ただ、問題を解決する能力をすぐに高めることは非常に難しいことです。ことに適応障害を起こして、うつになっいているときには、なおさらです。

 

 

 

 

そこで、もうひとつ大事になるのは、問題を解決するのは、必ずしも自分ひとりの力でなくてもよいということです。

 

 

 

 

つまり、人の力を借りてもいいということです。人の力を上手に借りることも問題を解決する力であり、適応力だといえます。

 

 

 

 

人の力を借りられると思うだけで、ストレスに対する耐性も高まるはずです。このことが、四番目の原理にもつながります。

 

 

 

 

それは、ストレスを乗り越える力は、その人個人の力だけでなく、その人をささえる力によっても左右されるということです。

 

 

 

 

実際、問題を解決する能力における重要な要素は、他の人に相談できるかどうかです。

 

 

 

 

ところが、問題解決が苦手な人ほど、自分だけでなんとかしようとします。逆に言うと、自分の弱みを見せて相談するのが苦手な人ほど、適応障害を起こしやすいのです。

 

 

 

 

したがって、まず実践したいのは、問題や支障が起きたら適切な相手に相談するということです。適応障害を起こしている場合には、このことが特に重要になります。

 

 

 

 

問題の解決を、第三者に頼らざるを得ないのが普通だからです。自分でどうにかなっているのなら、そこまで追い詰められてはいません。

 

 

 

 

いまこそ、誰かに頼るときです。他の人に問題解決を助けてもらうことを、恥ずかしがったり、引け目に思うことはありません。

 

 

 

 

それよりも、自分だけで抱え込んだまま、つぶれてしまうほうがずっと恥ずかしいのです。

 

 

 

 

ただ、相談できないのは、その人のせいばかりでもありません。そうした存在が、現在、身近にいないというだけでなく、これまで誰にも甘えてこなかったので、甘えるすべがわからないということもあります。

 

 

 

 

人に頼られても、自分は人に頼れないという人も少なくありません。弱みを見せることができなかったり、人に迷惑をかけてはいけないという思いが強すぎるのです。

 

 

 

 

ですが、そうした気持ちも、実は、その人が幼いころからの暮らしの中で身につけたものであり、その人は知らずしらず、甘えない生き方を強いられてきたのです。

 

 

 

 

手足を縛られたような生き方をしてきたのです。それによって、生きづらくなっています。その縛りを解いていくことも必要になります。

 

 

 

 

そして、そのことがストレスを乗り越えるうえで、もっとも重要な鍵を握る究極の原理に通じます。それは「安全地帯」を持つということです。

 

 

 

 

安全地帯とは、いざというときにいつでも頼ることのできる存在であり、幼い時代の母親のような存在です。

 

 

 

 

幸運な人は、母親といった養育者が、その人の安全基地となってくれることによって、基本的安心感と呼ばれる、その人を支える安心の土台がはぐくまれます。

 

 

 

 

しかし、不幸にして母親からあまりかまわれなかったり、母親が不安定だったりして母親が子どもにとっての安全基地としての役割を果たせなかった場合、漠然とした不安感や空虚感をひきずりやすいです。

 

 

 

 

その場合、他の人に安全基地を見出してうまく補われる場合もありますが、補いきれないと、不安定になったり、危険な人に頼って道を誤ったりしやすくなります。

 

 

 

幼いころにしっかりとした安全基地を持つことができるこは、そのときの安定だけでなく、将来の安定にもつながっていきます。

 

 

 

 

安全基地を持っているかどうかが、適応力を左右するのは言うまでもありません。適応力といいますと、その人自身の力だと思われがちですが、実際にはひとりひとりのちからには、そんなに差はありません。

 

 

 

 

適応力の差は、どれだけ人の力を見方につけられるか、人に助けてもらえるかによるのです。

 

 

 

 

人に相談したり、助けを求める力も、その人の力のうちなのです。

 

 

 

 

適応力の高い人は、社内にも学校にも、家庭にも、友達や知人にも助けになってくれる人を持っています。

 

 

 

 

そこに相談に駆け込むことで、ストレスを一人で抱え込み、それにつぶされてしまうのを防ぐことができます。

 

 

 

 

しかし、そんな恵まれた人ばかりではありません。心のうちを話せるという人がひとりもいないという人も珍しくありません。

 

 

 

 

配偶者や家族がいても、愚痴を聞いてもらえないという場合も少なくありません。

 

 

 

 

そんな場合、どこか他のところに支えを求めることになります。そこで、多くの人が頼るのが、アルコールのような気分を楽にしてくれる物質や、気分が高揚する行為やネットのような擬似的な人間関係です。

 

 

 

 

どれも依存性があるという点で共通するのは、偶然ではありません。依存性があるのは、それに頼ることができるということであり、安全基地の代わりになるということです。

 

 

 

 

安全基地を持たない人は、そうした物質や行為や関係にのめりこんでしまいやすいです。

 

 

 

 

それは、必然的な結果です。自分を支えるためには、そうするしかないのです。依存性の物質や行為や関係を提供するビジネスは、身近な人間関係に安全基地を見出せない人が増えれば増えるほど、花盛りとなります。

 

 

 

 

その意味で、精神安定剤も、代替的な支えを提供するものだといえます。使わないのにこしたことはありませんが、つぶれてしまうよりは、薬に頼ったほうがましということになります。

 

 

 

 

そこで大切なのは、依存性のある薬剤に安易に頼ってしまわないことです。幸い、薬物療法の進歩によって、依存性のない薬剤で、優れた効果をもつものが増えてきています。

 

 

 

 

こうした薬を適切に使いこなせば、アルコールや抗不安薬に頼るよりもずっと安全であるし、問題が解決し、ストレスが減ってきたときには、薬をとめることもできます。

 

 

 

 

しかし、依存性のある薬に頼ってしまうと、薬を飲むために、薬を飲み続けなければならないことになってしまいます。

 

 

 

 

ですが、それはあくまで代理的な行為であり、本当の安定は得られにくいです。さまざまな危険もひそんでいます。

 

 

 

 

もちろん、身近な人との関係において、安全基地を確保できたほうが気持ちも安定しやすいし、社会的な適応もよくなります。

 

 

 

 

以上、述べてきたことをまとめてみましょう。同じようにストレスがかかっても、それをうまく乗り切れるかどうかを左右する要素として、負荷の強さや持続期間のほかに、その人の対処能力、その人を支える環境や絆が重要だといえます。

 

 

 

 

負荷、対処、支えの3つのバランスで、うまく適応できるかどうかが、おおむね決まるのです。

 

 

 

 

単純化していえば、負荷、対処、支えがあれば、ときにへこむことはあってもつぶれることはありませんが、逆の関係になると、次第に押しつぶされていくことになります。

 

 

 

 

調子が悪いとか、元気がなくなってきたという場合には、この3つの要素を念頭に、バランスを取り直す必要があります。

 

 

 

 

負荷を小さくするか、対処や支えを増やすか、どちらかになります。朝がつらくなった、会社(学校)を休みがちになった、仕事(勉強)が苦痛になったという場合にも、それは当てはまります。

 

 

 

 

休みを取るということは、とりあえず負荷を減らすことで、とても効果的な方法です。

 

 

 

 

休んでいる間は元気を回復しますが、また出社(登校)しなければならない日になると元気がなくなるということも、よくおきることです。

 

 

 

 

休んでいた分、仕事がたまったり、周囲からの突き上げを食うのではと不安になり、逆に出ずらくなる場合もあります。

 

 

 

 

そこで重要になるのは、周囲の理解と支えです。ゆっくり休んだらいいよと安心感を与えられると、あせらずに休息し、ダメージを回復することができます。

 

 

 

 

職場以上に家庭が癒しの場所になっているかどうかも非常に重要です。家族が、仕事を休んだことで、キリキリして本人を責めたりすれば、本人はますます追い詰められ、仕事に出られない自分に絶望することになります。

 

 

 

 

消耗し、傷ついたときに必要なのは、安心して傷を癒せる場所です。つまり安全基地となる存在に恵まれているかどうかで、ストレスに対する抵抗力は、大幅に違ってきます。

 

 

 

 

安全基地となる存在は、本人に休養が必要なときには休養を与え、ある程度元気になって、励ましが必要になれば励ましを与え、失敗しても責めず、根気よく回復を見守ります。

 

 

 

 

無理強いしたり、説教したりするのではなく、あくまで本人がいま何を必要としているかを感じ取り、それらを与えて、本人の力を引き出そうとします。

 

 

 

 

しかし、いくら安全基地を提供し、また、その人にとっての安全基地が確保されたとしても、それだけで問題が解決するわけではありません。

 

 

 

 

いくら人に相談し、助言をもらっても、問題の最終的な解決は自分でつけるしかありません。

 

 

 

 

問題にどう対処するのかを決断し、それを実行するのは、本人しだいです。話を聞いてもらい、アドバイスをもらっても、代わりに会社に行ってくれるわけでも、結婚相手を見つけてくれたり、離婚問題に決着をつけてくれるわけでもありません。

 

 

 

 

懸案に立ち向かい、行き詰まりを打開するのは自分自身でしかありません。そこで必要になってくるのが、対処能力自体を高めるということです。

 

 

 

 

ストレスになっていること、葛藤や苦痛をもたらしていることを解決すべく、問題に対処していく力をつけていくことが必要なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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