子どもの自立について
ホーム > 子どもの自立について

子どもの自立について

2015年12月07日(月)9:25 PM

一昔前、かつての親たちは、子どもの自立のことをそんなに真剣に考えていたのでしょうか?

 

 

 

 

わたしたちの親たちは、わたしたちを自立させるために、どのように環境を整えなければならないかを、それほど考えたのでしょうか。

 

 

 

 

必ずしもそうではないと思います。わたしたちが子どものころ、親たちは、それほど真剣にどう子育てするべきかを考えてはいなかったと思います。

 

 

 

 

なぜなら、かつては、社会そのものに子どもを育てる力があったのだと思います。ひとつは地域社会に子どもを育てる力がありました。

 

 

 

 

目には見えない地域の連帯意識や連携が子どもを守り、子どもに何がいけないのか教え、子どもを育てていたのです。

 

 

 

 

わたしが育った家の隣の家の玄関に落書きが発見されたとき、隣のおじいさんは自分の孫も含めて、可能性のある隣近所の子どもたちを集め、「この絵はうまくかけている。誰がかいた?」と聞きました。

 

 

 

 

そこで気をよくしたわたしの兄が手をあげ、兄は隣のおじいさんに大目玉を食らいました。

 

 

 

 

でもそれで、親同士の大人同士の揉め事になることはありませんでした。子どもをみんなで育てるのは、ごく当たり前のことだったからです。

 

 

 

 

家の近所に、わたしと同じクラスの子で、今で言う不登校の子がいました。親が仕事に出かけた後、学校に行かずに布団にもぐりこんでいたようです。

 

 

 

 

わたしの母はそれを見つけては、その子を自転車に乗せてよく学校まで届けたものでした。

 

 

 

 

母にしてみれば、気がついた自分が面倒を見るのはごく自然なことだったのでしょう。

 

 

 

 

そんな具合に、世の中が子どもを育てたものです。また、世の中にたくさんあった「畏れ多きもの」が子育てを楽にしていました。

 

 

 

 

「畏れ多きもの」とは、現実的な恐怖とは異なり、尊厳や威厳があって、それに対しては多少の緊張感を持って接しなければならないものです。

 

 

 

 

かつて世の中には、たくさんの畏れ多い存在がありました。かつて「お父さん」はそのひとりでした。

 

 

 

 

「学校の先生」「警察官」など、身近なところにもたくさんの畏れ多い人たちがいたのです。

 

 

 

 

また、得体の知れないこわいものもたくさんありました。うそをついて閻魔様に舌を抜けれることを恐れたり、しゃもじについたご飯粒をなめて、口の大きな子を産むよと脅されたり、子どもの周りはこわいものでいっぱいでした。

 

 

 

 

でも、それらのこわいものは、自分を律している限り、わたしたちを苦しめることはなかったのです。

 

 

 

 

それらの「畏れ多きもの」やこわいものの存在のおかげで、わたしたち子どもは、世の中には超えてはならないもの、犯してはならないものがあることを、うすうす感じて育ってきたのです。

 

 

 

 

つまりかつてのわたしたちは、身近な大人たちの愛情と、目には見えない超えてはならない「畏れ多きもの」に守られて自立の道をたどりました。

 

 

 

 

それらのものは、シールドとなって、大人になるまでわたしたちを守ってくれました。

 

 

 

 

大人たちの愛情は、外界からわたしたちを大きく包み込みました。そして、「畏れ多きもの」やこわいものは、外界の攻撃からわたしたちを守るのではなく、超えてはいけないものを超えないように自分をコントロールするやり方で、わたしたちを守ってくれたのです。

 

 

 

 

でも、そのシールドのなかで、こどもたちは自由でした。日本がまだ貧しかったころ、また日本の高度経済成長の初期において、生活を豊かにするために懸命に働く親たちには、子どもの生活に干渉する時間はなかったのです。

 

 



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援