引きこもり・ニートの反省と自責
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引きこもり・ニートの反省と自責

2015年11月12日(木)11:48 午後

ひきこもりやニートの人は、失敗をおそれて自主的な行動を止めてしまう人が多いです。

 

 

 

何か失敗したら、だれでも反省すると思います。反省は当然必要なことです。ただ、反省するといってもいろいろな意味があって、明るく成長さるための反省も、傷ついて落ち込んだ気分になる反省も、ごちゃまぜになって使われているようです。

 

 

 

 

ここで、反省することの正しい意味について少し考えてみたいと思います。わたしたちは小さいころから、失敗すると「反省しなさい」と教えられてきました。

 

 

 

 

自分なりに反省したつもりでも、すぐに明るく元気になると「ちゃんと反省したのか」、あるいは「反省の色が見えない」などと諭されたものです。

 

 

 

 

大人たちは子どもが「十分に反省したかどうか」を、がっかりして元気がない状態の程度で確認していたように思います。

 

 

 

 

きちんと反省するということは、失敗を振り返って暗くなっている状態であるという考え方、そのなごりは、わたしたちの心に今も根強く残っています。

 

 

 

失敗に対して徹底的に反省することは大切です。失敗が自分を成長させるチャンスとなりますから、反省はけっして無駄ではありません。

 

 

 

 

しかし、反省することの中に、自分を責めてくよくよすることを含める必要があるのでしょうか。

 

 

 

 

自分を責めてくよくよする時間はあまり生産的とはいえません。反省をやっかいに思うとしたら、それは反省と自責を混同しているからです。

 

 

 

 

反省でもっとも気をつけなければいけないことは、自責と区別することです。反省とは自分の過去の行為を振り返って悪かった点を認めることであって、自分という人間自体を責めることではありません。

 

 

 

 

反省イコール自責ではありません。反省するからこそ人間は成長するのですから、あいっかりと反省していいのです。

 

 

 

 

反省はけっして楽しいことではありませんが、傷ついたり落ち込んだりするものでもありません。

 

 

 

 

ところが、わたしたちはしばしば反省と自責を混同します。反省をしつつ、みじめな気持ちになって自責の念に苦しみます。

 

 

 

 

失敗をきちんと反省して成長できる人は、失敗を成長のチャンスにできるので、失敗をかさねるほど成功に近づいていくものです。

 

 

 

 

しかし、失敗で自責的になる人は、失敗を重ねるほど傷つくので、失敗を過剰におそれて挑戦することを避け、成長するチャンスも失って成功から遠ざかります。

 

 

 

 

反省と自責が区別できない人は、失敗によって気分が落ち込まないようにするために、とにかく早く忘れようとポジティブシンキングにつとめ、自責とともに反省もごまかそうとします。

 

 

 

 

しかし、反省がつらいのは自責と混同するからです。本当は、成長のために堂々と反省してもいいのです。

 

 

 

 

反省は自責のつらさを伴うものではありません。「失敗をおそれるな」とよくいいますが、失敗がすぐ自責に結びつく人は失敗をおそれて当然です。

 

 

 

 

傷ついたり、落ち込んだりするのではなく、むしろ失敗こそが成長のチャンスであると気づくことで初めて失敗をおそれなくなるのです。



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