引きこもりと欲望
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引きこもりと欲望

2015年08月11日(火)7:09 午後

引きこもりの青少年たちと長年接してきて感じることがあります。

 

 

 

 

それは、引きこもり生活を続けている人たちは、しばしば欲望を欠いている人に見えるということです。

 

 

 

 

もっと正確にいえば、決して欲望をなくしてはいないけれど、欲望の方向性が定まっていない人が多いという印象があります。

 

 

 

 

ときには自分の欲望を無理に抑え込みながら生活しているような人もいます。

 

 

 

 

そういう人は、見かけ上はほとんど無為にみえます。まるで仙人のように、欲望を捨てて日々を過ごしているようにみえるのです。

 

 

 

 

そういう場合、よく「意欲が自分の中からわき出てくるのを待ちましょう」とアドバイスする人もいますが、わたしはそれは間違ったアドバイスだと思います。

 

 

 

 

いくらまっても欲望は、勝手にわいてはこないからです。欲望は他人からもらうものです。

 

 

 

 

また、だからこそ、わたしはとにかく人とのかかわりというのをこの上なく重視するわけです。

 

 

 

 

ある種の天才を除いては、自分の欲望を自力で作り出すことはできません。

 

 

 

 

天才というのは、自分の中に、才能という他者が住んでいる人のことです。

 

 

 

 

しかし、だからといって欲望を誰かに直接与えることもできません。

 

 

 

 

「あなたはこれを欲しがりなさい」などという命令はありえません。

 

 

 

 

それが通るなら、コマーシャルなんて必要ありません。ですから、親がもし子どもにして欲しいことがあるのなら、そのことをなるべく口に出さないことです。

 

 

 

 

家族がひきこもりの本人に対してやれ働けの、学校へ行けの、社会参加せよと命令するのは意味がありません。

 

 

 

 

むしろ、逆効果です。そういう家族の欲望を直接本人に押し付けようとしても、引きこもり本人はひたすら拒否するだけでしょう。

 

 

 

 

それでは、ひきこもりの本人に欲望をもたらすような他者性を、どのようにして実現できるでしょうか。

 

 

 

 

ここで、他者性というのは、何か意表を突く方向性といってもいいし、意外性のある言葉と言ってもいいし、そういったものをどうやって持ち込んでくるかということが大事になってくるわけです。

 

 

 

 

家族が本人にとって想定外な方向で動くことができれば、もうそこに他者性が芽生えてきます。

 

 

 

 

そういうところから、期せずして解決の糸口が見えてくるかもしれません。

 

 

 

 

叱咤激励をしたり、引きこもりの本人に対して「家から出て行け」とか何とかいう姿勢は、すべて本人の「想定の範囲内」です。ここにはもう、そういった他者性はまったくありません。

 

 

 

 

これではひきこもり本人を動かす原動力にはなりえないのです。

 

 

 

 

家族がまず「一番言いたいこと」を禁欲することは、そういう意味で有効なのです。

 

 

 

 

家族が一番言いたいこと(就職して欲しい、社会復帰して欲しいなど)は、実はひきこもり本人も一番実現したいことであることが多いのです。

 

 

 

 

ずっとひとつの屋根の下で暮らしているのですから、そこらへんはもう通じすぎるほど通じてしまっています。

 

 

 

 

だからこそ、わざわざそれを口にしたところでほとんど意味をなしません。

 

 

 

 

むしろ、いいたいけれども「あえて言わない」という態度の意外性にこそ意味があります。

 

 

 

 

ひきこもり本人はそうされることで、はじめて「他者としての家族」からの思いやりを感じとることができるからです。



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