小学生の不登校について
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小学生の不登校について

2020年11月11日(水)5:49 PM

 

 

 

 

小学校教諭Aさんの悩み

 

 

 

 

Aさんは小学校の教師をしています。非常に真面目で几帳面な教師です。彼は今年度から二年生のクラス担任を引き受けました。クラスの中に一人落ち着きのない子供がいました。授業を聞かずキョロキョロしたり、教室外の物音に刺激され突然立ち上がって落ち着きなく動き回ったりします。そうした彼に周囲の子供達も刺激され、クラス全体が騒然として授業が成り立たなくなりました。最近いわゆる「学級崩壊」に近い状態です。

 

 

 

Aさんはそうした子供の対応についてある相談機関に相談に行きました。そこで彼は「家庭に問題がある。母親の甘やかしすぎだ」と指摘されました。真面目な彼は母親を学校に呼び出し、相談機関で言われたままを話しました。家庭ではまったく問題のない我が子を「問題児」扱いされ、そのうえその原因が母親の甘やかしだと決めつけられた母親は、不満を父親にぶちまけました。激怒した父親は、彼の上司である教頭に苦情を言いました。

 

 

 

教頭は校長に伝え、Aさんは校長から「少しやりすぎである。家庭の問題にまで立ち入らないように」と注意を受けました。Aさんのクラスは相変わらずまとまらず騒然としています。クラスをまとめ、落ち着きのない子供をどうにかしようと動いたAさんの善意は空回りし、彼は追い詰められてしまいました。教師としての自信をすっかり失い「うつ状態」で近くのクリニックを訪れました。

 

 

 

現在、教育を取り巻く状況は大きく変化しています。子供達の急激な変化に、学校教育システムはまったく追いついていけていません。現在学校で起こるさまざまな子供たちの不適応は、一人の教師の熱意や情熱で越えられる問題ではありません。最近次々と起こる医療過誤が一看護師のミスではなく、医療システム全体の問題であるように、学校不適応を考える場合、教育システム全体の問題であるという視点と対応が必要だと思います。

 

 

 

 

落ち着きのないB君

 

 

 

 

小学校二年生のB君の母親は、彼が三歳の時に離婚しました。現在は母親、弟の三人暮らしです。周産期障害はなく、粗大運動の遅れもありません。発語は一歳六ヶ月です。保育園では虫好きな少年でやや落ち着きのない程度で集団適応上大きな問題はありませんでした。家庭でも落ち着きはありませんでしたが、大きなトラブルはなく小学校に入学しました。

 

 

 

B君の母親は、小一の二学期の個人面談で、「彼の多動のため授業が成り立たない」と担任教師から告げられました。驚いてクリニックを母子で受診しました。診察室には母親と入室しました。自分の座っている回転椅子をぐるぐる回す程度で、医師の質問には比較的落ち着いて答えていました。ただ、絵画が苦手で若干幼い印象を医師は持ちました。初診時に施行した微細運動の検査でソフトサイン陽性と出ました。

 

 

 

初診時にADHD(注意欠陥多動性障害)を疑った医師は、知能検査を施行しました。WISC知能検査では、FIQ=七八で、言語性IQ=八三、動作性IQ七六でした。知能は正常下位から境界知能領域で全体としては大きなばらつきはありませんでし、言語性IQの下位分類間で大きなばらつきが出ました。

 

 

 

医師は、後日母親の同意を得て担任教師に学校での様子を聞きました。家庭や診察場面での状況とは大きく異なり、教室では他児を巻き込み常にトラブルの中心になっていると言います。小学校入学直後はどの子も落ち着かずいずれ落ち着くだろうと悠長に構えていましたが、二学期になっても彼だけが同じ状態でした。

 

 

 

医師は、担任教師には「ADHDの可能性があること。またADHDは状況依存的で家庭と学校でB君の状態が異なり、母親と教師の彼への見方がずれやすいこと。母親も一生懸命やっているが、母子家庭で心理的にゆとりがなく、自宅でも学校でもB君は常に怒られ自信をなくしてしまっていること」などを丁寧に伝えました。

 

 

 

 

医師は外来で母親から状況を聞き、アドバイスする形でしばらく様子を見ていましたが、症状が変わらないため中枢神経刺激剤であるメチルフェニデートを投与しました。また、教室での様子を知るため、母親と学校が常に連絡を取るように指示しました。ただの「わがまま」ではなく発達障害であることを認識した担任は、彼のトラブルをただ叱るのではなく、彼の良いところを見つけるようにB君に接するようになりました。

 

 

 

家庭と学校でのこうした対応と薬物の効果で、B君は大きく変化してきました。少なくとも椅子に座って授業を聞くようになり、次第に授業中の教師の質問にもみんなと一緒に手をあげるようになりました。三学期の通知表でも評価がほぼ全教科であがり、少し自信をつけたという報告を医師は受けました。

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

学校で問題になる多動のケースの場合、ただ単に精神医学的な診断を下して薬物を投与しても意味がありません。子供のみの個別問題として立てるのではなく、子供を取り巻く全体状況への視点が必要です。B君の場合、多動、注意集中困難の程度は、比較的軽いものでした。知能的にも大きな問題はありませんでした。ただし、家庭外でストレスがかかった際には、離婚・母子家庭などの家族状況からB君を支える家族のサポートシステムが弱いことが類推されます。

 

 

 

児童精神科医が間に入って、学校と家庭を結んだことで、家庭・学校が障害を認知し、同じ視点で問題に取り組むことがこのケースでは可能となりました。それだけで彼の呈していた問題は比較的早期に安定しました。最近こうした軽度の多動傾向、境界知能、比較的軽い自閉性障害など精神障害的には比較的軽度の子供たちが学校で不適応を起こし、病院やクリニック等を受診するケースが多くなっているようです。

 

 

 

皆が同じことをしなければいけないという現代の学校の状況では、一番脆い多動や境界知能など境界的な子供達がまず最初に問題を呈しやすいことがその理由でしょう。しかし、学校の教室でなぜこうしたことが起こりやすくなったのでしょうか。一つには、皆が同じでなければいけないという学校の教育システムの硬直化があげられます。しかし、それだけではありません。学校不適応の背景には、地域の中での学校の位置付けがあるように考えます。

 

 

 

 

地域共同体の中での学校の置かれた位置

 

 

 

 

高度経済成長とバブル経済崩壊、そしてコロナ禍と子供たちの生活やそれを取り巻く家庭・学校の状況は大きく変化しました。家族関係の表層化などを通じ、従来家族が果たしてきた子供たちの成長を支える機能が低下しつつあります。また、それを支えてきた地域共同体は、形骸化し弱体化しています。地域の子どもたちが揃って教育を受ける「学校」は、そうした地域共同体で唯一残された、いわば最後の砦になってしまっています。

 

 

 

そのため、地域の中で孤立した家族の問題が児童・生徒を通じ「学校」で生じることになりがちです。Aという家族の問題がAという子供を通じてクラスで現れ、Bという家族の問題がBという子供を通じて現れます。クラスの担任は別々な原因で起こるAの問題もBの問題も処理しながらクラス全体をまとめて授業をしなければなりません。クラス全体をうまくまとめて運営していくことが難しい状況が、現在の学校で生じています。

 

 

 

学校保健という視点で考えるならば、地域の中に唯一残された学校は、子供の背景にある家族そのものを支えていかなければいけないことになります。こう考えていくと、学校不適応の背景には、地域共同体の崩壊と家族機能の低下の問題があり、何をどう教育していくのかという教育の在り方そのものの問い直しが必要であると言えます。

 

 

 

はじめに例示した教師のAさんの失敗は、家族が孤立している状況を認識せず、教師の指摘を受け止めて家族がその機能を発揮できると考えたところにあるとも言えます。地域の中で孤立した家族を支えることが、教育の果たす大きな役割になってきています。

 

 

 

 

「反」学校から「非」学校へ

 

 

 

 

今起こっている「学級崩壊」の問題は、以前問題になった校内暴力など思春期の反抗とは趣を異にします。はじめに例示したように、小学校低学年で頻発していると聞きます。こうした意味では、学校というシステムに反抗するという「反」学校的なものではなく、学校というシステムを無化する「非」学校的なものであると言えます。

 

 

 

B君の症例からもわかるように、彼には学校を壊そうなどという意思は全くありません。みんな一緒という現代日本の「学校的なもの」への違和感が一番生じやすい場所に彼がいただけのことです。こうしたことに関して思春期の子供たちを通じて考えてみたいと思います。不登校の子供達にもいわゆる「明るい」不登校と言われる「非」学校的な不登校が増えてきていると言われています。

 

 

 

 

「明るい」不登校C子さんのケース

 

 

 

 

現在、一六歳になるC子さんは、会社員の父親、専業主婦の母親、高校二年生の姉との四人家族です。生育歴では特に大きな問題はありません。身体面・精神面での発達の遅れなどはありません。九州のある地方都市から中部地方のN市に小学校四年生の時に転校しましたが、母親によると友達とすぐに馴染んで楽しそうだったといいます。

 

 

 

中学校に入学後にテニス部に入り、友人関係も良好で、成績もまずまずでした。しかし、中学二年の五月の連休明けから学校を休み始めるようになりました。

 

つづく



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