不登校・学校不適応問題(不登校)にどう関わるか
ホーム > 不登校・学校不適応問題(不登校)にどう関わるか

不登校・学校不適応問題(不登校)にどう関わるか

2020年11月10日(火)4:32 PM

 

 

 

 

 

「不適応」という視点

 

 

 

 

通常「学校不適応」という言葉は、「子供が学校に不適応を起こしている」という意味で使われます。この意味だけで、学校不適応の現象を理解しようとするのは偏った見方です。そもそも「不適応」とは、個人と環境との関係が悪いとの意味です。関係が悪いとは、「個人が環境に合わない」という意味をもちます。同時に、それは「環境が個人に合わない」という意味をもっています。

 

 

 

例えば、「夫婦関係が悪い」場合に、「夫が妻に合わない」と一方向だけを見る人はいません。それは「妻が夫に合わない」という意味を同時にもつからです。「学校不適応」を、学校環境と個人の関係のあり方と理解するならば、「子供が学校に合わない」との側面がある一方で、「学校が子供に合わない」との側面が同時にあると理解できます。「子供が学校に不適応を起こす」とは、「学校が子どもに不適応を起こしている」と同じ意味をもつのです。学校不適応問題を考える時には、「子供の学校への適応を考える」一方で、「学校環境の子供への適合を考える」という発想が求められるべきでしょう。

 

 

 

 

学校不適応問題の予防と対応

 

 

 

 

さて、問題に対処する場合、「問題予防」と「問題対応」の二つの次元に大別されます。「問題予防」とは、問題を事前に予測し、問題が生じないように手を打つことです。あるいは問題発生の兆候の見られた段階で、早期発見、早期対応を心がけることです。これに対して、「問題対応」の次元では、発生した問題が継続しないように、あるいは元の状態に復するように手を打つ段階です。この二つの次元を分けることは、学校不適応を考える時にも大切にしたいことです。従来からの発想法としては、「問題対応」に重きが置かれてきました。そして、「問題対応」の視点から、問題の構造を普遍化することに目が注がれてきたように思います。

 

 

 

けれども、予防論と対応論では、あまりに次元が違う話なのです。例えば、火事が起きてから活躍するのは消防署です。だからといって、火事場で通用する理論が、防火を考える時に通用するものとは限りません。防火活動で活躍するのは。消防署だけではありません。消防署にできることといえば、火事の早期発見と消防署への通報を呼びかけることです。また、火事を起こさない生活スタイルや、初期消火活動について啓蒙することです。

 

 

 

しかし、根本的に火事を引き起こさない、あるいは火事が起きても深刻な事態に至らないために、防火で一番活躍するのは、例えば各自治体の行政であり、建築家や設計士です。耐火建築を増やす、火事が類焼していかないように都市計画を行う、消火活動が速やかに進むように、交通渋滞を解消する、消火栓を増やす・・・・・・・などなどであり、ここに至ると消防署の管轄外になります。

 

 

 

「学校不適応」に関する議論では、対応で重視されることを、そのまま予防の場にもってきて議論することが繰り返し行われてきました。例えば、消防署が増えたからといって、火事の発生件数が減るものでもないのですが、「スクールカウンセラーを配置したのに、不登校やいじめが減らないのはどうしたわけなのか」という類の乱暴な話がすぐに起きます。そろそろその段階から脱却してもらいたいものです。

 

 

 

 

学校不適応はなぜ起きてくるのか?

 

 

 

 

(1)学校ストレスと学校不適応

 

 

 

 

「学校不適応がなぜ生じてくるのか」を考えることは、問題の発生予防のためには大切な議論です。火事がなぜ起き、なぜ火事が家人に消せないほどに延焼していったのか、を調べます。このことは、次の火災に備えて、そこから教訓を得るために必要なことです。火事に限らず原因究明は、問題の予防に役立てるために行うことです。学校不適応はなぜ起きてくるのでしょうか。それは、学校に不快なことが多く存在しているためです。これを、とりあえず「学校ストレス」と呼ぶことにしましょう。

 

 

 

「学校ストレス」とは、学校環境に存在する子供に対する刺激のことで、子供に何らかのストレス反応を引き起こすものです。正確にはストレスの原因となるもので、「ストレッサー」と呼びます。この方面の研究は、1990年代から精力的に行われてきました。その結果、小中高校ともに、「学級仲間との関係」「教師との関係」「学業」で、不快な体験が重なると、ストレス反応が引き起こされることが確かめられています。仲間との関係がうまくいかない、先生との関係がうまくいかない、学業でもぱっとしないとか負担である・・・・・という3種類の学校ストレスが、例えば「攻撃行動」「不安・身体反応」「無気力」などのストレス反応と密接に関連していることが明らかになってきています。

 

 

 

 

(2)コーピング・スキルと学校不適応

 

 

 

 

しかしながら、同じような「学校ストレス」とであっても、個人によってストレス反応の出方が違います。ストレス反応を簡単に引き起こしやすい子と、そうではない子がいるのです。学校ストレスが、ストレス反応に直接に結びつくものではないからです。ストレス反応を、緩衝する作用のあるものがあるのです。その一つは「コーピング・スキル」と呼ぶものであり、もう一つは「ソーシャル・サポート」と呼ぶものです。

 

 

 

「コーピング・スキル」とは、ストレスへの対処技能のことです。これには、いわゆる「ストレスを発散していくもの」と、ストレスそのものに関わって、「ストレスのおおもとの問題を解決していくもの」の2種類があります。例えば、子供に限らず、「遊び」をストレス発散に使っている人は多いです。何か学校で面白くないことがあっても、放課後などに「わっ」と遊んでいれば、普段の憂鬱さなどは消え去ってしまいます。

 

 

 

コーピング・スキルのもうひとつのタイプである、学校ストレスの原因に働きかけるタイプでは、「社会的スキル」と、「自己コントロールスキル」が重要なものとして挙げられます。「社会的スキル」とは、人付き合いの技能のことです。学校ストレスが、対仲間、対教員という人間関係の不調と大きく関連しているからです。社会的スキルがあるならば、学校で起きる対人関係上のトラブルを解決しやすくなるに違いありません。一方、「自己コントロールスキル」とは端的に言えば、「先々を見通したうえで、したいことを我慢したり、したくないことをあえてする」ことです。この技能は学業関連のストレスに対処するのに、重要な役割をもっています。

 

 

 

 

(3)ソーシャル・サポートと学校不適応

 

 

 

 

さて、もうひとつのストレスの緩衝作用はソーシャル・サポートです。子供がストレスを感じていたとして、周囲がそのことに気づき、本人を援助するならば、事態に変化が生じやすいです。その人が実際に学校ストレスに働きかけ、その学校ストレスそのものを取り除くことができるかもしれません。それが無理でも、本人に声をかけ、「心配している」とのメッセージを伝えることも意味があります。自分が分かってもらえている、支えてもらえていると感じる時、人は勇気と力が与えられます。子どもをめぐる人材が、このような形で豊富にあることを、「ソーシャル・サポート」が豊富にあると呼びます。

 

 

 

ソーシャル・サポートがあれば、確かに同じ学校ストレスに会っても、当面をしのぐことができるでしょう。まして、学校ストレスを解消するように周囲の人間が動くならば、それは大きな力となります。子供にとってのソーシャル・サポートは、多くの場合は親友であり、保護者であり、担任などの教師です。それらの人材が確かに自分の周りにいると思えること、それが子供にとって大切な支えになるのです。

 

 

 

 

学校不適応はなぜ続くのか?

 

 

 

 

しかしながら、実際に学校不適応になった段階では、その原因を取り除いても相変わらず問題が継続していきます。いじめの問題が解決しても、相変わらず不登校が継続することも本当によくある話です。学級が変わっても、学校が変わっても、相変わらず不登校が続いていきます。火事場では火事の原因究明はあまり役に立ちません。火事に対応するとは、火事が続いている原因を探すことであり、そこに働きかけることです。

 

 

 

現在目の前で起きている学校不適応への「対応」を考えることは、問題が深刻化するのを防ぎ、問題が早期に解決していくための緊急手段について論じることです。そのために必要なことは、「学校不適応がなぜ続いているのか」を考えることです。その例として、不登校について考えてみましょう。不登校が続く時、いくつかの悪循環のメカニズムが形成され、問題が維持させられていくのです。ここでは「行為」「感情」「認識」の三側面に分けて話をしますが、この三側面も互いに悪影響を与え合うという複雑な構造がそこにあります。

 

 

 

 

(1)行為の側面

 

 

 

 

不登校になるまでに学校ストレスによって引き起こされた不快感が強ければ強いほど、不登校になった結果、学校に行かないことに強い利益を与えてしまいます。子供の主観からすれば、「ほっと安心」という安堵感のようなものが、不登校の結果生み出されます。この安堵感が不登校行動を強めるという構造があります。不登校の場合、これが毎朝繰り返されます。学校のことをイメージしつつ、登校するか否かを悩みます。その結果、不登校を選ぶと安堵感が起きます。この安堵感が、翌日の不登校への動機をより強めるように働きます。

 

 

 

 

(2)感情の側面

 

 

 

 

感情の側面でも、毎朝、不安や緊張を高めていく悪循環が成立しています。毎朝、学校のことを思い浮かべます。そして、結果として不登校を選ぶとき、そこで選択される学校場面のイメージは不快感を引き起こす場面です。その結果、登校をしないにもかかわらず、イメージから引き起こされた不安や緊張などの不快感を、繰り返し子供は味わいます。

 

 

 

不快感に限らず、「感情」は、特定の感情を感じながら、特定の場面が繰り返し呈示されることによって、その感情が場面特定的に強まって感じられるようになるというメカニズムがあります。いわゆるパブロフの古典的条件付けの原理ですが、毎朝、不安や緊張などの不快感が悪化していくのです。この時、広く学校のイメージで、それまで何とも感じていなかった場面に対しても、不快感を感じるようにもなっていきます。

 

 

 

 

(3)認識の側面

 

 

 

 

例えば、「学校に行かなければならない」という意思をもちながら、前述のようなメカニズムから不登校が継続しているとどうなるでしょうか。「意思の通りに振る舞えない」という自己不全感に苛まれます。毎朝、自分の意思の通りに動けなかったということは、毎朝、罰を受けているようなものです。これが続くならば、無力感、無気力感に襲われることになります。

 

 

 

 

学校不適応にどうかかわるか

 

 

 

 

(1)学校不適応問題の予防

 

 

 

 

当たり前で常識的な話すぎて恐縮なのですが、学校不適応問題の予防で心がけることは、学校ストレスを減らすこと、ストレスに対処できるようなコーピング・スキルを子供に育むこと、子供をバックアップするソーシャル・サポートを増やすことの以上三点に絞られます。学校ストレスを減らすことは、主として教師が、後者二点は教師と保護者が頑張る領域であると言えます。

 

 

 

学校ストレスを減らすとは、楽しい、魅力的な学級の雰囲気を作ることであり、どの子も、その学校集団の中で快適に過ごせるような心理的環境を用意することです。ただ難しいのは、これがいま、それほど簡単に準備できるような時代ではないという点です。例えば、教材ひとつとってもそうです。ほんの数十年前までは、学校は地域の中ではぴかいちの魅力的な教材・教具がそろっている場でした。家にいるよりも、はるかに魅力的な情報の得られる場だったのです。

 

 

 

現代は、テレビで第1級のピアニストの演奏が聞け、絵画を見ることができ、インターネットを使えば、自宅の中で大英博物館の中に入って、その解説を聞くこともできます。教師の情報サービスの力量が上達しているのは確かだとしても、情報提供を専門とする媒体の提供する情報に太刀打ちできるはずもありません。それ以上に深刻なのは、子供の「社会的スキル」や「自己コントロール・スキル」が構造的に低下してきたことです。ことに、それを向上させる集団遊びは、現代ではほとんどなくなりました。

 

 

 

集団の中で情緒的につながることによりも、「ポケモン」や「ミニ四駆」などの情報の交換によってつながる遊びが主流となったからです。そのために、それらのスキルそのものが急激に減退してきています。このために、集団に入ること、その中で情緒的な体験を共有することが、現代の子供たちには苦手になりました。学級集団に入ることそのものを、ストレスと感じる子どもが増加してきているのです。そして、保護者たちも、地域社会の中で互いが結びつかなくなり、親戚同士も互いが干渉しあうようなことは少なくなりましたし、核家族と少子化の進行で親戚そのものも減りました。

 

 

 

各家庭がバラバラの状態で生活をしています。となると、一人の子どもをめぐる人間関係は手薄になります。保護者個々人がどれほど努力をしても、ソーシャル・サポートの担い手は手薄になっています。子供は地域社会からも親戚からも支えられることは少なくなりました。子供がストレスに対処し、周囲から支えられる人間に恵まれず、実を言えば、学校だけが子供に「集団」を体験させる唯一の場となってしまいました。この構造の中にあって、学校不適応問題は、今の学校システムそのものを変えていかざるをえないことになるでしょう。

 

 

 

 

(2)学校不適応問題への対応

 

 

 

 

では、学校不適応問題が、いじめやら不登校やらの形で生じたらどうするのでしょうか。目の前に展開されている問題の構造をよくよく眺め、そこで起きている悪循環に目を向けることです。これが手際よくできるためには、かなりの専門性が必要とされるでしょう。不登校問題で言えば、感情の側面の悪循環に焦点づけ、不安や緊張を緩和します。そして、ソーシャル・サポーターを増やし、人との関わりの中で、社会的スキルや自己コントロール・スキルを向上させることを考えます。本人と保護者がどのようになるのを望んでいるのかの意向を的確に見極めたうえで、本人に自信を持たせる機会を与えます。

 

 

 

そのうえで学校に接近していきます。学校に入る際に生じるであろうストレスを想定し、いよいよ再登校の段階では、学校ストレス側を軽減する・・・・・・・などなど、多くの手段を順序立てて、その段階、その段階に見合った方法をさまざまに工夫して与えていくのです。学校不適応の予防で活躍するのが、教育や保護者であるとするなら、この段階では、例えば、教育相談などの教育臨床での専門カウンセラーであってほしいと思います。ただ、この教育臨床面での専門家は、想像以上に少ないのが現実です。

 

 

 

新聞紙上に「スクールカウンセラー」の文字が踊り、大学での教職教養に「生徒指導」とともに「教育相談」が取り上げられるにしても、この意味での専門家は圧倒的に少ないです。全国の公的な教育相談機関で、心理を専門にしている人を常勤で雇っている機関はそれほどありません。多くは教育職出身者であったり、心理職がいても「非常勤職員」の扱いです。「スクールカウンセラー」も基本的には非常勤職員です。

 

 

 

教育臨床の中で、心理の専門家が専門性を持つためには、教育行政が常勤職としてこれらの人を雇い、そこでの任用体系を確立する必要があります。でなければ、いつまでもプロ意識を持った教育関係の臨床心理の専門家が育つはずもありません。いまだに教育の世界では、この道での専門家を地道に育てあげようとは考えていないようです。

 

 

 

学校不適応に苦しむ子供たちに、より良い教育的・心理的サポートを与えようとする意志も意欲も金銭的な余裕も、今の教育行政には見られません。火事は確実に増加する勢いなのですが、消防署を増やさず、自衛消防団で頑張れと言うかのようです。

 

 

 

 

学校不適応を理解する    ~スクールカウンセラーの告白~

 

 

 

 

「今日、ここのところずっと休んでいた生徒が出てきてるんですが、ちょっと会ってみてくれませんか?」職員室で、担任の先生から声がかかります。スクールカウンセラーと子供との出会いは、このような形で始まることが多いです。早速会ってみると、Aさんは中学2年になって転校してからしばらくして欠席がちになり、ここ一ヶ月ほど不登校状態でいたようです。

 

 

 

「なんか学校がつまらない。家にいたほうがいい。友達ができない。嫌われるんじゃないかっていつも相手に合わせてしまう。だから疲れる。でも勉強はしたい。友達とは会いたくない。会わないですむんだったら学校に来てもいい」とぽつりぽつり話しました。学校を休むことになったきっかけは特にないようです。クラスで皆の中にいるのに疲れたから、というのが本人の不登校の理由でした。

 

 

 

 

スクールカウンセラーの特徴

 

 

 

 

スクールカウンセラーは、「学校の中にいます」。つまり、子供の生活の場にともにいるわけです。子供たちの学校生活にリアルタイムで関われます。子供にとっても日常的に、会いたい時にいつでも会えることが、スクールカウンセラーの大きな特徴だと言えます。休み時間に、数人でカウンセラーのところに来ては、学校生活の不満や先生の悪口を言っていきます。放課後、一人でそっとやってきて、友達付き合いの悩みを語っていきます。毎朝授業が始まる前にやってきて、顔だけ見て行きます。いろいろな会い方ができるのも、スクールカウンセラーならではでしょう。

 

 

 

学校にいるので、子供たちが普段感じている「学校」と現実の学校の両方を知ることができます。これは、子供達の体験を、よりリアルに感じることができます。また、学校生活に何らかの問題を抱え、ストレスを感じている子供に自然に接することができます。なんとなく元気がない子供、友達仲間に入れずに孤立しがちな子供、宿題をしてこなかったり忘れ物が多い子供、些細なことで暴れたり暴力を振るう子供などです。学校不適応に関しては、さまざまな学校不適応状態を訴えたり示したりする以前の子供たちと出会えるのです。

 

 

 

これは、学校の外のカウンセラーが、不適応状態を示した子供たちに、カウンセリングや心理相談という形で初めて出会える場合と大きく異なります。一方、特に不登校状態になった子供には、その子が学校から離れてしまうことで、関わることが難しくなってしまうことがあります。

 

 

 

 

学校不適応から不登校へ

 

 

 

 

ある日、掃除の時間に何人かでふざけていました。そのうちのS君一人だけ見つかって先生に注意されました。「みんなの目が僕に集まって恥ずかしかった。なんで僕だけがとムカついた。みんなが冷たい目で見るような気がした。先生はひどい。先生なんて信じられない。自分の全てが否定された感じ。存在を消された感じ。これまでの自分が崩された感じ。そしてとても怖くなった。それ以来、なんとなくビクビクしていた。クラスでは、みんなに合わせて楽しくやっているふりをしていた。でもすごく疲れた。何かつまらない。何か気持ちが内側に向いて、人はどうでもいい感じ。自分のことで精一杯な感じ。学校もどうでもいい。ずっと一人でいたい。すごく疲れた」S君はその後不登校になりました。不登校の間、何回かスクールカウンセラーのところにはやってきていました。その時の彼が話した言葉です。

 

 

 

 

不登校の子供の心理

 

 

 

 

不登校のK君。K君は高校入学以来休んだり、登校したりという状態でした。「学校に行くのがとても疲れる。朝、起きられない。新しい環境に慣れないのか。先生には緊張してると言われた。緊張することなんてないのに。学校の何が嫌なのかわからない・・・・・・・みんなで何かするのは苦手。勉強は嫌いじゃない。授業とか決まったことをやるのは安心なんだけど、休み時間とか何をすればいいのか。いじめがあるわけじゃない・・・・・・先生たちは友達作らなきゃいけないと言う。無理して友達を作らなきゃならないのは苦痛。親も、友達を作れと言う。どうやったら友達ができるのか。そっとしておいてほしい。できれば一人でいたい」

 

 

 

冒頭で紹介したAさん。「学校がつまらない。2年生で転校してきた。友達はいない。友達は別に欲しいと思わない。遊びとか誘って、断られると嫌われたと思う。嫌われたんだと思うと、その人が嫌いになる。その人から離れたくなる。その人から離れると、その人のせいでと何かムカつく。部活に入れば、友達できるかな。でも、縛られるのは嫌。仲良しになってみたいなっていう人はいる。親しくなるとなんか自分が相手に合わせすぎてしまう。自分がわからなくなる。それはすごく怖い・・・・・・自分がイニシアチブを取って友達を誘うのは初めはいいんだけど疲れてしまう。誰かにリーダーシップとってもらうのは楽だけど、自分の好きにできないので合わせなきゃならないから嫌。自分の好きなことをわかっててそれをお膳立てしてくれるのがいいんだと思う。友達にそれを求めてる・・・・・・・友達はいないし、このままずっとなのかと思うとつまらないし何か物足りない」

 

 

 

 

学校不適応とひきこもり

 

 

 

 

適応とは、その個体が置かれた環境を取り入れ、自分に合ったものに変えていくプロセスと周りの環境に合わせて自分を変えていくプロセスであると考えられます。学校不適応は、学校生活という環境に対して、何らかの要因によってこのプロセスがうまく進展しない状態と言えます。子供の体験はどうでしょうか。ある時、学校生活の中で、何かうまくいかないという感じをもちます。それは、学習場面であったり、人間関係であったりします。

 

 

 

例えば授業中指名されて間違ってしまいました。テストで悪い点をとってしまいました。宿題を忘れて注意されてしまいました。友達が別の友達と先に帰ってしまいました。友達に遊びの誘いを断られてしまいました、などです。この、「しまった!」という失敗感を感じてしまいます。こういう時は、誰でも多少は嫌な気分になるものでしょう。これらのちょっとした小さな失敗は、その子どもの知的能力、社会的能力、コミュニケーション能力、性格、自己表現力などにかかわっていろいろな状況で起こるものです。

 

 

 

たいがいの場合は、うまく気持ちを切り替えたり忘れたりして、その失敗を乗り越えます。しかし、中には、いつまでも後を引く子供がいます。その子供の心の成熟の度合いにもよりますが、この失敗を乗り越えることがうまくいかない時に、この状況自体に目をつむり、現実から逃避してしまう場合があります。そこは空想の世界、ファンタジーの世界、自分の思い通りになる、思い通りにしてくれる世界なのです。これが、心理的にひきこもった状態であると言えます。

 

 

 

心理的にひきこもった状態は、当然外の世界への関心はなくなり、外との関わりが薄らいでいきます。外の世界を学校生活と考えれば、その子供の世界の中から学校は排除されることになります。その子供の世界には学校は存在しないことになるので、学校を休むということも意味をもちません。学校を休むことへの葛藤や後ろめたさも感じないですみます。不登校の子供にしばしば見られるあっさりした感じ、他人事のような感じは、このことに関係していると考えられます。もっとも、完全に外の世界と隔絶してしまうことは少なく、どこかではつながっていることのほうが多いと考えられます。

 

 

 

 

子供の不適応の理解

 

 

 

 

学校での子供たちの様子を先生からうかがうと、「自分中心」「わがまま」「周りへの配慮がない」「何かやってもらって当然のよう」「傷つきやすい」「友達関係が希薄」「先の見通しをもたない」「罪の意識が乏しい」「未熟」といった印象を語られることが多いです。これらのことが原因で、仲間付き合いがうまくいかなくなり、孤立したり、喧嘩になったり、仲間外れになったり、いじめに発展したりするのだと言います。

 

 

 

先の、A君、S君、K君にも見られることですが、これらの子供たちから浮かび上がってくる共通の特徴は、「傷つきやすさ」と「人付き合いへの恐れ」であると言えるでしょう。傷つきやすい子供は、どこかに自分は一番、自分が世界の中心で万能的な力を持っているという「想い」の世界にいるようです。現実場面でその「想い」が少しでも崩されると、強く傷つけられたと感じます。自分が一番という想いは現実的なものではなく、自信のなさと裏腹なので、今度は自分はまるっきり何もできない人間なんだと感じてしまいます。

 

 

 

自尊心が低下し、意気消沈してしまいます。そして、周りの人には、自分のために何かしてくれるはずだと期待し、動かそうとします。思い通りに自分の事を救ってくれるものだという想いをもちます。現実の人間関係が自分の思うようにならないとひきこもってしまいます。人付き合いを恐れる子供は、人付き合いを楽しめないようです。友達の中にいてもどこかよそよそしい感じがします。自分のカプセルの中に入っているようです。

 

 

 

たとえ友達がいなくても平気なように見えます。しかし、どこかで、人に近づきたいという想いはあるようです。一人でいるほうが気楽だけど一人は寂しいという感情を持っているようです。人を好きになりたいのですが、嫌われ拒絶されるに違いないと思ってしまいます。また、人に近づくと自分がなくなるような怖さを感じるようです。人付き合いの中で感じる相反する想いや恐れの感情が強まることを避けるように、単純な自分だけの世界にひきこもっていくようです。

 

 

 

 

不登校・ひきこもりへの対応

 

 

 

 

スクールカウンセラーのところへは気軽に話に行けます。日頃感じている不満や愚痴を話すことでガス抜きができます。なんとなく学校が面白くなく、居場所がない感じをもつ子供たちが集団で、時には一人で話しに来ます。居場所がない感じは、身の置き所がない感じ、自分がいてはいけない感じに通じるようです。学校の中で誰からも肯定的に評価されず、あるいは期待しているだけの評価がもらえず、失望し、自己肯定感や自尊感情が低下してしまっているようです。

 

 

 

その子供たちは、自分の存在を肯定してくれる人や場を求めています。あなたはそれでいいと言ってもらいたいのです。自分はこれでいいんだという感覚をもちたいと願っているようです。スクールカウンセラーに自分を受け止めてくれる存在を求め、自分がいてもいいんだという感覚、自己肯定感、自信を回復することを求めているようです。スクールカウンセラーは彼らの言葉に耳を傾け、思いを受け止め、その存在を抱えるわけです。

 

 

 

なんとなく学校がつまらないという気持ちが受け入れられると、その子供にとって少しではありますが、学校がいやすい場になるようです。不登校を未然に防ぐということはなかなか難しいことではありますが、学校生活がなんとなくうまくいっていない感じを感じた時に、そのことをしっかりと認めて受け止めることが大切なことのように思います。不登校状態になっている子供に対して、この状態の時は、まったく閉じこもり、誰とも関わりを絶っている場合が多いです。

 

 

 

直接関わることよりも、家庭との連絡を取り、家庭での様子をうかがい、状況を出来るだけ正確に把握することに努めることが必要です。家に閉じこもっているといっても、その閉じこもりかたはさまざまでしょう。自分の部屋に鍵をかけ、布団にくるまって何日も過ごすような状態もあれば、家族とは普通に会話し、学校に関すること以外はごく普通に生活できている状態もあるでしょう。また医学的な援助が必要である場合の見極めも重要です。

 

 

 

不登校状態を注意深く見守っていると、閉じこもりの状態に変化が見られることがあります。状況を見て関わりを再開する機会を探り、こちらからの働きかけにどう反応しているか、その反応を検討することで、その子の心の中の学校の存在がどのようなものかを推測することもできます。学校の存在が、その子供の中で意識されているか、意識されていればどの程度迷いや葛藤を感じているのか、こちらからの働きかけは、できるだけ控えめに、小さくすることを心がけることが大切であると思います。

 

 

 

ひとつ働きかけたら、じっとゆっくりその子供の動きを見守ります。ここが、子供一人ひとり異なるところで、非常にデリケートなものです。その子供が、一番近づきやすいものは学校の何なのか、勉強なのか、もし勉強だとしたら教科は何か、それは教科の内容ではなく先生ではないか、もし、そうであるとしたら、その先生が、その子との窓口になることが自然でしょう。

 

 

 

学校の中に、その子の居場所を作ることも大切なことです。状況に応じて、保健室登校や相談室登校を提案してみてもよいと思います。スクールカウンセラーは、学校とその子の世界とのつなぎ役となるのです。

 

 

 

 

先生とのかかわり

 

 

 

 

スクールカウンセラーの役割として、子どもへの関わりとともに、先生の支援があげられます。これは、先生と協働で子供を理解していくことです。不登校の子供への対応の相談だけでなく、日頃から気軽に、「ちょっと気になる子どもがいるんだけど」というような話ができる関係が大切になるでしょう。不登校に関しては、原因も理由もわからないことが多いので、丁寧に状況を聞いて子供の心のありようを検討していくことが必要になります。

 

 

 

子供の様子を詳しくうかがっていくと、次第に子供の姿が浮かび上がり、子供の気持ちが少しずつ先生と共有できてきます。ひきこもっていく子供達は、はっきりと言葉で自分を表現することが苦手であることが多いです。先生と一緒に子供の気持ちを想像しながら、子どもへの関わり方を考えていくのです。

 

 

 

 

先生も傷つく

 

 

 

 

自分のクラスから不登校の子供が出ると、先生はかなり心理的に動揺します。先生にとっては不登校の子供は、突然消えるように感じるようです。関係が突然切れることで、先生の中に喪失感、無力感、罪悪感、自責の念、怒り、などが沸き起こります。そのため、過剰な努力をして燃え尽きてしまったり、周りの教員集団から孤立し、一人で抱え込んで手助けを拒むようになったり、批判を恐れ保身的になったり、逆に攻撃的になったりします。

 

 

 

また、不登校は誰にでも起こりうるから普通のこと、と放っておいたり、親や家庭の問題に置き換え、親を責めたりします。どのような場合でも、先生の傷つきは大きいです。この傷つきを修復していくうえでも、子供の個性や心の有り様を丁寧に理解していくことが大切だと思います。家庭や親への対応に関しては、担任や養護教諭を通して行うことが多いのですが、スクールカウンセラーが直接親と会って子供の様子をうかがうことは必要でしょう。状況によっては外部の医療機関や相談機関につなぐこともあるでしょう。連絡や協力の窓口となることもカウンセラーの役割と考えられます。

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

学校生活でのさまざまな辛さ、苦しさ、寂しさ、恐れ、不満、不安、不快感、怒りなどから自分自身を守る方法であり、自助努力の表れが「ひきこもり」であると言えないでしょうか。不登校という形が学校生活に対してのその子供の「適応」した形と考えられないでしょうか。

 

 

 

心理的にひきこもり、自分の世界に閉じこもることが、その時のその子供にとって何か役立つことで、必要なことなのかもしれません。まず、この子供の選んだ形を尊重し保証することが大切なことです。ひきこもり、閉じこもることのその子供にとっての意義を把握することが第一であると思います。ある子供は、完全に学校から離れることが必要かもしれません。またある子供は、学校のある部分、学習の場としての学校を必要とするかもしれません。また別の子供は、自分の世界が守られるのなら学校の中にいることができるかもしれません。

 

 

 

例えば別室登校のような学校への参加の仕方は、学校の中で「閉じこもる子供」を支え受け入れる工夫の一つです。学校の中に、時に応じて閉じこもれる安心できる場を作るという発想です。学校不適応の子供への援助は、それぞれの子供に最適な成長発達促進的な環境を提供することでしょう。学校不適応は、現在の学校が子供達にとっての成長発達促進的な役割を十分に果たせていないことの表れであると言えないでしょうか。

 

 

 

学校が、成長促進的な環境としての役割を果たすために、子供達を抱え、支える場となるために、今何が求められているのでしょうか。スクールカウンセラーは、学校という子供たちの生活の場にともにいて、日常的に関わることで、学校生活へのさまざまな不満、辛さ、不安、寂しさを受け止め、支える、そして、子供達を抱える環境づくりを学校とともに進めているのだと思います。

 

 

 



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援