心的外傷とひきこもり
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心的外傷とひきこもり

2020年11月04日(水)6:09 PM

 

 

 

 

外傷体験は、さまざまな精神的障害を引き起こすことが知られています。外傷体験によって、社会的ひきこもりが生じることはしばしば見られます。例えば、傷害や暴行のような犯罪の被害者では、PTSDやうつ状態のために自宅にこもりがちになることが少なくありません。

 

 

 

また、児童虐待のような繰り返される慢性の被害では、自己認識の障害や対人関係の困難さから学校や職場での適用混乱をきたすことが多く、そういう人々の中には社会的ひきこもり状態に至る人がいても不思議ではないでしょう。

 

 

 

しかし、精神科医の斎藤環氏「社会的ひきこもり・PHP新書・1998年」は、臨床上の印象から見ても、社会的ひきこもりの事例の背景に、極端に破綻した家庭環境や、虐待などといった「大きな」問題が控えていることは少ないように思います」と述べており、意外にも社会的ひきこもりの背景に明らかな外傷体験は少ないことを示唆しています。

 

 

 

これは、逆に虐待や犯罪の被害者などの事例側から見た印象でも同様であり、興味深い点であると思われます。ここでは、外傷体験が引き起こす精神症状と社会的ひきこもりの関係について考えてみたいと思います。

 

 

 

 

社会的ひきこもりとなる外傷的出来事      ~外傷的出来事とは~

 

 

 

 

ここでいう外傷体験とは、「友達と喧嘩した」というようなレベルの外傷体験ではなく、心に極めて強い衝撃を与えるような出来事です。外傷体験によって引き起こされる最も代表的な疾患はPTSDでしょう。PTSDは、「戦争神経症」の概念を下敷きとして、アメリカの精神医学会がDSM=III(1980年)に採択したものです。現在用いられているアメリカの精神医学会の診断基準では、PTSDを起こすような出来事は以下のように定義されています。

 

 

 

①実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、一度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、または直面した。

 

 

 

②その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。具体的な外傷的出来事として、戦闘、個人的暴行などの犯罪、災害、事故があげられている。このような体験は、通常の人間関係での傷つきのレベルではなく、極めて強いストレスフルな出来事であって、非日常レベルの体験である。

 

 

 

ここで取り上げる外傷体験は、PTSDを引き起こすに足りるようなものとしたいです。しばしば、思春期のクライエントは、自己の障害の原因を周囲から傷つけられた結果であると、他者の行為に帰する場合がありますが、ここでは主観的な傷つき体験ではなく、上記のような条件を満たす出来事に限定したいと思います。

 

 

 

 

社会的ひきこもりの原因となるような外傷的出来事

 

 

 

 

稲村博氏「若者・アパシーの時代・NHKブックス・1989年」は、社会的ひきこもり(稲村氏は「アパシー」と表現している)が始まる年齢は、思春期後期(中学校3年から19歳)が多いとしており、斎藤環氏も最初に問題が起こる平均年齢を15.5歳であると述べています。したがって、もし、社会的ひきこもりの発症に外的体験が関与しているとすれば、思春期までに体験するような外傷的出来事が問題となると考えられます。

 

 

 

ハーマン「中井久夫訳・心的外傷と回復・みすず書房・1996年」は、外傷体験には二種類あり、その影響は異なるとしています。一つは犯罪被害や災害、事故のような一度きりの外傷体験、もう一つは児童虐待や家庭内暴力のような長期にわたって繰り返される慢性の外傷体験です。一度きりの外傷体験が与える問題は、PTSDのような恐怖による心理的、生理的反応とその結果起こってくるさまざまな社会的機能の問題です。このような一度きりの外傷的出来事としては、以下のようなことがあげられるでしょう。

 

 

 

①事故、②自然災害、③家族など重要な他者との死別、④一度きりの暴行などの犯罪被害、⑤誘拐、捕虜、⑥見知らぬ人からの性被害などです。一方、長期にわたって繰り返される慢性の被害では、体験は日常的レベルに組み込まれ、被害者の人格発達や他者、社会、将来に対する考え方に多大な影響を及ぼします。

 

 

 

ハーマンらは、このような影響も含めた新しい診断概念として「複雑性PTSD」という診断を提唱していますが、単発の被害以上に社会機能への影響が大きいことから、社会的ひきこもりをきたす要因となりえることが示唆されるでしょう。このような外傷的出来事として考えられるものは、以下のようなことです。①児童虐待、②家庭内暴力の目撃、③長期にわたる重度のいじめられなどです。外傷体験を上記の二つのタイプの出来事に分けて、社会的ひきこもりとの関係について考察を行いました。

 

 

 

 

単発の外傷体験と社会的ひきこもり   ~PTSDによる社会的ひきこもり~

 

 

 

 

単発の外傷体験が引き起こす代表的な精神疾患としてPTSDがあります。PTSDは、強い恐怖と無力感に晒されることによって生じる生理的反応を中心とした三つの主要な症状があります。一つは、体験時に強く換気された交感神経の興奮状態が持続することであり、不眠やイライラ、集中困難などの症状としてあらわれます。

 

 

 

二つ目は、外傷的記憶が事件に関係のあるようなことがきっかけで侵入的(本人が望まない形で)に想起され、被害を受けた時の感情や情景が再体験されることです。この再体験が非常に生々しく、あたかも自分がその場面にいるかのように、その時の恐怖や無力感などの情動反応と共に想起される場合には、解離性フラッシュバックと呼ばれます。

 

 

 

三つ目は、回避反応です。被害者にとって侵入的な想起とそれによる再体験は最も辛いことのひとつです。したがって、可能な限りそのような状況を避けようとするようになります。この回避が極めて限局されていればいいのですが、多くは汎化したかたちであらわれます。同年代の少年に暴行を受けるような被害であれば、同じような年代の子供を見たり、会ったりすることを避けようとするようなかたちであらわれるため、結果として外出できない、学校へ行けないようになってしまいます。このように、PTSDの場合では、事件に関係する社会的状況や人を避けるために勤めや学校へ行けない、人中へ行けないというかたちの社会的ひきこもりが見られます。

 

 

 

 

その他の症状としての社会的ひきこもり

 

 

 

 

外傷体験によって引き起こされる精神障害は、PTSDだけではありません。うつ病や不安障害、身体化障害などさまざまなものが合併してあらわれます。うつ病の場合、意欲の低下、易疲労感などから外出が困難となり、ひきこもりにつながりやすいです。また、不安障害で特にパニック発作があると、多くの場合、外傷を想起させるようなきっかけで発生するため回避反応が起こり、やはりひきこもりをきたします。

 

 

 

 

また、犯罪被害のような外傷体験では、精神障害だけでなく、他者や社会に対する信頼感が失われ、孤立感や疎外感が生まれます。このような感情が生じる原因の一つに、「このような目にあった自分が何か人と違っているのではないか(特に否定的な意味において、罪悪感を伴う場合が多い)という、自分が何か人と違っているのではという感覚が生じます。

 

 

 

特に、性被害では、被害者自身には何ら落ち度がないにも関わらず、「自分が汚れてしまった」「以前の自分ではなくなってしまった」という罪悪感が非常に強く、人中に出られなくなることがあります。また、周囲の人から「あなたにも責任がある」など被害者が責められたり、善意であっても傷つけられるような二次被害も少なくなく、どうしても人と関わりたくないという気持ちが生じやすくなります。

 

 

 

このような二次被害がなくても、犯罪にあったこと自体で、それまで持っていた安全な社会という信頼感が損なわれ、社会が危険や不安に満ちたものに見えてくるため、不安から外出できなくなったり、人と関わることができなくなることもあります。しかし、外傷体験の影響は多様であり、すべての人が社会的ひきこもりをきたすわけではありません。ひきこもりも全面的なものは少なく、家族や信頼できる友人とは交流があり、以前より交流の範囲が狭まった状態に留まる場合が多いです。

 

 

 

また、外傷体験から回復するにつれて社会活動も回復されてきます。ハーマンは、外傷体験からの回復には、①安全と安心、②回想と服喪追悼、③再結合の三つの段階を経ることが必要であるとしていますが、最後の再結合の手段は、被害者は自分と社会とのつながりを回復することであり、ひきこもりの状態からは脱却していることになるでしょう。

 

 

 

このような単発の被害では、被害者は通常、それまで十分な社会機能を維持し、それなりの人間関係を持っていた場合が多いです。そのような社会関係が完全に断絶するわけではないので、ひきこもりは部分的なものとなります。被害者のひきこもりの度合いは、外傷体験そのものの衝撃の度合いや外傷体験以前の社会機能に外傷的出来事が発生した年齢(思春期など)、被害者の抱えているストレスや脆弱性などに左右されるので、個人差が大きいことが推測されます。

 

 

 

 

繰り返される慢性の暴力による社会的ひきこもり   ~複雑性PTSD~

 

 

 

 

社会的ひきこもりでは、前述したように発症する年齢は思春期が多いです。思春期の子供が経験する外傷的出来事は、上記にあげられたような単発のものより、児童虐待や家庭内暴力の目撃、学校でのいじめられなど、むしろ長期にわたって繰り返される暴力である可能性が高いです。このような形の外傷体験は、被害者の防衛反応として日常的なものとして認知されるようになるため、被害者の人格や人生に対する見方そのものに取り組まれ、単発の被害より複雑な影響を与えます。

 

 

 

ハーマンは、このような長期にわたって繰り返される被害の影響は、PTSDでは把握しきれないために、複雑性PTSDという新たな概念を提唱しました。複雑性PTSDとしてあげられている項目について、特に児童虐待の影響を踏まえて以下にまとめました。

 

 

 

①感情制御の問題

 

 

 

感情の調節は通常、不快な感覚を泣いて訴える子供を母親があやすという原初的母子関係を通じて獲得されるものです。児童虐待の場合、親は子供の喜び、笑いに応答せず、子供の喜ぶ声も苦痛や怒りも同様に叱責や罰、あるいは無視という形で返されます。したがって、子供は自分の中に起こっている感情を親の反応から読み取ることができず、自分の中に生じる情動が怒りや喜び、悲しみであると認知し処理することを学習できません。

 

 

 

被虐待児は攻撃から身を守るために表情を出さないことを覚えます。これが「凍りついたような」と言われる特有の表情です。子供は自分の感情を表出することが危険であることを悟り、感情を抑圧したり解離させてしまいます。多くの場合、怒りは抑圧されてしまいます。なぜなら、子供は自分の保護者に対して怒りを向けることができません。怒りをぶつけることは保護と愛情を失うことにつながるからです。

 

 

 

また、怒りの表現は、しばしば激しい叱責や暴力を招くため、子供は怒りを抑圧するだけでなく、怒りという感情を認知できなくなるようになります。このように認知されない形で押し込められた怒りは調節することが困難であり、自分より弱いものや自分を傷つける恐れのあるものに対して、爆発的に歯止めなく噴出する危険性をもっています。

 

 

 

②解離

 

 

 

解離とは、本来一つの人格の中に存在しているはずの記憶や感覚、人格の統合がなくなった状態を指しています。解離は保持するのが耐え難い状況から自己を守るための防衛的なメカニズムであり、一般的に成人よりは子供で起きやすいと考えられています。痛みの感覚が解離していると殴られていても子供が痛みを訴えないことがあります。また、記憶の解離が起こると、健忘をきたし虐待の記憶を失ってしまいます。虐待が日常的になると現実生活の実感がなくなり、あたかも自分の周りにベールがかぶっているような疎外感を生じることもあります。

 

 

 

③自己概念の障害

 

 

 

虐待を受けている子供は、著しく自己評価が低下しています。これにはいくつかの理由があります。虐待者が子供を「悪い子」「生まれなければよかった」など、子供の存在や価値を否定する言動をし、それによってネガティブな自己評価が取り組まれること、過剰な期待やしつけに応えられないことから自分はダメだと認知してしまうこと、屈辱感や恥辱感を感じさせることなどがあげられます。

 

 

 

また、子供に特有の考え方も影響しています。子供は起こった出来事を自分に関係づける傾向があることと、白か黒かの二分法的考え方をすることから、親を「悪者」と考えることのできない子供は、虐待行為は自分が悪いから行われるのだと認識してしまいます。この低い自己評価は、思春期以降、自分を大切にできないために自傷行為や非行、性的逸脱行動に子供を結びつけやすくする非常に危険なものです。

 

 

 

④加害者についての認識の問題

 

 

 

子供は加害者(親)に非常にアンビバレントな感情を抱きます。本来、強い愛情を抱くべき親から虐待を受けたことによって、子供は自分を否定し、虐待行為も愛情の表れであると解釈し、虐待というものは存在していないふりをすることで親への愛情を形成するしかありません。また、それだけではなく周囲から孤立し、加害者以外頼ることのできない状況に置かれると、むしろ通常より強い愛着が形成されます。

 

 

 

このような状況でたまに与えられる優しさは天恵のような効果を発揮し、ストックホルム症候群に見られるような逆説的とも言える感謝の感情や極端に親を理想化することがあります。思春期を迎えるころになると、親を客観視できるようになることから加害者への強い怒りが生じ、復讐に没頭したり暴力を振るうようなことがあります。この憎しみや暴力は、虐待を行った親ではなく、それを黙認した親の側に向けられることもあります。

 

 

 

⑤対人関係の問題

 

 

 

対人関係の基本は親子関係であることを考えると、対人関係に著しい障害が生じることは理解しやすいことでしょう。虐待環境から保護された幼児が施設で見せる態度に、職員の誰にでも甘えたり、人見知りをしないという「無差別的な愛着行動」があります。しかし、少しでも自分が叱られたり傷つけられそうになると離れていってしまいます。

 

 

 

子供は、親密さは虐待を招くものと予防線を張り、親密な人間関係を結ぶことを避けるため、同年代の仲間に対しても孤立やひきこもりを示します。スムーズな対人関係を結ぶ上で必要な距離をとることや感情の交流が困難なため、周囲から避けられたりいじめにあうことも少なくありません。

 

 

 

⑥意味体系の変化

 

 

 

子供にとっての世界は家庭を中心としています。本来、慰めと安心の源泉である家庭での暴力は、子供の人生観、世界観、将来の展望を歪めてしまいます。逃れられないという絶望感は、希望のなさや将来を描けない状態を生み出し、自暴自棄な行動に駆り立てることもあります。

 

 

 

⑦問題行動と再被害化

 

 

 

以上にあげたような問題は、特に思春期以降の問題行動を引き出します。低い自己評価や虚無感を紛らわすためにアルコールや薬物への依存、リストカットなどの自傷行為が見られます。一種の自己破壊行動として性的な逸脱も見られます。攻撃性の衝動的な爆発は暴力行為や犯罪に結びつきやすいです。通常の安定した対人関係が得られないために、非行のグループや彼らを利用しようとする人に巻き込まれることがあります。虐待を受けた子供がいじめや性被害などの再被害を受けやすいことは、彼らの心理的な傷をいっそう深め、それを避けようとするために、逆に加害者に転じる場合もあります。

 

 

 

⑦精神障害

 

 

 

欧米の研究では、摂食障害や境界性パーソナリティ障害の患者の多くは過去に虐待の既往があることが報告されています。

 

 

 

 

複雑性PTSDと社会的ひきこもり

 

 

 

 

児童虐待の場合、家庭が最も危険な場所であることから、虐待が継続している場合に家庭にひきこもるということは考えにくいです。むしろ、加害者側が子供を学校に行かせなかったり、外出を禁じるなど閉じ込めてしまう危険性があります。しかし、自宅にひきこもりにならなくても、虐待の影響による感情調整の困難や、対人関係の困難は、社会適応の障害になるため、学校などでクラスメイトとうまく交われなかったり、逆に他の子供をいじめるなどの行為が見られる場合があります。

 

 

 

思春期になると、自分の受けた行為に直面するようになり、人と自分はどこか違っているのではないかという疎外感や自信のなさが学校生活上の不適応をきたし、ひきこもりへつながることが考えられます。しかし、虐待を受けた子供は、一方で「救済者」(自分に愛情を与えてくれる存在)を強く探し求める傾向があることから、時に自分を表面的にでも受け入れてくれる非行グループなどへ巻き込まれることが懸念されます。外傷的出来事が、いじめのような家庭外の出来事である時には、そこを避けて自宅にひきこもりになる場合があると考えられます。

 

 

 

いじめが原因でひきこもる場合には、いじめによって周囲の存在への不信感がつのり、不登校が遷延化した結果、社会適応に困難をきたすというような経過をたどります。斎藤環氏は、ひきこもりの契機として不登校が多いことをあげています。しかし、いじめとひきこもりに単純な関連があるとは言い難いのです。トラウマとなるようないじめの場合には、比較的いじめの対象がはっきりしており、被害者は加害者に関連するものに対する恐怖を感じることになります。被害を受けた現場が学校であるために学校を避ける、加害者と同年代の子供を避ける、被害者を理解して早く救出してくれなかった大人(親、教師)への不信感から大人との関わりを避けるということが起こると考えられます。

 

 

 

しかし、この際にも、加害者以外の友人との交流が存在したり、親や教師との良好な関係が存在する場合には、全面的なひきこもりにはなりにくく(家庭や学校以外の交流は可能であるなど)、また、外傷体験から回復するにつれて、社会的交流が可能になるでしょう。ここでも、やはり外傷体験以前の人間関係、外傷的出来事の際の周囲の介入などによってひきこもりに至る危険性は変動すると考えられます。

 

 

 

逆に、いじめや虐待のような外傷体験が、社会的ひきこもりの原因になるには、対人関係の困難や社会機能の障害が生活の全般に広がり、長期に固定化するような要因がさらに存在している場合です。それには、子供が外傷体験をどのように認知するかが大きく関わるでしょう。外傷体験の脅威が加害者にとどまらず、周囲の人や不特定の人間存在にまで拡大していたり、自己への否定的な認知により、自我が脆弱になっているなどの状態があればひきこもりに結びつきやすいです。

 

 

 

まとめ

 

 

 

以上のようなことから、外傷体験が社会的ひきこもりの原因となる可能性はありますが、個人差が大きく、単発の被害でも長期反復性の被害でも、体験の強度や体験以前の個人の状況、外傷体験後の周囲との関わりなどの影響が大きいため、絶対的な要因ではないといえます。外傷体験を社会的ひきこもりに至らせないためには、被害を受けた子供に早期に介入し、自己や他者に対しての外傷的な認知が形成されることを防ぐことが重要です。

 

 

 

 

不登校と社会的ひきこもり

 

 

 

 

学校メンタルヘルスの領域

 

 

 

 

学校メンタルヘルスあるいは学校精神保健の活動といった場合、その対象は児童生徒と教職員です。近年、さまざまな状況の変化とともに、教師のメンタルヘルスの問題も看過できないものとなってきています。しかし、ここでは不登校との関連で社会的ひきこもりを論ずることを目的としているので、児童生徒の問題に限って検討することとします。

 

 

 

学校メンタルヘルスから見たひきこもり

 

 

 

通常は学校メンタルヘルスの機能する期間は、入学から卒業までの在籍中に限られています。学校カウンセラーなどの専門家が導入されている場合は別として、児童生徒が登校している時に焦点を合わせて活動が展開されます。もちろん、家庭訪問や電話・手紙・メールなどによるコンタクトも珍しいことではありませんが、あくまでも補助的かつ臨時の措置となっています。

 

 

 

つまり、学校へ来ているかどうかが大きな分かれ目となっています。そうした意味では、学校メンタルヘルスの視点から見ると、ひきこもりも非行も、あるいは怠学も、大差ないことになります。こうした事情を象徴的に物語るものが、不登校という概念です。不登校の児童生徒は、学校に来ていないという一点において、登校している児童生徒と明確に線を引かれます。そうした意味で、学校カウンセリングや学校メンタルヘルス活動の、リエゾン(連携)機能が今後さらに重要となってくるでしょう。あるいは学校におけるソーシャルワーク的あるいはケースワーク的な視点も、見直される必要があるかもしれません。不登校の中にはひきこもりも当然含まれますが、他の多くの問題、例えば神経症的な不登校や積極的な登校拒否あるいは非行や怠学など、さまざまな状態や状況が包含されているのです。

 

 

 

不登校とひきこもり

 

 

 

以上の議論をふまえれば、ここで問題とされるべきものは、「ひきこもり状態にある不登校」と「ひきこもり(社会的ひきこもり)」との比較検討ということになります。そこで、共通性、相違点、そして因果関係などについて、これまでの知見を整理しておきたいと思います。

 

 

 

共通性

 

 

 

まず、はじめにあげなければならないのは、自己意識の問題です。ごく大雑把に言えば、それは自分に対する意識であり、とりわけここで問題となるのは自分自身への感情的な評価の側面です。つまり、自分で自分をどの程度認めているかという点です。不登校とひきこもりに共通する自己意識として、こうした自己評価の低さ、あるいは自尊感情の希薄さが指摘できます。私自身、20年来のカウンセラーとしての実践経験から言うと、こうした自尊感情の希薄さや危うさを感じさせるケースが多いように思います。

 

 

 

例えば「私は生まれてきてよかったのでしょうか?」とか、「僕は生きている価値があるんでしょうか?」などの疑問をカウンセラーである私にぶつけてきます。その保証を求めているのです。こうした不安や葛藤は、自己の存在についての極めて根源的なものであって深刻です。次に表出される行動としては、不登校でもひきこもりでも多くの事例で見られるものが、家庭内暴力、昼夜逆転、抑うつ傾向、強迫傾向、そして対人恐怖傾向などの問題です。親や学校、あるいは社会への不満や自分自身への苛立ちなどを、身近な家族や家財道具あるいは家そのものにぶつける家庭内暴力は、しばしば深刻な事態を招きかねない問題となります。

 

 

 

また、学校の拘束から逃れて、ある意味で自由になり、また別な見方をすれば拠り所のない日常生活から、次第に時間の観念がルーズになっていくことの結果、昼夜逆転も起こります。心理的に社会が活動している時間帯には家でひっそりとしていて、夜から活動を開始する生活パターンによって、次第に昼夜の活動時間帯が逆転していくという側面もあります。これらの行動化が進行し日常化していく中で、抑うつ傾向や強迫傾向あるいは対人恐怖傾向などの神経症的な状態が、二次的に発生してくることも少なくありません。

 

 

 

相違点

 

 

 

まずあげなければならないのは、年齢の違いです。一般に不登校という場合は、学歴つまり高校3年生までの年齢で区切ることが多いです。最近では大学への進学率の高まりと学生の多様化の動きの中で、大学生の不登校といった問題も真剣に語られるようになってきていますが、やはり不登校は高校生までの問題とみるべきでしょう。したがって、それ以後の年齢段階にあって自宅にひきこもっている人をひきこもりと考えます。

 

 

 

もちろん、身体疾患や精神疾患が原因で自宅にとどまっている人は、除外して考えなければなりません。精神科医の斎藤環氏は「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、他の精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」(社会的ひきこもり・PHP新書・1998年)と定義しています。

 

 

 

次に両者の相違点としてあげられるのは、性差の問題です。斉藤氏によれば、ひきこもりは圧倒的に男性に多く、数少ない女性のケースは長期化しない傾向にあるといいます。これに対して、不登校では女子の数は決して少なくありません。かつては不登校といえば男子児童生徒と思って間違いがないほど男子に多かったのですが、近年男女差はあまり問題とされないほどのものとなっています。

 

 

 

因果関係

 

 

 

ひきこもりと不登校の因果関係については、いまだ定説がありません。臨床的な印象から語られることはありますが、両者の因果関係は明らかになってはいません。ひきこもりに占める不登校経験者の割合が、約90%であったという調査結果があります(斎藤環・前掲書)。それでは不登校をしている児童生徒はひきこもりの予備軍かといえば、そう簡単に結論づけることはできません。そのことを示すためには、不登校のフォローアップ調査を大規模に行い、少なくとも5年後10年後のひきこもり率を算出する必要があると思います。

 

 

 

この点に関連する初めての調査結果について、「不登校に関する実態調査」として2001年9月に文部科学省から報告書が出されています。これは1993年度に不登校(学校嫌いを理由に年間30日以上欠席)し、中学校を卒業した人を対象として1998年11月から1999年2月に追跡調査を行ったものです。調査項目は、在学中の状況、援助体制、進学先・就職先での状況、現在の状況などにわたっています。こうした追跡調査は本邦初であると考えられ、極めて画期的かつ貴重な資料を提示しています。以下にその結果の一部を引用しつつ、不登校とひきこもりの因果関係について示唆するところを考察してみたいと思います。

 

 

 

まず中学校卒業時の進路としては、就業が28%、進学が65%ですが、そのいずれでもない人が13%となっています。また高校進学者のうち、38%が中途退学をしています。大学・短期大学への進学率は、全体の13%です。次に中学校卒業後5年経過した時点での状況です。就労しているが就学していない人が54%、就学・就労ともにしていない人が23%、就学しているが就労していない人が14%、就学・就労ともにしている人が9%となっています。ここで就労といっているものの約半数はパート・アルバイトです。以上の結果から、中学校での不登校の人について特記すべきことをまとめてみると、次の4点に集約することができます。

 

 

 

①中学校卒業後の所属のない人が1割を超えている。

 

 

 

②高校の中退率が一般よりかなり高い。

 

 

 

③高等教育進学率は、一般に比べてかなり低い。

 

 

 

④20歳前後の時点で就学も就労もしていない人が23%である。

 

 

 

これらをまとめてみると、中学校卒業時点で無所属の人に高校中退者が加わり、高等教育への進学者も少ないため、結果として20歳前後での無所属者が23%という結果になっているということになります。この23%に注目してみたいと思います。この23%の人すべてがひきこもりの状態にあると断定することはできないのはもちろんですが、少なからず含まれていることが推測されます。もしこの推測が的外れのものでないとすると、一般に比べて中学校での不登校者のひきこもりの発生率が高いことが想定されます。

 

 

 

ここで見てきた文部科学省の調査は、不登校とひきこもりの因果関係に焦点を当てて計画されたものではありません。したがって因果関係について明確な結論を導き出すことができず、推論の域を出ません。ただ、この調査結果以外にもこれまで見てきたように、「ひきこもり状態にある不登校」と「ひきこもり」のあいだには少なからず共通点が見られることから、その理解や対応について互いに参考するべき点は多いと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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