引きこもり~待つことの意味~
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引きこもり~待つことの意味~

2020年10月18日(日)7:06 PM

 

 

 

引きこもりの家族会に参加した家族が、引きこもりの我が子と接していくなかで「待つ」という言葉に疑問を持つことが多いようです。家族はこれまでずっと1年、3年、5年、10年以上と待ち続けてきたのです。

 

 

しかし現状は何も変わらないと言います。そこに支援者たちが、「しばらくは待ちましょう」と言っても渦中の家族には納得されないのはある意味当然かもしれません。

 

 

「待つ」ということが静止状態として理解されてしまうがために、「待つ」ということが何もしないでただ黙っている状態として理解されてしまいます。実は、「待つ」という行為は、静止状態ではなく、「動態」として理解していくことが重要です。

 

 

「待つ」という行為が必ずしも静止状態を意味するものではなく、動態としての「子供とかかわりながら待つ」行為として理解し、家族はいかに我が子を信頼し続け、どういう待ち方が望ましいのかを共に考え歩むパートナーシップのスタンスを支援者は家族に対して適切に伝えていくことが求められます。

 

 

家族は時には苦悩する待ち方をします。そして我が子の引きこもりという経験から家族もまた学びを与えられた待ち方をしています。いずれにしても、その「待つ」のなかには家族としての生き方や我が子との歩み方と深く関係しています。

 

 

また、家族のどういう待ち方が望ましいかを考えていく過程で、地域にある引きこもりの家族会の果たす役割が大きいです。引きこもりの家族会で他の家族や我が子と同じような引きこもりの人と関わりを持つなかで、引きこもり支援に欠かせない家族の「気づき」が与えられるからです。

 

 

具体的に述べれば、「私は我が子を親のみの思い込みでしか見ていなかったことに気がつきました」などです。そして続けて「私は我が子が何も変化していないと見てきましたが、よく見てみると変化している我が子を理解することができました」というのです。

 

 

家族という営みは、我が子には幸せになってもらいたい、人並みに働いて欲しいと願っています。しかし、家族が思っていることは大方引きこもりの人も自覚していることなのです。

 

 

それをあえて口に出されることは、親子の関係性に軋みを生じさせることにつながります。これは家族だけではなく、支援者、教師や大人全てに共通することなのかもしれませんが、何か社会的な成果のみが追い求められ、そこまでに至るさまざまなプロセスが評価されないことが多いことに気がつくのではないでしょうか。

 

 

現代の引きこもりの人の意欲や自信が低く位置してしまうのも、そうした評価の要因を無視できません。もっと引きこもりの人の目には見えないプロセスにも光を照らしていく必要があるのではないでしょうか。

 

 

引きこもりの人たちは、私たちの目に見えない所でさまざまな苦労を強いられ、日々悩みつつも、自分に今できることを積み重ねているのです。引きこもりの人と家族とのコミュニケーションを考えるうえで陥りやすい課題が、ボランティアばかりしていてもお金にならない、それだけでは生活できない、人生をドブに捨てたな、それで一生涯生きていけるのか、という正論です。

 

 

私は、家族から発信されるこうした投げかけが、引きこもりの人と家族との会話をできなくする一つのパターンであると考えています。正論は一般論では間違った考えではありませんが、こうした働きかけをすると、引きこもりの人はこれに対して返す言葉を失い、しだいに家族を避けて通るようになっていきます。

 

 

親子間のコミュニケーションを促進させる食事やリビングで交わされる何気ない会話風景はどこかに退き、残るのはすれ違った生活パターンです。親子関係で重要となるポイントは、こうした正論を投げかけことではなく、引きこもりの人の気持ち、言い分にまずは耳を傾け、話を聞いて受け止めるということです。

 

 

家族に引きこもりの人が受け止められたという安堵感は、家族からの要求を受け入れる余地を作り出し、ある意味信頼して何か困ったことがあればここぞという時に気軽に話し合える信頼関係を築くことになります。

 

 

こうした関係性が、親子の会話のあり方を考えていくうえで欠かせないものとなります。また、何かにつれて引きこもりの人から家族に発せられる「うるさい」などの言動は、引きこもりの人の内面の動きと彼らを取り巻く外界との葛藤にもがき苦しむサインでもあります。

 

 

引きこもりの人が過去の親子の子育てのあり方や、教育競争に対して憤りを覚え、彼らを支える家族に強く当たってくるのも同様です。

 

 

引きこもりの人は日々の生活の中で、「こうあらねばならない自己」と「こうはなれない自己」との比較対象のもと、負い目や劣等感を抱き、内面と外界との折衝の過程で、ものすごい葛藤にもがき苦しんでいて、そのはけ口をどこかに求めています。

 

 

人との関係性が限られた環境のもとでは、その矛先は家族や壁などの物にしかどうしても当たれないのです。

 

 

だから家族はその引きこもりの人の置かれた心情を理解したうえで、その感情にダイレクトに巻き込まれない冷静さと、信頼ある専門機関などに相談することの大切さ、そしてそうした我が子の悩み苦しむ姿に共感して受け止める肯定的態度が必要となります。

 

 

家庭までもが冷たい社会や世間と同様な見方や接し方をしてしまえば、引きこもりの人にとって家庭は耐え難い針のむしろになってしまいます。

 

 

安心できる家庭環境作りは、いわば安心できるから外へ気持ちを向くことができることを意味します。家庭が引きこもりの人にとって安心できる居場所の一つになることが重要となります。



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