引きこもり予備軍を多く生み出す現代社会
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引きこもり予備軍を多く生み出す現代社会

2020年10月16日(金)5:55 AM

 

 

 

現代社会は子供がごく幼い頃から、引きこもり予備軍を多く生み出しています。まず、学校の不登校児を考えてみましょう。1980年代から本格化した不登校は、その後も増え続け、20世紀最後の段階では、年間30日以上明確な理由なく学校を休んだ子供は、小・中学生合わせてついに10万人を突破しました。

 

 

現在も記録は更新されつつあります。もうすぐ中学生だけで10万人に達しますから、単純に考えて、中学生は各学年平均で3万人以上が不登校中、もしくは不登校の経験があるということになります。

 

 

高校の中退者の数も相当なものになっています。毎年10万人を超える高校生が、不本意入学などを理由に中途退学しています。これも単純に計算して、毎年、各学年3~4万人が学校という「社会」から消えていっていることになります。高校生で不登校中の生徒もいます。

 

 

中学校から不登校気味であった生徒、高校が合わないという生徒など、休みがちですが学校側が退学にしないでいる生徒達です。高校や大学を出て就職しても、すぐに辞めてしまうという若者も多いです。3割以上は就職後2年以内にはじめに就職したところを辞めています。こうした子供・若者は、学校や会社を辞めた後、どういう生活をしているのでしょうか。

 

 

実はこのことが、意外とつかめていないのです。高校の教師に聞くと、高校を出て就職した若者がその後どうしているのか、なかなか正確には把握していないようです。特に最初の就職先をすぐに辞めてしまった若者が、その後どこにいるのか連絡が途絶えてしまうからです。

 

 

厚生労働省も、こうした若者の帰属を正確にはつかんでいないと思われます。実際には辞めてから、いわゆるフリーターをしている若者も多いはずです。定職を持たず、短期のアルバイトを繰り返して自分探しをしている若者達です。こうしたフリーターの数も、おそらく誰も正確につかんでいないと思われます。

 

 

不登校になった若者の中には、最近はフリースクールなどを利用して、別の人生階梯をあ歩むという人が増えています。学校に戻らなくても、生きていくことができるということに気づいて、周りに励まされながら高卒認定試験などを受けて進んでいく若者です。しかし、このようになるにはいくつかの条件が必要です。

 

 

一つは、不登校になったことを自己責任と考えて自分を責め続ける、というような心理からある程度解放されていることです。二つには家からそう遠くないところに居心地のよいフリースクールなどがあることです。そして三つめは、親や保護者が、子供のそうした生き方をその子にとってプラスであると納得していることです。

 

 

フリースクールが居心地がよく感じられるというのは、そこに同じような仲間がいるということを意味しているだけではありません。今日のような人生の登山道の数が極めて少なく、また道幅自体が大変狭い日本の社会では、人生そのものが、その登山道の中でいかに早く前に進むかという競争のようにイメージされてしまいます。

 

 

そしてその道から一回はみ出してしまうと、それを落ちこぼれと見なされる度合いが極めて強いので、人には想像がつかないほどの傷を心に抱え込んでしまいます。フリースクールは、こうした心の傷を癒し、自分で自分を受容し、ポジティブな心理で人生に向き合う心の構えを獲得させることを課題とすることになります。

 

 

勉強で学校が嫌いになったという子には、勉強の面で、もっと面白い学びがあるということを体得してもらいます。対人関係で傷を受けた子には、他者への信頼感を取り戻し、他者といるということを喜ぶ体験を課題とします。親への不信感を抱いている子には、親を批判しつつ認めるということを訓練しなければなりません。

 

 

その意味でフリースクールの課題は大きいのですが、それがある程度実現できる場が、不登校の子供や若者にはどうしても必要なのです。そういうところが社会に十分あるかどうか、あるにはありますがまだこれからというしかありません。

 

 

つまり、現代社会では、不登校という形でいわゆる標準的な人生コースから外れてしまった子供や若者にとって、社会のまなざしはまだ大変厳しいし、受け皿も本当に限られているということです。そのため、現実には、不登校になった子どもや若者は、社会に出て行くチャンスをつかみかねていることが多いようです。

 

 

私の個人的な知り合いの中にも、結局うまく社会に出て行くことができないで、家に閉じこもっているという人が何人もいます。同じように、高校を中途退学した若者は、もう一度別の高校にチャレンジするか、専門(専修)学校に通うか、誰かの世話できちんとした仕事を始めるか、いずれかにチャレンジしないと、社会と本格的に関わることが難しくなりますが、いずれの可能性もまだまだ小さいというのが現実でしょう。

 

 

一度学校を辞めた人間がもう一度別の高校に行くというのは、論理的にはありえても実際には少ないようです。不本意入学が理由で退学した場合、ランクの上の学校を狙うことが多いですが、それでは結局また受験勉強的な生活を強いられることになります。専門学校に通うといっても、中卒の資格で通える専門学校というのはほとんどありません。

 

 

誰かの世話できちんとした仕事をといっても、正規に学校を出た人が就職難の時代には、運しか決め手がありません。こうして、高校を中途退学した若者は、社会に参入して行く道をほとんど閉ざされてしまうことになります。フリーターでいることが、かろうじて社会と関わりを持つ水路を持っているということになるという若者が実際には多いのです。

 

 

このように、現代日本では、社会の閉塞感が強くて、途中で挫折すると社会にうまく参入できない若者が増大していく構造が存在しています。この閉塞感は、心理的なものであるだけでなく、実際に構造的に存在しています。

 

 

社会には多様な価値観や生き方が生まれているのに、教育や育てのシステムのほうは相変わらず極めて狭い社会に向けた水路しか用意していないのです。したがって、現代日本では、標準的なレールに乗らなかった若者は、大部分が必然的に生きにくさを抱え込んでしまいます。これが先に言った、現代日本で引きこもり予備軍がたくさん生み出されているという意味です。

 

 

単純に考えても、中学生から、毎年数万人ずつがこの予備軍に参入しています。30歳ぐらいまでを合わせると、その数は全体で100万人を超える可能性があります。これは決して大げさな数ではありません。

 

 

ところが、同じように引きこもり予備軍にされても、比較的上手に自分探しをやり直す若者と、長く引きこもってなかなか自立への道を歩み出さない若者とがいます。その違いは、先に述べたように、居心地のよいフリースクールにたまたま出会ったか否かなどという偶然にもよりますが、その人の育ち方の違いという問題も関係しています。

 

 

実際に育ちのあり方の問題が、ひきこもりの青年を精神的に追いつめる背景になっていることも多いです。「ひきこもり(対話する関係)を取り戻すために」(サイエンス社、1996年)という著書でこの問題への臨床的対応を紹介している田中千穂子氏は、引きこもりを「人と人との関係性の原点における障害ではないか」と定義しています。

 

 

乳幼児期からの親子における共感関係の不足や歪みが遠因となり、対人関係への不安が強くなって生じる行為ではないか、というのです。同書を読むと、ひきこもる若者には、丁寧に対人関係における自信の回復を図ることが大切で、ひきこもり自体も自分を生きなおすために必要な行為と考えるべきだということがよくわかります。

 

 

朝日新聞で引きこもる若者たちのことを連載した塩倉裕氏が「引きこもる若者たち」(ビレッジセンター出版局、1999年)をまとめましたが、このルポを読んでも、引きこもりの問題が幼少期からの育ちの問題と深く相関している面のあることが理解できます。

 

 

 



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