いじめ・不登校・留年・高校中退、私の十代
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いじめ・不登校・留年・高校中退、私の十代

2020年10月02日(金)2:17 AM

 

 

 

いじめが原因で不登校に

 

 

 

私の家は普通の家庭だったと思います。小学校は普通に行っていましたし、中学に入ってからも普通に行っていました。中学校は、私の通っていた小学校と、近くにある別の小学校の卒業生が、ほとんど半々で入ってくるところでした。

 

 

どうしても小学校の頃から仲の良い仲間でグループが出来上がるのですが、性格的なこともありますが、別の小学校から来たグループと相性が悪かったのです。

 

 

その子達の性格が強かったので、攻撃されたところがあって、それほどひどいいじめはありませんでしたが、無視されたり、何か言っても変に揚げ足を取られたり、精神的ないじめのようなものがありました。

 

 

それで中学1年の冬くらいから行けなくなったのですが、家では普通に生活をしていました。親との仲は良くて、それでも学校に行こうとするとお腹が痛くなったりしました。

 

 

結局中学1年の3学期は行くことができませんでした。2年生になり、最初のうちはちょっと行ったりしましたが、結局、行けなくなりました。親や友達から、「行きなさい!」「来なよ!」と言われて、制服までは着るのですが、行かれないというようなことがありました。

 

 

 

クラスにはいじめがあり、部活には参加できたが・・・・・

 

 

 

授業に出ることはできなかったのですが、部活動で吹奏楽部に入っていたので、それだけでも来ればということになりまして、部活には行っていました。

 

 

そのような状態が続きましたが、なんとか中学校は卒業しました。そして、あまり乗り気ではありませんでしたが、高校に進学しました。高校1年の時は何とか頑張って通学しましたが、2年生に進級すると出席日数が足りず、2年生をもう一度やることになりました。

 

 

当時の校長先生は、不登校に対して全く理解がなく、担任と親と私は、校長に呼ばれて話し合いなどもしましたし、部活動も2日で1日ぶんくらいに計算して担任の先生は頑張ってくれたのですが、結局出席日数が足りないからということで留年になってしまいました。

 

 

留年して新しい学期が始まって、始業式は登校したのですがやはり行けなくなりました。その頃から、学校に行けないのなら家に閉じこもっていてもよくないからということで、ボランティア活動をすることになりました。

 

 

自転車で10分くらいのところにある区のボランティアセンターに行き、そこの相談員の人達と話したり、機能障害を持つ子どもたちの運動補助のボランティアや、養護施設で子供たちの保育補助のようなことをやったりしていました。

 

 

 

高校を中退する

 

 

 

翌年から校長が変わりました。理解のある校長でしたが、3年生には進級したもののまた学校に行けなくなって、結局高校を中退することになりました。

 

 

高校を中退したということは、学歴が中卒になってしまうので、あまり良いところに就職できないし、肩身も狭いので、高卒認定試験を受けることにしました。

 

 

予備校に通ったりして勉強した結果、なんとか合格することができました。合格した時点で18歳でしたが、特に大学に行きたいとか、将来こういう仕事に就きたいとか、そういう大きな目標がなかったので、非常に困りました。

 

 

さて私は一体何がしたいのかと思った時に、何も思いつきませんでした。その時に好きだったものは、音楽と手芸とか、アニメーションなどを見ることで、友達にもそういう仲間が多かったので、そのどれかの関係の仕事に就いてみようと思いました。

 

 

小学校の頃からエレクトーンを習っていて音楽は好きでしたが、その時は趣味程度でしかやってなかったし、そこまでしてやりたいわけでもないし、エレクトーンの先生になるような素質があるだろうかと考えるとちょっと無理かもしれないなと思い始めて、それはやめることにしました。

 

 

手芸も好きだったのですが、自分で創造して何かを作るというのも無理だと思いました。それで最後に残ったのがアニメだったのですが、それも絵自体は描くのが嫌で、特に人物が嫌で、小学校の時も絵は苦手だったのです。

 

 

でもセル画に色を塗る仕事ならできるような気がして、自分が定期的に読んでいたアニメの雑誌の中に、専門学校の案内を見つけました。そこで体験入学に行き、なんとかなりそうだなと思いましたが、結局入学を決めて願書を提出したのはその学校の入学式の2日前でした。

 

 

私が行ったのは「仕上げ料」という色を塗るのを勉強するクラスですが、そこに4月から入りまして、11月からはスタジオに就職しました。

 

 

 

自分の好きなアニメの世界で働く

 

 

 

このスタジオで働き始めて、現在9年目になります。不安定な世界ですから収入も少なく、一緒に入った友人の中には親に認められなくて辞めてしまった人もいます。

 

 

新人の時に入った最初の会社も、いい加減な会社だったのですが、両親は「とにかく好きなことをやりなさい」と言ってくれて、最初の2,3年くらいは本当に安い給料で働きました。

 

 

朝10時から夜10時まで働かせるような職場だったので、初めのうちは体も慣れなくて、半分仕事場で寝ていたようなものだったかもしれません。そこの社長は、通っていたアニメの専門学校に2週間に1度講師に来ている人だったので、ある程度事情もわかってくれて受け入れてくれるから、今も続けることができているのかもしれません。

 

 

今としては、他の仕事をやろうとは考えつきません。他の世界では、人との関係とか学歴の問題とか考えても難しいと思います。私は、この世界だからやっていけるのではないかと思っています。



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