ひきこもりの自立観を問い直す
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ひきこもりの自立観を問い直す

2020年09月06日(日)5:53 PM

 

 

 

ひきこもりを理解するにあたって、よく語られる当事者という用語に何かしらの違和感を覚える人たちが少なからずいることは事実です。当事者とは一体誰のことを指すのでしょうか。

 

 

どうして当事者というと、社会から虐げられた人達、あるいは問題を抱えた人達という見方が先行しがちです。中西正司・上野千鶴子の両氏は、「当事者主権」(2003年)のなかで、当事者のことを利用者やお客様ではない、当事者主義でもなく、当事者本位でもない、支援する側とされる側の間の新しい相互関係を切り開く概念として主権と語り、両者は次のように述べています。

 

 

当事者を「ニーズを持った人々」と定義し、「問題を抱えた人々」とは呼びません。何が「問題」となるかは、社会のあり方によって変わる。誰しも初めから「当事者である」わけがありません。

 

 

現在の社会の仕組みに合わないために「問題を抱えた」人たちが「当事者になる」問題は「ある」のではなく、「つくられる」「問題を抱えた」人々とは、「問題を抱えさせられた」人々です。

 

 

つまり、当事者とはニーズをもった全ての人がその対象となるということです。昨今の障害者の自立生活運動などに見られるように、当事者は今や、社会の片隅に隠れている存在ではありません。社会に対して積極的に発信し、意見を述べ、社会の一員として自律した生活をする人達です。

 

 

また、こうした当事者主権はこれまでの「誰にも迷惑をかけずに一人で生きていくこと」という自立観に揺さぶりをかけています。人間は誰でも自分以外の他者によってニーズを満たしてもらわなければ、生きていくことができません。

 

 

社会は自立した個人の集まりから成り立っているように見えても、実際は相互依存する人々の集まりから成り立っています。人生の最初も、最後にも、人と人が支え合い、お互いに必要を満たしあって生きるのは当たり前のことであり、誰かから助けを受けたからといって、そのことで自分の主権を侵される理由にはならないと述べています。

 

 

このことは、ひきこもりの自立観にも通じるところがあると思います。ひきこもりの人は、生活圏に安心があるから自立していくことができるのであって、そこに不安や拠り所がなければそれは大変辛く耐え難いものになるのではないでしょうか。

 

 

就労さえすれば自立とはならない状況を理解していけば、「一人で飯が食っていけるようになる、それが自立だ」とする経済的な自立だけを指すものではないことは確かです。

 

 

一人ひとりのニーズが満たされる豊かな自立観が求められ、いずれこうした当事者研究はさらに発展し、ひきこもりの当事者が自らの生き方を発信していくひきこもり学なるものが登場する日もそんなに遠くはないかもしれません。

 

 

さらに、私の知人が実践する当事者性では、当事者のことを「自分のことは、自分が一番わかりにくい」「自分のことは、自分だけで決めない」という独自の理解をしている点も興味深いものがあります。

 

 

自己決定といっても、人との繋がりを失い、孤立と孤独の中での「自己決定」は、不安や悩みが深まっている当事者に陥りやすい視野狭窄から誤った決断を繰り返してしまう危険をはらむものであると指摘しています。

 

 

専門性の力量とはいわばそうした状況に陥らないように予防し、彼らと苦労を分かち合いながら客観視して物事を考えられる関係性がそこに求められているところでもあります。



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