ひきこもり支援の施策について
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ひきこもり支援の施策について

2020年08月30日(日)3:31 PM

 

 

 

 

人間の発達とは、これまではある年齢に達するとその後は衰退期という言葉に表現されるように降りてゆくものだと考えられてきましたが、今日では、どの年齢層であっても個人差はあるにせよ、発達成長する可能性を秘めた存在であるという認識に至っています。

 

 

だとすれば、ひきこもりもどんな年齢であっても、経歴や性別問わず立ちはだかる課題を自らの課題として捉え、主体的にさまざまな人たちの支えを得ながら、乗り越えていくことができる存在として見ていくことが大切であり、そうした乗り越えていくための協同作業を支援の枠組みの中で作り出すことが求められます。

 

 

その意味において、ひきこもり支援とは、目先の就労自立を最終的な到達点とする支援ではないでしょう。それぞれの自立に至るプロセスに着眼し、そのプロセス内で展開される彼らの失われてきた人間としての尊厳を回復し、この厳しい社会の中であっても自分でも何か社会の中で役立つことがある、やりたいことがあるという自己を形成する必要があります。

 

 

そして、仲間と一緒に苦労と喜びを分かち合い、やりがいを実感し、一つのことをどんな些細な小さな事柄であってもやり遂げたという達成感を共有できる仲間づくりを通した幅広い支援が求められます。

 

 

私たちは、ひきこもりに理解のある人たちとどれだけ地域の中でつながり、多様な若者たちを受け入れられる社会を作り出していくかということを実践の中で行っていかなければならないところに、今日のニート支援や若者層をターゲットとした就労自立支援だけでは対応できない広範囲な支援の視点が必要であることを理解しなければなりません。

 

 

したがって、ひきこもり支援を理解し進めるにあたっては、現代社会に置かれた深い若者理解をなくしてはやはり語ることはできないでしょう。若者たちを取り巻く労働環境が厳しくなればなるほど希望のない状態へと若者が追い詰められ、社会的に解決する展望が見出せないまま、個々人の内面の中に封じ込められていくのです。

 

 

しかし、内面に封じ込められることにも人間としての一定の限度が生まれます。当然として、若者の中には突如として感情爆発する若者たちが現れることも確かです。

 

 

このように、内面に封じ込められやすい、ひきこもりの傾向を推測していけば、今日のひきこもり支援は、若者支援の中でも中核に捉えて支援を行っていかなければなりません。

 

 

私たちは、ひきこもり支援と若者支援等を完全に切り離すものではないにしても、多様な若者たちの対応に追われ、中核であるひきこもり支援が置き去りにならないように注視し、また後回しにならないように努めていかなければなりません。

 

 

というのも、ひきこもりは不安が幾重にも重なり、自身の心の内を表明することが難しいため、これまで社会に対してとかく自己の意見表明があまり活発にされてきませんでした。

 

 

また、ひきこもりの人自身が、自己に内在する思いをしっかりと周囲に表出することなく、社会的なひきこもり支援策が進められてしまいました。そのことを改めて振り返る必要があります。

 

 

これまでのひきこもり支援を回顧すれば、ひきこもりの定義そのものが障害名や病気と異なる現象として理解されてきたが故に、その時代の動向によって翻弄されてきた側面があったことも否定できません。

 

 

例えば、2004年以降ニートが登場し始め、ひきこもりがニートに次第に包含される形となりました。2003年に国が策定した「若者自立・挑戦プラン」の中心的施策「ジョブカフェ事業」を始め、既に事業仕分けで廃止された3ヶ月合宿型訓練施設「若者自立塾」や「地域若者サポートステーション」を中心とするニート対策として就労支援事業がメインになってしまったこともそのひとつです。

 

 

就労支援とは、社会に出ることに不安を抱く若者たちの背中を少しだけ押してあげれば就労にたどり着くキャリア支援策のことを意味しています。だから、就労意欲のある若者たちには有効であったとしても、就労することがまだ難しい若者たちや、その意思表明ができない若者たちへの対応がどうしても後回しになってしまったのです。

 

 

また、2004年には「発達障害者支援法」が法制化し、翌年の2005年から施行されると、ひきこもりの背後にある発達障害との関連で、ひきこもりが指摘されるようになりました。

 

 

その支援の趣は、ひきこもりから発達障害へとシフトし、発達障害の医学的診断ありきが優先されてしまったことももうひとつの動きとして挙げられます。

 

 

もちろん、こうした医学的診断によって自己のこれまでのありように納得でき、これからの歩み方を見極めることができた若者たちもいることも確かです。

 

 

しかし他方では、ことあるたびにその原因を発達障害に求め、表面化する問題行動のみをさして発達障害と括られることも散見されています。こうした医学的診断があるか否かという判断よりも、むしろどの若者も排除されないことを目的に、発達障害を表面に見える問題行動の課題として見ないことが大切です。

 

 

「みんなと同じようにできるようになりたい、仲良くなりたい」という当事者の思いを汲み取った学習課題として認識し、可能性ある若者としてどのようにして社会とつながり、社会の一員として生きていけば良いのかという視点がどこかに頓挫されてはならないでしょう。

 

 

発達障害者とはそもそも社会に広がる以前から存在していたわけで、それが今日大きな社会問題とならざるを得ないことを無視して、その原因を本人の脳機能の生まれながらにもつ要因に求めていっても、彼らに社会からの疎外感をますます強め、苦しめることになりはしないでしょうか。

 

 

精神科医の青木省三氏は、「1990年代から職場に導入されるようになった効率志向や、成果主義はそれまでの仕事の中にあった遊びやゆとりを奪い、自分なりの仕事のペースや手順に変更を余儀なくさせてきました。そのため、発達障害者の真面目さはこだわりとなり、黙々と働くことは社会性の障害やコミュニケーションの障害となり、矢継ぎ早の予測できない指示や変化はパニックを引き起こしやすくしているのではないか」と述べています。

 

 

青木省三氏が述べるように、発達障害の課題が、本人の要因というよりは若者が取り巻く社会の環境変化によって障害というものを作り出しているとするならば、社会がもっと関心と理解を示し歩み寄るスタイル、「お互い一緒にやっていきましょう」という姿勢を求めていくことが必要ではないでしょうか。

 

 

そのために、私たちはひきこもる彼らの意見表明を表出できる場面を社会の中に作り出し、彼らの考えや意見を汲み取る仕組みを作ることが何よりも重要となるでしょう。

 

 

そのための接点として、SNSなど彼らの無理のないツールによる接触場面を通して、ひきこもり支援政策にひきこもり自らの意見を反映させることが、これまでのひきこもり支援政策とのミスマッチングを極力なくしていく一つの方策となりうるのではないかと考えます。

 

 

つまり、ひきこもる人と支援者の両社が協同的に参画し、ひきこもり支援策を考えていくということです。ひきこもっている人に全てを丸投げして任せるのではなく、また支援する側の独断と偏見で施策を決定判断するのでもなく、パートナーシップとしてひきこもりの課題と支援の方策を検討する作業を進めることに他ならないのです。



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団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
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理事:
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理事:
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住所
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TEL
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メール
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活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援