働き盛りのひきこもりの増加
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働き盛りのひきこもりの増加

2020年08月29日(土)9:24 AM

 

 

 

この十数年の中で、ひきこもりと若者を取り巻く状況、実態は大きく変化しました。その一つが、就労経験のあるひきこもりの人が増大したことです。これはかつて想定し得なかった一つの現れとして理解することができます。

 

 

ひきこもりの多くは、不登校の長期化や無業状態からのものと理解され、その当時には仕事に就いている若者たちがこれほどまでにひきこもりになるとは考えられなかったのです。

 

 

しかし、ひきこもりと若者を取り巻く労働環境は大きく変化し、労働現場が厳しくなればなるほど、就労経験のあるひきこもりが生み出されています。

 

 

OECD(経済協力開発機構)が行った調査結果によると、日本は社会的孤立度が諸外国と比較して最も高く、こうした社会的孤立になりやすい文化や人生の軌道修正がしにくい社会の現状を示しており、これらを現在のひきこもりに加味していくことが求められています。

 

 

近年、私たちが運営するひきこもりの集まりにも、就労経験のある若者たちが多く参加するようになりました。彼らからは、「家族と一緒にいる時間よりも、職場にいる時間の方が長い」「学生時代の友人とはここ数年疎遠になりがち」「両親や兄弟とは離れて暮らす」「気がついたら社会的に孤立していた」そんなケースが見られます。

 

 

 

過重労働から離職してひきこもりになった事例

 

 

 

2018年7月、A町に住む30代の一人暮らしをしていた男性Aさんが、「生きているのが嫌になった」とアパートの管理人宛にこれまでのお礼と家賃滞納に関わる謝罪の置き手紙を残して忽然と姿を消しました。

 

 

毎月支払われる家賃が数ヶ月にわたって滞納し、アパートの家賃が納入されないこと、また家族には金融機関から借り入れた100万円の借金の明細書などが送られてきたことから、経済的にも困窮し追い込まれていった末であると理解しました。

 

 

さかのぼれば、Aさんの家族と知り合いになったのは、Aさんが行方不明後に行われたひきこもりのシンポジウムでのことでした。参加していた70歳の高齢になる父親が、私たちに対して次のように質問されました。

 

 

その父親からは「行政機関に相談しても、若い相談員からは訪問支援はできない、支援するNPO法人などの民間団体は分からない、自分でインターネットで調べてくださいと突き放すような対応しかしてくれなかったことをどう思われるか」との内容でした。

 

 

インターネットで家族が調べた地元のひきこもり支援団体に問い合わせ、ひきこもりを支援する代表者に相談し、その担当者の訪問支援活動が開始されましたが、ドア越しから繰り返される声かけやドアを開けさせようとする引き出し手法にキレたAさんからは「近所迷惑にもなるからしつこい訪問支援はやめてほしい」とする手紙が家族に送られてきました。

 

 

それからは親子の関係性が悪化し、これによりこの団体からの支援を打ち切り、その後シンポジウムを契機に、私たちの団体と知り合うことになりました。

 

 

ここ5年ほどは、家族も我が子の顔を見ることがなく、ときたま街中を歩いていると自分の息子ではないかと錯覚することもあると語る母親は、心身ともに疲れ果てていました。

 

 

また父親は、2年前の健康診断で発見されたがんの手術を行うことになり、一時は合併症で意識不明状態にまで陥ってしまっていました。中小企業の会社経営を切り盛りしていた父親が、この病気で仕事が出来なくなり、収入が激減して預貯金などを切り崩して建て直しを図る策を講じましたが、長くひきこもっている一人暮らしの息子に仕送りできるほどの余裕はありませんでした。

 

 

これまでAさんには唯一接触があったアパートの管理人を通して連絡を行ってきましたが、こじれた親子関係とかたくなに閉ざした心を開くまでには至りませんでした。

 

 

この間、管理人がAさんに対して、家賃の支払いに来た時に出来る限り声かけをしたり、果物を差し上げたりして関わりを持ち、時には「大病した父親の力になってくれないだろうか」と伝えたこともありましたが、「自分には譲れないものがある」と言われ断られることもしばしばでした。

 

 

Aさんの様子がおかしいと気づいたのは、家賃が滞納されていたので管理人がAさん宛にメモを書いてポスティングしていたからです。数日経ってもメモが取られた気配がないことに気づいた管理人は、すぐに家族に電話をし、その夜に連絡を受けた家族がアパートに駆けつけることになりました。

 

 

家族は管理人から渡された合鍵を使って、すぐに懐中電灯を持って室内に入りました。暗い部屋には誰もいませんでした。しかし机には便箋1枚の手紙が置かれていました。

 

 

そこにはアパートの管理人宛に長く世話になったお礼とともに、生きていくことが嫌になったと記してありました。すぐに管理人を通して警察を呼んで、事情聴取と捜索願を提出することになりました。

 

 

Aさんは専門学校を卒業し、いくつかのアルバイトを経験した後、正規労働者としてサラリーマン生活を送っていました。勤務して数年後には、その職場関係で知り合った女性と結婚をし、子供も生まれ幸せな家庭を形成して暮らしていました。

 

 

しかし、順調であったはずのその仕事を辞めてしまいました。理由は過重労働でした。支店長という管理職に抜擢され、その能力が見込まれて複数の仕事を任されることになったことがそもそもの間違いでした。

 

 

午前3時という明け方まで仕事に追われる毎日でした。このような生活は、心身の変調をもたらし、うつ病から出社拒否、そしてひきこもりとなりました。

 

 

元気に働いていた時には、企業の支店長として注目されていました。妻子もいましたが、離職後に離婚しました。手紙には次のようなことが書かれていました。

 

 

「ついに自分は一人になってしまいました。最後まで自分の気持ちを表出できませんでした」残されたのは自分一人だけと絶望したに違いありません。合鍵を使って部屋に入った瞬間、密閉された室内には5年間に蓄積された埃とタバコの匂いが充満していました。

 

 

窓はすべてガムテープと新聞で塞がれ、冷蔵庫には何もなく、あるのはわずかな食器とテレビに布団、そして線が外された電話機、古新聞や古雑誌、そして子供の頃、とてもかわいがってくれた祖母の葬儀の時に撮った写真だけでした。

 

 

見るからに質素倹約な生活で、ストーブも外され長く使われていた気配がないことから、密閉された空間の中で、この厳しい冬でも暖房を使用せずに耐え忍ぶ生活をしていたと分かりました。

 

 

預金通帳も、印鑑も、運転免許証も全て残されていました。通帳の残金は9000円ほどの記帳で止まっていました。何もかも置いて出て行ったAさんは、どのような思いだったのでしょうか。

 

 

仕送りを打ち切られて、他人まかせで愛情を肌身で感じられなかった家族に捨てられたと思ってしまったか、それとも無様な自分はもはや消すしかないと感じたのでしょうか。

 

 

Aさんを名ばかりの管理職としてくたくたになるまで働かせ、そしていいように利用して使い捨て去る企業実態に憤りを感じざるを得ませんでした。また、ここまで追い詰めてしまったひきこもり支援団体による訪問支援の問題性や、家族の対応方法についても反省と今後のあり方について私たちは深く考えていく必要があります。

 

 

ひきこもりに就労経験がある、という実績はある種の自己のプライドを作り出し、Aさんのようにかたくなに外部からの働きかけを拒むところがあります。

 

 

ひきこもりの人は素直に自分の気持ちを出せないところに支援の理解を求めていくとすれば、ただ単に訪問支援活動をすればいい、ポストにメモを投函すればいいということではありません。

 

 

ひきこもりの人の苦労を理解し、まずもってそれを受け止めることが必要ではないでしょうか。こうした就労の厳しさが、若者たちを苦しめる現実は何もAさんだけの事例に留まりません。Bさん(30代)も、また多種多様な職歴をこれまで経験してきた若者です。

 

 

しかし、これまで長期にわたって仕事を長続きした経験が残念ながらありません。仕事をしていく中で、自分の意に沿わないとその納得できない職場の仕組みと衝突し、その結果短期で離職せざるを得なくなって、その後不安定な職業をいくつも転々と変わりながらの生活を余儀なくされています。

 

 

確かに完璧ともいえるこだわりが見られるところがありますが、根は真面目で緻密に仕事をこなす力があります。その力を仕事の場面のどこかで発揮できないだろうかと、今も自分の進むべき道を探求し続けています。

 

 

また、最近出会ったCさん(40代)も、紆余曲折しながらも仕事を続けてきた一人です。これまで受けた就職採用試験では、八割がたは面接試験までクリアできる持ち主です。

 

 

国家資格も取得し、それを活かした職に就きたいと思っていますが、ある就職の採用面接場面であからさまに「あなたは発達障害ではないか」と言われたと言います。

 

 

少なくとも、キャリア人事部門の担当者が採用試験の場面で、その若者の人格までをも否定する言葉遣いが若者に発せられること自体に疑問を感じます。

 

 

また、私たちと長く関わりをもつDさん(40代)は、小・中・高校と不登校を経験しながらも、理解ある教師や高校時代の部活動の仲間たちに支えられて大学に進学しました。

 

 

しかし、卒業後は一度も定職につかず、10年以上にわたる長期のアルバイトを経験しつつも、数年前に職場内の人間関係と年下の若い同僚からの誹謗中傷による職場内いじめにあって、最終的に離職してしまいました。

 

 

その後は無職のまま、自宅で大半を過ごす生活をしています。これらの事例は、今多くの若者に直面するとても他人ごとではない、誰にでもひきこもりが起こり得る課題であると理解する必要があるでしょう。

 

 

そして、こうした就労経験のあるひきこもりの人に共通してある課題が、ひきこもりになるということは年齢もそれなりに高いということです。そして親元を離れ、または親自体がすでに他界し、独居ないし既婚者として家庭をもっているケースもあるという点において、離職はその後の生活困窮問題と直結しやすい課題をはらむということになります。

 

 



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