人間関係について~「共感」するということ~
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人間関係について~「共感」するということ~

2020年07月16日(木)5:11 PM

 

 

 

人間関係を円滑に構築したい場合、今の時代、空気を読むことが求められます。空気を読むというのは、まわりがどのように感じ、どのように考えているかを推定し、彼らの見えない規範(暗黙の要求)の沿うように行動することです。

 

 

たとえば、職場の人が「もう野球の時代は終わりだ、これからはサッカーだよ」といえば、にわかサッカーファンになり、「やっぱり野球だよな。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、燃えたよな」となれば、野球ファンに逆戻りします。

 

 

職場では上司や同僚から反感を買わないように、注意をはらっていなければなりません。子どもたちも、学校で目立ったことをしていじめられないよう、常に空気を読まなければなりません。空気を読むのは大変ですが、自分勝手な行動をとったら、仲間はずれにされる恐怖があるので読まざるをえません。

 

 

しかし、空気は正確に読めるものではありません。常に空気を読んであわせていこうとしたら、必ずと言っていいほど、言動はぶれてしまいます。空気を読むことにこだわった結果、人は、自分が仲間はずれにならないために「人間関係のパターン」をつくり、そこにとらわれていくようになります。

 

 

「いい人を演じてしまう」人はまわりの意見に反対しないことで、「決められない」人はまわりの人に判断してもらうということで、自分が空気からはずれないようにしているのでしょう。「がんばりすぎる」人はまわりからの期待という空気に答えようとしていますし、「隠れる」人は、とりあえず目立たなければ、自分が空気からはずれる考えを持っていることを気づかれずにすむ、と考えているのです。

 

 

このような話をふまえて、「自分をありのままに見つめること」について考えてみましょう。そのためのキーワードとなるのが「共感」です。「共感」とは、人間関係の中で、もっとも重要な要素のひとつです。共感は、他人の気持ちを自分のことのように感じる感覚です。共感の生じない人間関係は、無味乾燥なものです。

 

 

空気を読むということは、共感することではありません。共感は、自然に起こる現象ですが、空気を読みその空気に無批判に従う場合は、自分の意思を曲げてあわせているのですから、表面上は同じに見えても、同じような気持ちになっているとは限りません。

 

 

たとえば、前述した野球ファンの場合、職場の人はWBCにわくわくしているかもしれませんが、彼のほうは、職場の雰囲気にあわせようと心を砕いているだけで、同じ気持ちを共有しているわけではありません。また、同情という感情も、共感と異なるものです。同情は、かわいそうという言葉で表されるように、どこか上から目線のものです。

 

 

言った側と言われた側で、感じるものが違います。同情する側が「かわいそう」と思っても、同情される側が自分のことを「かわいそう」と思っていることはほとんどなく、時には、自分に投げかけられた「かわいそう」という言葉に不快感を覚えることさえあります。

 

 

同情は、たとえば、貧困にあえぐ人に対し、その貧困さを、自分たちの豊かさと客観的に比較し、「かわいそうだ」と感じているのです。同情する人にとっては、貧困にあえぐ人は、あくまで自分たちと違う種類の人なのです。

 

 

それに対して共感とは相手の気持ちを深いレベルで自分のことのように感じることです。「かわいそう」という発想は起こらず、「悲しい」「苦しい」といった気持ちを共有するものです。一方で、たとえば親しい人の体験を聴いていて涙が出てしまうということがあると思います。

 

 

この場合、話をしている人と、聴いている人は、自然にひとつになったかのように同じような感覚や感情を抱いています。話の詳細がわからない途中でも、相手の悲しい気持ちが自分に移ったように同じ気持ちになって、涙がこぼれるのです。

 

 

同じように、笑いが伝染することもあります。何がおかしいのかわからないけれど、そこにいた人全員で大爆笑ということもよく起こります。このような、相手と自分が、まったくおなじような感覚や感情になるとき、共感は生じるものです。

 

 

これは、ミンデルの用語を使えば、「日常的現実ではなくもっと深いセンシェントな感覚のレベルを共有することによって、共感という現象が起きる」ことを示しています。共感が生まれるには、自分の心の中で起こっていることをそのままゆがめずに感じる状態にならなければなりません。

 

 

自分の心をゆがめずに落ち着いて見つめているとき、その人は、あらゆる感覚や感情に敏感になります。その結果、自分の中で起こった感覚や感情を自分自身にごまかさなくなります。

 

 

自分の心をありのままに見つめることができると、偏見や思い込みのない純粋な気持ちで相手といることができますから、相手の気持ちがストレートに伝わってきますし、伝わってきた気持ちをそのまま感じることができます。つまり、共感がおきやすい状態になるのです。ひとつの感情にとらわれ、その感情が暴走していわゆるキレるということにはなりません。

 

 

逆に、自動思考(考え方のくせ)が働いたり、ネガティブな信念にとらわれていたりして、違和感のような微妙な感覚を感じられないような状況では、共感は生じません。自分の心をありのままに見つめていれば、自分が相手に共感していないことも明確に確認できます。

 

 

また、相手と同じ感情を抱くことを暗に強要されれば、違和感を持ちます。ただ、共感しているときも、共感していないときも、その気持ちに正直に行動することは、なかなか難しいものです。

 

 

たとえば、モラルハラスメントの環境の中で、攻撃を受けている人に共感の気持ちを表現したら、自分がまずい立場に追い込まれてしまうかもしれませんし、パワハラの上司の言動に共感できない場合、どのように対応したらよいのか戸惑うでしょう。



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