出社拒否からひきこもりへ~32歳男性のケース~
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出社拒否からひきこもりへ~32歳男性のケース~

2020年07月15日(水)7:50 PM

 

 

A君は現在32歳で、ひきこもるようになってから5年の月日が経過しました。父親は早くに亡くなっており、母親と2人で暮らしています。兄は大学卒業後就職し、家庭を持って別に暮らしています。

 

 

A君は大学を卒業後、上場企業に就職し、約5年前まで普通に働いていました。それが体調が悪いといって会社を休んでから、出社を拒否するようになり、母親がどんなに説得しても会社に行かない理由を教えてくれず、会社に行くこともなくなってしまったということでした。

 

 

母親としては将来のことが心配で、「そろそろ働きに行くことを考えたら?」と優しく語りかけたりしたそうですが、就職の話となるととたんに口を閉ざしてしまいます。A君はひきこもりと言っても、外に出ないわけではありません。毎朝、会社に出社する時間には起きて、スーツに着替え、家は出て行くのです。

 

 

しかし、誰とも話すことはなく、会社が終わる時間までどこかで時間をつぶし、そして帰宅するという生活を5年間も続けているというのですから驚きです。しかし、A君は世間体をものすごく気にしていて、自分がそういう状態だと周りに悟られたくないという理由だけで、この生活を続けているのです。

 

 

A君の場合、家から出ているのでひきこもりではないと感じるかもしれませんが、家族以外誰とも話すことがないというのは立派なひきこもりなのです。家から出ない子どもは人と接することができないという理由があります。だから外に出ることを決心するということは、人と接することを決心するのと同じ意味があります。

 

 

だからわたしは外に出られるようにしてあげることに、全力を尽くすのです。A君の場合も人と接することができないという意味では、家の中で閉じこもっている子どもと同じです。人と接する、つまり社会に出て行く気持ちにさせることが、まずやるべきことだと思います。

 

 

そんなA君でしたが、母親からわたしのことを話してもらうとすんなり会うことを受け入れてくれました。もちろん、昼間は外出しているので夜訪ねていくことにしました。はじめてA君に会ったときのことです。

 

 

A君はリビングのテーブルに落ち着かない様子で座っていました。けっしてわたしと視線を合わせようとはせず、話しかけてもほとんど聞こえないトーンで何かを喋っていました。その様子は一見すると病気のように見えましたが、慣れないせいもあるかと思い、落ち着いた口調で雑談を重ねていました。

 

 

時折笑顔を見せることもあり、興味のある話題に対しては反応がありました。それから週に2、3日自宅を訪れましたが、わたしが行った時は必ず会って1時間ほど話をすることができました。

 

 

しかし、相変わらず声は小さく、A君の言っていることは聞き取れないことが多かったのですが、何とか会話にはなっていました。そのうち外出して図書館や電気屋に行っているということもわかりました。しかし、そんな生活を毎日やっていたらたいへんだろうと聞くと、首を縦に振りました。

 

 

そこで、昼間一人で生活できるスペースを作ってあげるという提案をしたところ、A君は乗ってきました。そして、母親に協力してもらい、ワンルームのアパートを借りてもらうことにして、毎日A君はそのアパートに通うことになりました。

 

 

ここでA君と一つ約束をしました。事務作業を手伝ってもらうことです。1日アパートにいるだけでは暇を持て余してしまうだろうから、少しでいいからわたしの仕事を手伝ってくれとお願いしました。それからわたしは毎日のようにアパートに通い、領収書を持っていって整理させたり、パソコンで書類の打ち込みをさせたりと、さながら2人だけの会社のようなものがスタートしました。

 

 

ここまできてようやく、信頼関係が結べてきた実感がありました。それまでに3ヶ月が経過していました。それから少しずつ荷物を運ばせ、洗濯や掃除も自分でさせるように指導していきました。なぜこんなことをしたかというと、時間を過ごす場所を作るほかにもう一つ理由がありました。

 

 

それは母親から離すということです。わたしがはじめて会ったときのことを思い出してください。母親の話を聞いてすんなりと会うことを受け入れたと書きましたが、わたしに言わせれば会わないほうが普通です。それを受けいれるということは、A君が母親に対して依存度が高いということを意味しています。

 

 

聞けば、家では母親と話をするし、食事も一緒に食べるし、テレビも一緒に見るということでした。ふつうひきこもりの子どもの場合、こういったケースは稀で、家族からもある程度距離を置くものです。しかしA君の場合、まったく逆でむしろ会社を辞めてから余計に母親と表面上は仲良くやっているということなのです。

 

 

母親は就職しないという一点を問題視していましたが、わたしに言わせれば就職しないことは一つの枝葉であり、もっと大きな幹の部分に問題があると感じていました。

 

 

それが、A君の母親に対する依存度の高さであり、また母親のA君に対する依存度の高さでもあると考えました。要するに親離れ、子離れができていないのです。だからわたしはあえてA君を母親から引き離す方向に持っていったのです。この頃になると、アパートからいっしょに食事に行ったり、喫茶店に行ったりすることもできるようになりました。

 

 

しかし、二、三、気になることがありました。それは相変わらず声がとても小さいということ、そして座るときに机から少し離れて座ることです。それもあって余計声が聞き取りづらいというのもありました。またこれは外にいるときに限ったことではなく、家やアパートでも同じだったのです。

 

 

最初は恥ずかしがったり、慣れないせいもあってこういった行動をとっているのかと思っていましたが、ここまでくると違和感があります。そこでA君にどうして机から離れて座っているのか聞いてみました。すると思ってもいなかった返事が返ってきました。

 

 

「臭いから」わたしは思わず聞き返しました。「何が?」「自分の口が・・・」これですべて理解できました。A君は自分の口臭がとても気になっていたのです。だから、小さな声で話し、机からも離れて他人と距離をとろうとしていたのだと。

 

 

これでは他人と接することができるはずがありません。聞けば、高校のときに臭いと言われてバカにされたことがずっとトラウマになっており、会社でも人から避けられているように感じて居づらくなったようです。わたしはA君に、そんなことはないということを伝えました。

 

 

「それに今までずっといっしょにいてそんなことを言ったことがあった?そういう素振りを見せたことがあった?」と聞くと、A君は「ありません」と答えました。「だから少なくともわたしの前で気にすることはないよ」と伝えてあげました。

 

 

A君はそれからわたしの前でおかしな行動はとらなくなりました。その後、外に出るときは他のスタッフを混ぜていくようにして、A君に他人と触れ合う機会を作っていくようにしました。その頃になると、A君のおかしな行動はなくなって、完全に克服できていました。

 

 

そればかりか、他人と触れ合って野球等のスポーツをすることを楽しみにするようになり、野球をする前日になると、まるで小学生が遠足に行くような笑顔を見せるようにもなりました。その後、紆余曲折はありましたが、A君は現在社会に復帰し、立派に働いています。



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