病理性が高い「ひきこもり」について
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病理性が高い「ひきこもり」について

2020年06月30日(火)5:54 PM

「ひきこもり」の中には、病理性が高いものもあることは確かです。病理性が高いという意味は、「ひきこもり」という行動の背景に病気が隠れているのではないかと思わせるものがあるということです。

 

言い換えると、精神病を始めとする、心の病が原因となっている「ひきこもり」ではないかと考えなければならないものもあるということです。そのようなことから、私も、病理性が高い「ひきこもり」のときには、やはり専門医である精神科医に任せなければならないと思います。そのことは当然のこととは言え、どのようにして病理性の高さを判断したらよいかが問題でしょう。

 

やや大胆な言い方をすれば、病理性が高いかどうかの判断はあまり難しいものではないと言っておきます。これは精神科医とすれば問題発言ともなりそうですが、要は、非現実的な言動が見られるのは病理性が高い「ひきこもり」であり、非合理的な言動に終止する「ひきこもり」は病理性が高いとはいえないということなのです。そのことをもう少しご説明しましょう。

 

まず、「非合理的な言動が見られる『ひきこもり』は、病理性が高いとは言えない」と述べたのには、次のような意味があります。そのポイントは「『ひきこもり』をしているということに対する説明には合理性が欠けるけれど、体験や考えの基盤に非現実性は見られない」ということなのです。

 

つまり、「合理的説明にはなっていないが、非現実的ではない」と言ってよい「ひきこもり」だということです。ここも、やや詳しくご説明します。よく、「いじめられたから『ひきこもり』を始めた」と言いますが、そこでは“いじめ”があったことは確かなのです。これが現実なのです。ですから、現実に根ざしているというわけです。

 

しかし、いじめられたからといって「ひきこもり」をすることもなかったのではないかということも考えない訳にはいきません。つまり、いじめられたことを、ことさら強調したり、いじめられたらどうしようかという不安を強く訴えることで、「ひきこもり」を合理化しようとしているところに特徴があると考えます。

 

したがって“いじめ”があったという事実はあるにしても、それが「ひきこもり」をするに至った合理的な説明にはなっていないというところに特徴があると言ってよいというわけです。

 

少し角度を変えて、この「非合理的な言動」を基盤にした「病理性が高いとは言えない」ものの、きわめて問題の多い行動について考えてみます。よく、「こんな私に誰がした」と言って家庭内暴力を振るう事例を見かけます。

 

家庭内暴力では、きわめて一般的なのですが、このようなときに「親に対して暴力を振るうというのはおかしい」という人が多くいます。その方々の言い分は、「どの親だって、子供が可愛くないわけはない。子供を大切に育てなかった親はいないはずだ。それなのに、親に刃向かうとは何事だ」を言います。

 

このようなとき、「そんなこは“おかしい”に決まっている」とも言うでしょう。ここで使われる“おかしい”は、どのような「おかしさ」なのでしょうか。先に述べた、病理性が高いという意味での「おかしさ」なのでしょうか。親であっても、子供をいつも可愛がれるわけでもないでしょう。

 

子供が憎らしいと思わなかった親はいない、とすら言えるかもしれません。そう考えると、親に刃向かう子供を“おかしい”と決めつけることは本当に合理性が高いといえるのでしょうか。そこが問題なのです。

 

つまり、「親に暴力を振るうのはおかしい」ということを常識として、その常識を縦にとって親に暴力を振るうのは悪いことだと決めつけ、合理的に説明をしているのであって、その常識が揺れ動けば合理性が保てなくなることは明白です。

 

さて、このことを「ひきこもり」に戻って考えてみます。子供は元気に外で遊ぶ者だし、友だちとよく付き合わなければいけないし、学校に行くのは当然なのだという常識を基盤にすれば、「ひきこもり」をしていることはいけないことなのでしょう。

 

子供が元気に外で遊べる状況がなくなり、友達と遊ぼうにも、みんなが塾に行くようになった現実があり、学校へ行っても塾で勉強したことと同じことを教えられるようでは、学校に行く楽しみもありません。常識とされてきたことが常識でなくなってきていることを考慮すれば、このような「ひきこもり」を病理性が高いとはいえないでしょう。

 

先にも述べたような「善玉『ひきこもり』」というのは、常識から言えば非合理的な行為であるかもしれませんが、常識が変われば「ひきこもり」をしている事自体は悪ではないという意味で「善玉『ひきこもり』」なのです。

 

このように「善玉『ひきこもり』」の存在を認めれば、それは合理的な「ひきこもり」であるとも言えるはずです。常識が揺れ動けば、その揺れに応じて非合理性も動くというわけです。



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