僕はピエロ~人間不信から不登校・家庭内暴力へ~
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僕はピエロ~人間不信から不登校・家庭内暴力へ~

2020年06月18日(木)11:12 AM

「僕は周囲の大人たちや仲間たちと、ことを荒立てないように演技していました。そしてそんな自分がみじめに思え、ピエロをやめました。中学の3年間を、神経が張り詰めるようななかで過ごしました。3年のときは、僕が暮らすの委員長にならないようにと短冊に墨書きし、仏壇の掛け軸のわきに隠すように置き、お線香をあげて手を合わせました。でも、委員長にみんなから押されたとき、断ることもできなかったんです。僕は、自分が断ると誰かが僕の犠牲になり、恨まれると思いました。3年生は高校受験もあり、優秀な奴ほど余裕がないと思ったからです」K君は、くやしそうに当時のことを振り返ります。

 

K君だって、高校入試のための準備をしなくてはいけなかったのです。でも、周りのことを思うと、自分さえ我慢すれば・・・・・と思いつつ、学級委員長を引き受けたのです。そんなK君の善意が踏みにじられる事件が起こります。その日は、クラス対抗のバスケットの試合でした。クラスの仲間がまじめに取り組まなかったという理由で、男子生徒は担任からゲンコツを見舞われてしまったのです。教室の隅に正座させられ、全員が一発づつのゲンコツでしたが、K君だけは注意怠慢という理由で2回制裁が加えられてしまうのです。

 

「僕は委員長を押しつけられたうえに、制裁までされ・・・・」K君に耐え難い怒りが湧き起こりました。そしてその怒りを鎮めるために、両親にその日あったことを「相談」したのです。ところが、両親はK君の訴えを高校入試に影響が出てはと心配し、黙殺してしまったのです。K君は割り切れないまま、それでも勉強して希望した高校に入ることができました。高校は進学校で、K君はそれまで以上に勉強したものの、周囲との差は歴然としており、いくら勉強し、努力しても上位にいくことはありませんでした。

 

マンガ本ばかり読んでいる友人が、K君よりはるかにいい成績を取ったのです。「僕はゆとりがなくなり、不安ばかりが強まりました。そして完全主義的な性格が、勉強を遅らせ、お弁当ものどを通らないほどになってしまったのです。夜はなかなか寝付けず、母を起こしては『何でもいいから話してくれ』と頼みました」K君は必死でした。でも、そういう生活だったので、つい英語の授業中に寝てしまったのです。そのとき、K君にとって決定的な一言を、英語教師から投げつけられました。

 

「やる気のない邪魔者は、教室から出ていきなさい」K君はそれでも、事情を説明しようとしたのですが、睡眠薬を服用しなければ眠れないほどに追い込まれていることを話そうかどうか迷っていると、教師がツカツカと寄ってきて、いきなり襟首をつかんで、教室の外に突き出されてしまったのです。「屈辱、絶望、怒り、落胆、いろいろなつらさが、雹のように降ってきました」とK君は言います。そしてK君は翌日から、学校を休みました。「どうして僕だけが、こんな不幸を背負わなくてはならないんだ。

 

僕が何をしたというんだ。もう誰も信じられない」K君のひきこもりは、こうして始まりました。担任や、英語教師は最初のうちは、心配して家庭訪問に来てくれましたが、やがて「K君だけに関わってはいられませんから」と、姿を見せなくなりました。見捨てられ感や絶望がK君を襲いました。それはすぐにK君の家庭内暴力となって表面化しました。K君の暴力は前触れのない突然のもので、湯飲み茶碗を投げつけたり、大声をあげたりしました。当時の心境をK君はこんなふうに語っています。「周りが気になってどうしようもありませんでした。近所のおばさんが集まっては、自分の噂をしているように感じて、そのたびに布団にくるまっては息を殺していました。

 

毎日読んでいた新聞紙も捨てられないほどに『昨日は何があったか』さえ、思い出せないようになってしまいました」混乱したK君は両親の理解を得ることもできず、ついには家族との亀裂のなかで、入院することになりました。誕生日を病院で迎えた朝、K君は俺の青春は終わったな、と思ったそうです。わたしがK君と会ったのは、退院後、しばらくたってからのことでした。

 

青白い顔をして、片足をなぜか激しく揺らすK君がいました。何かを語ろうとすると、緊張で震え、言葉にならないほどでした。わたしはK君の震えを全身で感じてみることで、わずかでもその心の苦しみを受けとめてあげたいと思いました。そしてK君の傍らに寄り添ったのです。K君の震えが伝わってきました。しばらくそうしていると、やがてその震えは徐々におさまってきたのです。数ヶ月後、K君は震えながら、父親のことを語ってくれました。「父はいつも僕の前を歩き、お膳立てをしてくれました。うれしいときもありましたが、そのことで大人になれない気もして、不安でした。でも、気を悪くさせてはいけないと思って、いい子を演じてきたのです。僕は父から離れて、生まれ変わりたいのです。

 

もう、これ以上巻きこまれたくないのです」絡み合うことは、互いに向き合い、相手として認め合っていることです。だから、言いたいことは言えばいいのです。その関係を途中で投げ出さなければ、傷つけたひと言も、いつかは癒しの言葉に変わります。ところが関係をあきらめてしまうと、気まぐれになります。人間関係で巻き込まれた、利用されたと実感するのは、気まぐれをみたときです。瀬戸際に立つ子供ほど、心に余裕のないなかで、気まぐれを許せなくなっていくのです。関わりには終わりがないと宣言し合う関係ができたら、言ってはいけない親のひと言も、思いやりの言葉に思えてくるのではないでしょうか。



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