豊かな時代とひきこもり
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豊かな時代とひきこもり

2020年06月15日(月)12:53 PM

昔はひきこもりはいませんでした。たとえば江戸時代の若者がひきこもっていたという文献は見たことがありません。それどころか、戦後、経済成長前の貧しい日本でもひきこもりはいませんでした。ひきこもりが社会的な問題として登場してくるのは、80年代後半のバブル期にあたり、そして新聞などで取り上げられ始めたのはバブル経済の崩壊後です。なぜ、ひきこもりは日本経済が破綻した頃に顕在化したのでしょうか。

その問題を解くキーワードは「豊かさ」だと、私は考えています。個人を否定する日本では昔から、ひきこもりが生まれる素地があったのです。しかし、貧しい時代は、それが問題になりませんでした。なぜなら、誰もが食べることで必死だったからです。日本は長い間、貧しい国でした。江戸時代には領主にコメの半分を年貢に取られる農民もいましたが、食料不足から口減らしのために間引き(生まれたての赤ちゃんを殺してしまうこと)して生き延びたのでした。

戦後の焼け跡から国民全員が豊かになろうと働き続け、「奇跡」と形容される復興を成し遂げた日本人・・・・。いつの時代でも日本の親たちは家族を養っていくことに精一杯でした。こんな状況の時には、ひきこもりなど生まれてきようがありませんでした。日々、食べることで精一杯だったからです。ところが、経済成長の頂点のバブル期は、物も金も巷に溢れ、大人から子供まで、みんながとりあえず豊かになりました。この時期の「豊かさ」の中で、少なくとも明日の食い扶持を心配する人はほとんどいなくなりました。

言い方を換えれば、バブル期になって、日本人はその長い歴史上はじめて「食べる心配」から解放されたといっていいでしょう。バブルの泡がはじけた現在でも、誰も飢え死にはしていません。そんな豊かな状態になってはじめて、日本の家庭は歴史の底に存在した「自由を否定する文化」に向き合ったのです。日本文化の病的な部分が表面化したといってもいいでしょう。


 

マスローの法則


 

「子供には何も不自由させなかった。学校にも行かせたし、充分に小遣いも与えた。何が不満だと言うんだ・・・・」これは、ひきこもりを持つ多くの親に共通する嘆きです。しかし、子供たちはこう叫びます。「俺の気持ちを、親はまったく理解していない」「私が本当に苦しんでいるときに助けてくれなかった」「俺の人生を返せ」。なぜこんな食い違いが起きるのでしょうか。親は愛情を注いだといい、子供は見捨てられたと言います。ひきこもりの親子双方から話を聞くと、見事にこの主張が出てきます。

ひきこもりを理解するには価値観に目を向ける必要があります。親と子の価値観の深い溝が親子関係を引き裂いています。米国のアブラハム・マスローは、1960年代から70年代にかけてカール・ロジャースとともに活躍した、人間性心理学の心理学者として知られています。マスローは人間の欲望は階層性になっており、一つの欲望を満たすと、上のレベルの欲望を目指すという理論を主張しました。マスローの法則によると、衣食住の欲望がもっとも低いレベルです。

これは空腹を満たすなど人間の基本的欲求のレベルですが、それが満たされると次の高いレベルの欲求、人との絆、社会の尊敬を求めます。飢えと寒さから解放された人間は、他の人間との関わりを求め、人間の愛や尊敬を求めるのです。この欲望の段階を登りつめると、やがて人は自己実現を求めます。「自己実現の欲求」とは、自分の能力を最大限に伸ばして、社会や人類に貢献する段階です。

マスローは自己実現した人物としてアインシュタイン、エリノア・ルーズベルト、アブラハム・リンカーンなどをあげています。自己実現の欲望はすべての人間にありますが、多くの人はその手前の段階で止まるといわれています。ひきこもりとその親たちの価値観の相違を説明するのに、このマスローの法則が役に立ちます。マスローの法則で考えると、親たちは衣食住(基本的欲求)を重視せざるを得なかった世代です。

貧しかった親の世代は衣食住を得ることが人生の目的です。だからこそ、長時間の残業、家族をバラバラにする単身赴任、満員電車の通勤など、よくよく考えれば非人間的なことを「仕方がない」として受け入れてきました。我慢すれば豊かな生活が手に入る、そのための苦労ならば厭わないというのが親の世代の考え方です。もう少し若い40代くらいの親になると、子供をエリートにするなどの社会的成功に価値をおきますが、しかし、その背後にも衣食住の安定を求める価値観が隠れています。

ところが、若い世代はそんな親の苦労とは無関係の豊かさの中で育っています。彼らは生まれたときから衣食住が満たされています。現代では「腹いっぱいご飯を食べたい」とか「将来は個室のある大きな家に住みたい」という夢を持つ若者を見つけるのは難しい時代です。生活が豊かになり、価値観が多様化した情報化時代では、若者たちは人との絆や自分らしい生き方を求めます。これはひきこもりに限りません。今の10代、20代に共通する価値観です。彼らはモノには興味がないのです。「自分らしさ」や「つながり」や「いきがい」がほしいのですが、それが今の日本には欠けています。



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