不登校~小学五年生の女子児童のケース~
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不登校~小学五年生の女子児童のケース~

2020年05月29日(金)8:30 AM

転校することで、不登校状態の解決を図ろうとして、失敗に終わった小学五年生のA子さんの両親が相談にやってきました。家ではいたって元気なのですが、車で出かける以外はまったく外出しません。

 

A子さんは田園地帯の裕福な旧家で何不自由なく育ちました。小学四年生の時に、学校でのちょっとした出来事が原因で欠席がちになりました。しかし両親や祖父母はそれほど気にしませんでした。A子さんの成績が良かったことや、世間体もあったかもしれません。

 

本人の言い分を少し聞いただけでした。そして不登校の状態が長期化し始めると、学校と相談するより、自分たちでさっさと解決策を決めてしまいました。隣県の名門私立高校への転入です。A子さんが他の学校だったら行くと言ったからだそうです。

 

地元有力者の口ぞえもあって編入が決まり、転校手続きに来た母親から、担任ははじめてこの話を聞かされました。新しい学校には制服があったり、教科書もまったく異なりました。両親は何もかも一から準備しました。

 

そして編入の日、両親同伴で校門をくぐったそうです。心機一転、がんばってくれるだろうと思っていたのです。しかし一週間もたたないうちに、A子さんが不満を洩らし始めました。

 

「友達がいない」「勉強の進め方が前の学校と違う」「先生が親切じゃない」以前も言っていたような中身でした。そして登校を渋り始め、やがて欠席するようになりました。それが続くようになって以前と同じ不登校の状態になってしまいました。

 

今度は両親も何が原因で行けないのかと問いただしますが、はっきりした答えが返ってくるはずもなく、結局以前と同じ状態になってしまいました。

 

しかし客観的に見れば、条件は悪くなっていました。学校が遠方になったために、担任やクラスメイトが訪ねてくれることはなくなりました。地元の学校にいたときは、たとえ不登校状態にあっても、地域の人たちはA子さんのことも承知で暮らしていました。

 

しかし隣県の学校への転入を選んだことで、そういった人たちとのつながりも希薄になっていきました。孤立状態で時間だけが過ぎていきました。そして五年生の春、再び転校しました。一ヶ月たらずしか通えなかった私立の学校から退学を促され、地元に戻ってくることになったのです。

 

しかし両親は前回のように張り切ってはいませんでした。転入手続きさえ、書類を人にことづけるだけだったようです。当然のように、復帰した地元校には一日も出席せず、また時間ばかりが経過することになりました。

 

こんな様子を見かねた知人の勧めで、両親が相談に訪れることになったのです。両親からこれまでのことをざっと聞いた後、家族全員が出席する面接から始めたいと伝えますと父親は、「なるほど!」と大きくうなずきました。

 

そして次回面接日の約束をして、いよいよ帰り際になって、「実は今も、駐車場の車の中でA子は待っているんです」と父親が言います。

 

デパートで買いたいものがあると言ってついてきたそうです。思いがけないことでしたが、次への何かの援助になればと、「家族面接は次回からですが、そんな場所なのか相談室を下見させておいてあげると、安心できるかもしれませんね」と言って終わりました。

 

「そうしてみます」と答えた両親でしたが、結局A子さんを下見に連れ出すことはできなかったようでした。次の面接には両親と姉とA子さんがやってきました。祖父母は病弱で、車にも弱いのでと来ていません。

 

しかし駐車場に入った車から、誰も降りてきません。三十分程も過ぎた頃、母親を通して相談員に、A子を車から降ろしてほしいと求めてきました。そこで、「相談は面接室に入ったところからスタートです。両親の力で連れてきてください」と伝えました。

 

場合によっては前回のように、A子さんは車に残っていてもいいと考えていました。さらに三十分以上説得していたようです。多少乱暴な話ですが、まだ小柄な女の子のこと、親なら力ずくででも・・・・・と思わないでもありませんでした。

 

しかし、そういうことにはなりませんでした。それどころか逆に父親が、「「こんなことをしていても仕方ない!もう帰ろう!」と母親に向かって怒りだし、「早くおまえも車に乗れ!年寄りたちをいつまでも放っておけん!」と叫んで、全員を車に乗せて帰ってしまいました。

 

こういうことがときどき起こりますが、非常に大事なポイントだと思います。ストレスの高い場面に直面したとき、それから逃れるために使われる方法は何か、それは何を避けているのか、よく観察しておく必要があります。

 

ここで父親はA子さんへの直接のメッセージを避けて、言いやすい母親に怒りをぶつけています。こんな行動は、父親への信頼を崩すだけです。すぐ後に、母親から電話がありました。

 

「今、自宅に戻りました。あんな状態ですので、こちらに来て面接をしてもらえないでしょうか?お父さんはもうあんなところへは行かないと言っていますし・・・・」と訴えます。当然わたしは、「それはできません。ご希望なら、再度、面接の日を設定しましょう」と答えました。

 

A子さんと同じ事を両親がしている、これがわたしの感想です。A子さんは何か困った事態にぶつかったとき、それに見合った対策を立てるのがあまり上手ではありません。そしてしばしば過剰な策に訴えて、元も子もない状態に陥ってしまいます。

 

本人自身はそれほど悪い状態ではないのに、です。両親の行動がこれと相似形です。具体的でささやかな、親としての努力に取り組む代わりに、見通しの立ちにくいはずの思い切った賭けに出てしまいます。

 

この場合、転校がそれに当てはまります。そこで敗北してしまうと、もうどうにもならなくなってしまいます。そんな時に家族面接の説明を受け、それは良いと思ったのです。しかしそれもA子さんが車から降りなかっただけで、無用のものにされてしまいました。

 

わたしは両親と相談を進めながら、原則を尊重することの大事さを伝えようと考えていました。自分だけは特別扱い、我が家だけは別だと学ぶより、誰でもそうするのだから、あなたもそうしなさいとしつけることのほうが、子どもが得るものは大きいと思っているからです。

 

両親が原則を簡単にゆるがせてしまったりしなければ、A子さんはやがて、世の中とはそういうものであることを学べると思ったのです。誰もが行う普通の常識的なことを、簡単に例外扱いにしないことによっても、父親の力は示されるものです。



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