親子関係~鏡の向こう側~
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親子関係~鏡の向こう側~

2020年05月21日(木)11:58 午前

「とにかく母親が口うるさい、あれでは子どもも父親もたまったものではないよ」周囲のみんなからそう言われている一家に会いました。A君は両親と兄弟三人の二男で、学校に行かなくなって半年以上たっています。


調理師をしている父親は、いかにも包丁一本の職人といった感じの人でした。男の子三人の子育てを受け持ってきた母親は、仕方なかったところもあるとは思いますが、一言でいうなら、たしかに口うるさい女性です。


全家族面接で時々行う描画の課題を出した時のことです。五人で一枚の絵を描いてもらうこの方法では、家族の特徴がとてもよく表れます。「家族で何かしているところの絵を、皆さんで相談して描いてください」そう言い終えてわたしは席をはずしました。


するとすぐさま母親が活動を開始しました。「何を描いたらいいと思う?何が描きたい?」とまずA君に問いかけます。しかし何も反応がありません。すると弟に鉾先が向けられます。要領のつかめない弟も困ったような表情で何も言いません。


「聞いてたでしょう、家族で何かしているところよ。DVD見てるとこでも、ご飯食べてるとこでも、ゲームしているところでも」そう言われても弟は何も言えません。この時、父親は何もしていません。母親が努力している横で、特に意見があるようでもなく黙って座っています。


普通、母親が子どもを叱っていたりする場に父親が同席していれば、同意、合意の空気を作り出す程度の協力をしているものです。二人で叱る必要はないのですが、両親の足並みが揃っていることを示すことで説得力も増すというものです。


ところがA君の父親の姿勢はとみると、ちょうどその時にはターゲットになっていない息子たちがとるような、自分には関係ないといった風情でした。


母親の努力は力めば力むほど空回りします。長男に視線を向けながら、「いつもこれなんだから!もうあんた達も小さい子じゃないんだから、少しは家族のことを考えなさい!」


そう言って、ひとりがんばる母親でした。当然のように描画も、男四人は義理かやっかいのように手を出すだけで、何を描くか、どのように描くか、あれこれ指示するディレクターは母親です。これに対する四人の男は、命令されるままに手を動かすロボットのようでした。


しばらくして気がつくと、母親以外は誰も画用紙に手を出していません。一人一本ずつクレヨンを選んでくださいと指示し、誰がどこを描いたのかが後でわかるように、クレヨンの交換はしないように言ってあったことも飛んでしまっています。


画用紙の上には五本のクレヨンが並び、それを使って母親が熱心に絵を描き続けていました。絵が出来上がるプロセスを見ながら、次回の面接のことを考えていました。誰もやろうとしないから何もかもが自分にかぶさってくるんです、と母親は訴えます。


しかし声にはなっていませんが、「お母さんは何でも自分の思うようにしたくて僕らのすることは気に入らないんです。だから我が家の男は、勝手に何もやらないほうがいいんです」というメッセージとは裏腹だと思いました。


そこで、次の面接では最初からこんな設定にしました。「今日はお母さんに、スタッフの一員として面接に参加してもらいます。ごらんのようにここは隣の部屋から見えるようにマジックミラーが取り付けてあります。


今回お母さんは、そちらから家族の様子を観察していただきます」そう伝えると、母親を促し、四人の男を残したまま部屋を出ました。観察室のスタッフを紹介して、ミラー正面の特等席に母親を座らせ、「一時間ほど、お母さんも観察者の一人として見ていて下さい。


よくご存知の家族ではあるけれども、こんな形でごらんになったことはないでしょう」こう言うと母親は好奇心のあふれた表情を見せました。わたしの狙いは父親も含めた四人の男家族が、母親のいないときにどう動けるかの確認でした。


何もかも母親任せにしてしまって、その結果とても口うるさい母親になったとしても、それでうまくいくならそれでいいと父親は思っていたふしがあります。


しかし兄弟はそうではありませんでした。長男はかなり屈折した形で母親の影響下にありましたし、A君は不登校で過度の肥満でした。そして三男は、実際の年齢よりもずっと幼く見える少年に育っていました。三人ともに妙なアンバランスが感じられてならなかったのです。


男四人とセラピストは面接室、母親はマジックミラーの向こう側で面接が始まりました。どんな感じですかと聞く間もなく弟が、「お母さん見えてるー?」と鏡に向かってピースサインを送ります。


それが鏡に映って見えるので、他の家族の視線も否応なくそこに向きます。兄はこの状況が照れくさいのか末弟に、「ちゃんとしろよ!」と注意したりします。


A君は何がおかしいのかクスクス笑い始めました。父親もわれ関せずではなく、子どもたちのすることを見ています。母親が見ていることが気になったのは最初だけで、、始まってしまうとすぐに四人で話し始めました。


予想していたことではありましたが、それ以上に男四人の作り出す雰囲気は活発なものでした。そして前回と同じように絵も描いてもらいました。何を描くのか決める段階では、父親が子どもたちそれぞれに意見を聞きました。


あれこれ話した結果、去年の夏に家族で出かけた海の絵に決まりました。そしてそれぞれが自分で自分の姿を描くことになりました。絵の仕上がりで言えば、前回母親が一人で奮闘したもののほうが上出来だったと思います。


しかし描いている時の様子や、落書きっぽさも含めた作品の楽しさから見れば、今回のものが圧倒的でした。そして何より印象的だったのは、母親の姿の描かれないまま、仕上がり段階に入ったときのことです。


父親がA君に、「お母さんがいないじゃないか。おまえ描いてみろよ」と言ったのです。ずっと気になっていたわたしは、心の中でホッとしていました。この展開は、母親には少し酷だったかなと思ったりもしました。


最後の十分程、観察室から出て同席してもらいました。母親の様子がはじめと違っていたのは一目瞭然でした。最初は、自分がいないところで家族がどうなってしまうものか見てやろうといった態度がありありでした。


でも今、母親が見つめているのは自分自身のようでした。わたしは最後まで母親に、あなたの口出しや手出しが多すぎるなどとは言っていません。


用意したのは、お母さんがいないときにも、あなたの家族は自分たちでなんとかやってゆくくらいの力をつけてきていますよという場面を見る経験でした。


母親はやや過剰反応気味に、「わたしがいないほうが、みんな元気なんですね・・・・・」とつぶやきましたが、家族はあまり気にはしていませんでした。そうは言っていても、帰り道にはずぐまた元の母親に戻るに違いないと誰もが思っていたからです。


ただ、わたしは少しだけ違ったことを考えていました。むしろすぐ元に戻るのは、大いに結構だと思います。簡単にころころ変わってしまう人より、現状のバランスがなかなか崩れない人のほうが信用できます。


しかしこの経験をした母親が、こんな経験の一度もなかった母親に戻ることはありません。新たなひとつの視点を得たことで、母親自身が自分で考える機会は提供できたのではないかと思いました。


家族面接において、わたしたちはいろんな提案をします。しかしそれは、確信を持って行う家族操作のようなものではありません。こうなればいいなあくらいの思いはありますが、その程度のものです。人はそうたやすく他人の思惑通りに変わったりするものではありません。


ですから、家族に新しい展開が起きてほしいと思ったら、焦点をしぼった具体的な提案をひとつ、相手を信じて出すことだと思っています。


そして相手を信じることができるために必要なのが、願いの共有です。サッカーを見ていると、絶妙のパスをゴール前に出せる選手がいます。シュートを決めるのはその選手ではないのですが、ストライカーがまだいない場所に向けてパスを出す心境はこんなものかなと思います。その時に重要なのは、共通の目的意識と相手の力への信頼です。



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