長期単身赴任の父と娘の問題行動
ホーム > 長期単身赴任の父と娘の問題行動

長期単身赴任の父と娘の問題行動

2020年05月17日(日)11:46 午前

A子さんの父親は大手企業の研究職です。今から六年前のことでした。「部長から今度の人事異動で、関東の研究所に行ってくれないかと言われた」と母親は聞かされました。


期間は二年間で、これは思案のいる話でした。郊外のベッドタウンに一戸建てを構えてやっと一年、A子さんは小学四年生、兄は中学一年生でした。


夫婦で話し合い、兄妹の意見も十分聞いて出した結論が、単身赴任でした。新築間もない家、始まったばかりの近所づき合い、落ち着く間もなく、また引っ越すことへの抵抗や負担感もありました。月に一度は週末に帰宅する、日常の必要なことについてはこまめに電話で相談するなど、打てる手は打ったつもりでした。


そしてなんとか無事に約束の二年が過ぎました。しかしこの間の会社の業績の悪化のため、会社では部門の縮小が行われ、研究所は関東に統合されてしまいました。「もう一年だけ、新体制が軌道に乗るまで無理を聞いてもらえないだろうか?」会社からそう言われると断れない父親でした。


一方、家族にしても、この段階での転居など考えられませんでした。兄が高校受験の時期に入っていたからです。父親の単身赴任と留守を守る母子の生活は、それなりに安定していました。一年後の春、兄はみごとに目指していた名門私立高校に合格しました。


A子さんも中学生になったのですが、兄の影に隠れてしまっていました。彼女は誰にも心配をかけずに、そこそこ勉強してくれていたらそれでいい子でした。


この頃になると父親の帰宅は盆暮れを含めて一年に三、四回になっていました。電話をかける回数も、用がなければいいと双方で減らしていました。初めのうちは母親がたまに出かけていって掃除などをしていた父親のマンションにも、出向くことはなくなっていました。


翌年、約束どおり会社からは転勤の意向打診がありました。しかし研究所が関東に一本化された今、関西に戻っても意に沿う仕事はありません。今度は父親が考え込んでしまいました。家族にしても何とかうまくやってこられたことで、三年前とは違っていました。


決断のないまま現状維持でまた二年が過ぎました。兄は地元の国立大学を目指し、A子さんも高校受験を控えていました。父親は五年近い単身赴任生活の結果、研究所になくてはならない人になっていました。


早く帰宅しても誰が待っているわけではない単身住まいです。もともと好きこのんで選んだ研究職の仕事ですから、いくら遅い時間まで仕事をしても、あまり苦にはならなかったようです。


そして六年目の春、二重生活の経済的負担を抱えながらも、兄の国立大学現役合格、A子さんの地元公立高校合格、父親の昇進と、何の心配もない家族のはずでした。


はじまりは、高校生になったばかりのA子さんが、倍以上も歳のはなれていそうな男性の腕に絡まって、地元の商店街をふらついていたという噂でした。やがて怠学、そして異性がらみの問題行動の多発に、入学早々の高校は彼女に振り回されることになりました。


A子さんの問題行動は、隠す気持ちがないのかことごとく露見して話題になりました。スマホからあちこちに電話をかけまくると車が迎えに来て、初対面らしいおじさんに連れられてどこかに行ったなどの話に、学校や地域はちょっとした騒ぎになりました。


母親が追求すると、噂のほぼすべてを簡単に認めてしまいます。あきれた母親が「なぜ、そんなことをするの!」と聞いても、「あの人たちは悪い人じゃない。親切だしやさしいよ」と答えるので途方に暮れてしまいました。


そんな状況の中での相談でした。児童相談所は、法律では十八歳未満の子どものあらゆる事柄に関わることになっています。しかし実際は、高校生に会うことはとても少ないのです。本人が来たがりませんし、親が促しても来ないことも多いのです。


義務教育は終了しているので、本人も学校も、いざとなると転校や退学で決着をつけたりするのです。しかしA子さんは違っていました。母子でやってきた初回面接の後、頻繁に担当相談員のところに通ってくるようになったのです。


授業中の学校を抜け出して、駅前から電話をしてきます。「迎えに来て!」他にも仕事をたくさん抱えた担当が、何時でも会って話を聞いてあげる訳にもいかないと説明すると、「それならいい。テレクラに電話するから!」と言って切ってしまいます。


気になるので車を飛ばして駅に行ってみると、今まさに誰とも知れない中年の男性の車に乗ろうとするところだったりしました。これはたいへんだと、あらためて今後の処置を検討しました。愛情欲求を充たすために、手当たり次第に人の関心を惹きたいのではないかという見立てが当然のように出ました。


しかしそれならどうすればいいのか、誰がどうやってそれを充たすのか、仕方ないと放っておいて、その間に失うものやリスクのことはどう考えるのか、意見はいろいろ出ました。


結論として、父親の単身赴任以来いろんなことがあったのに、いつも家族それぞれが何とかうまくやってしまいました。そのために、トラブルに巻き込まれた時に出せる家族の力が弱っているのが現状だと仮説を立てました。そこでこの相談では、家族全員にそれなりの負担を背負ってもらう形を採ることに決めました。


父親が遠方に単身赴任中であることは承知で、家族四人揃って、月に一度面接に来てもらうことにしたのです。母親に連絡すると、父親は単身赴任中だし、兄も大学に入ったばかりで張り切っているところだから、とうてい無理だと即座に拒否されました。


でも、これは予想できたことです。しかしわたしは、今回の問題解決は父親と兄を抜きには考えられないと重ねて説明しました。「父親の単身赴任中、みんな不自由なことがあるけれど、がまんしてがんばろうと言い合ってきました。


そして長男も、父親もわたしも、あの子だって努力したのに、なぜそれを壊すようなことを今になってA子がするのか、どう考えても原因がわかりません。ああいうことはわたしは経験がないから分かりませんが、何か精神的な病気じゃないんですか?」


母親は何度かこんなことを口にしました。不承不承でしたが、母親から父親に連絡する約束を取り付け、都合のつく日を父親に連絡してもらうことになりました。翌日早くも連絡があり、その週末の朝、第一回の全家族面接を実施しました。


初回、父親は朝一番の新幹線で来て、面接が終わると研究所にとんぼ返りでした。しかし二回目からは、家族と一緒に週末を自宅で過ごすようになりました。母親は、「お父さんが帰ってくると、雑用が増えて困る・・・・」と感想をもらしていました。


「今はA子さんの行動を責めても意味がないですよ」といくら説明しても両親は、週末の夜中にはA子さんの行動を批判して、理由を聞き出そうとしていました。しかし、彼女は何も言いませんでした。やっと実現し、数回続いた家族面接を見ながらわたしたちはこんなことを考えていました。


もし彼女が何も起こさず、そのまま時間が過ぎていったら、A子さんにとって家族とは何だったのでしょう。小学四年で父親と離れてしまった彼女にとって、両親とは何なのでしょう。兄にとって父親とは何なのでしょう。さらに踏み込めば、六年以上も別々でも平気な夫婦とは何なのでしょう。


家族に問題さえ起こらなければ、それでいいのでしょうか。A子さんがなぜ歳の離れたおじさんばかりを求めたのか、父親が欲しかったのだと分かりやすく読むこともできます。


あるいは考えすぎかもしれませんが、長期の単身赴任によって家族の中から「夫婦」が早々に消されてしまったことに、男女関係の欠落を感じていたのかもしれません。自分がいちばん傷つく形で家族を集めることになったA子さんの行動は、いったいどんな役割をはたしたのだろうといろいろ考えました。


そして彼女に助けられたのは、経済的義務さえ履行していれば、この先まだ何年も別居で大丈夫になってしまった「夫婦」だったのではないかと思うに至りました。わたしたちが何でも真似てきたアメリカに、単身赴任などはないとよく聞きます。しかし日本企業において単身赴任は日常的です。


そのえ影響で崩壊にいたった家族も耳にします。それにもかかわらず、会社員とその妻が転勤に際して家族の権利を主張することはまだまだ少ないというのが現実です。


そしてさらに、そこに隠された、実はそれならそれでもかまわない、むしろそのほうが・・・・という消極的意思を読み取るのは意地悪でしょうか。


見せかけの平穏が、子どもが起こす事件によって覆されるようなことがあると、ひょっとするとそれは隠された目的を持った子どもの行動ではなかったかと思いたくなります。



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援