ペットの存在感~中学二年生の不登校の女子生徒のケース~
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ペットの存在感~中学二年生の不登校の女子生徒のケース~

2020年05月17日(日)11:44 AM

A子さんは不登校の状態で一年以上が過ぎようとしている中学二年生です。両親と母方祖母、そして彼女の四人家族です。中学入学間もなくからグズグズ言い始め、やがて登校しなくなってしまいました。


祖母と母親でいろいろ原因を探りましたが、はっきりしないのでご相談をとの依頼でした。電話の様子から、なかなかしっかりとした主張のある祖母らしいことがわかりました。


そうなると父親は頼りない人、これが相場です。実際そんな人のようで、初期数回の面接に父親は顔を見せませんでした。来談した祖母、母親、本人に、「お父さんにも、いっしょに来るように勧めてください」と何度か言った覚えがあります。


しかし口にこそ出しませんが、父親が来ても特に役に立つことはない、それよりしっかり働いてもらわないと、そんな祖母の台詞が聞こえてきそうでした。


やっとのことで来談した父親は、それまでにたっぷりと先入観を持たされていた通りの、見るからに頼りなさそうな人でした。A子さんのことについては、ほとんど何も知りません。知らされていないと言ったほうがいいかもしれません。


女系家族のはぐれ者といった様子でした。なかなか結婚しようとしない娘(A子さんの母親)にわたし(祖母)が友人を介して見繕ってきて養子にさせて結婚させた、などと面前で言われている父親が少し気の毒でした。


父親が参加しても、面接は相変わらず祖母、母親の女性ラインで終始していきました。借りてきた猫、まさにそんな様子の父親でした。ところが犬を飼っていたことがあるというA子さんの話から、面接は思わぬ展開をはじめました。


両親ともに三十代後半の結婚で、子供は一人しか生まれませんでした。A子さんの幼稚園時代、情操教育にと雄の子犬を祖母がもらってきました。犬を飼いたがっていたA子さんはジョンと名づけてかわいがって育てました。


家族によくなつき、家族の一員として大きくなりました。唯一の男同士だったからでもないでしょうが、父親には格別なついて、毎日の散歩は父親の仕事でした。


ところがだんだん大きくなるにしたがって、庭の植木鉢を荒らしたり通行人に吼えかかったりするようになりました。ミニバイクで走っている人が、いきなり生垣から吠えかかられて危うく事故になるところだったといいます。


そんなわけで祖母と母親は相談をして、犬を処分することに決めました。A子さんに言うと悲しむからと、修学旅行に出かけている間に、父親に犬を保健所に連れて行かせることに決めたのです。


そしてA子さんには、留守中にジョンが逃げていってしまって帰ってこないと説明することにしました。こうして一人っ子の遊び相手として情操教育用に迎えられたジョンは、大きくなったのが理由でこの家を去りました。


ジョンの話はたまたま出たものでした。「小学生のときは、いつも犬と遊んでいた」とA子さんが懐かしそうに話したのです。「いつごろから飼っていたの?」話は当然こう向いていきました。本人は懐かしそうに答えるのですが、祖母や母親は不快そうでした。


そして日常の世話や散歩の話になったときのことです。急に父親が、「犬はわたしが保健所に連れて行ったんです!」と言ったのです。驚いたA子さんと、苦虫をかみつぶしたような祖母、母親が対照的でした。要領を得ないところもあったのですが、他の者の発言を許さない感じで父親が話したのは以下のようなものでした。


「ジョンは、いつもの散歩時間より遅くわたしが連れ出しました。いつもコースが決まっているのに違う方向へ行くので、はじめは不思議そうにしていました。


保健所は電車で一駅向こうの街にあります。そこまで歩いて連れて行かなくてはなりませんでした。やがてジョンは気配を感じたのか歩かなくなったんです。それでも引きずるようにして連れて行きました。


保健所に近づくと犬の鳴き声が聞こえたりして、ジョンはいっそう歩こうとしなくなりました。かなり大きくなっていたのですが、最後は抱えるようにして連れて入って置いてきました。


あんなことは二度としたくない・・・・・」父親が話し終わると沈黙が訪れました。A子さんはこの話をどういう気持ちで聞いただろうと思いました。しばらくして祖母と母親が、仕方なかったのだと説明を始めました。


しかしそれほど説得力のある言葉ではありませんでした。A子さんは涙ぐんでいましたが、祖母や母親に怒りを表すようなことはありませんでした。


そして可愛がっていたジョンを、そんなふうにしなくてはならなかった父親の心の内を思いやることができました。上手な言い方ではなかったのですが、それが伝わるような問いかけをしたのです。父親は一つずつ静かに答えていました。


このことがきっかけだったと思うのですが、A子さんは三世代の女性グループから少し距離を置くようになりました。そして時には、父親とも話すようになりました。自分と父親が、似た気持ちの持ち方をする者同士である事にも気づいていきました。


この後もしばらく面接は続きました。そしてA子さんには家の外に居場所を求めるような動きも見え始めました。このようにA子さんのジョンは、いなくなってから二年以上も経ってから彼女が父親を理解するきっかけをもたらしてくれました。


さらにこの後、家族に起こったことを振り返ってみると、めぐり合わせのタイミングに驚かずにはいられません。面接終了後しばらくして、風邪で寝込んだ祖母が亡くなったのです。平均寿命に近い歳でしたから、突然の不幸というものではありませんでした。


しかし母親は急に元気がなくなってしまいました。それは、祖母、母親、娘の三世代連合軍の急激な解体でした。ただ、A子さんとの関係をゆっくりと作りつつあった父親は、この時とても適切に動いたようでした。


娘との連合軍を作るのではなく、母を亡くした妻を支えようとしたのです。その結果、A子さんはますます外界へ関心が向いていきました。祖父母世代との別れ、自立による子供たちとの別れ、これはどの家族にも起こることです。


もし彼女の問題がなかったら、そして解決をめぐるこのような経緯がなかったら、家族の再編は容易ではなかったかもしれません。いなくなったジョンのした仕事を考えながら、あらためてペットの存在感の大きさを思います。



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