不登校の女子中学生と暖かい家庭
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不登校の女子中学生と暖かい家庭

2020年05月16日(土)11:17 AM

W子さんの家を訪ねることになったのは、たまたまの巡り会わせでした。別件で出向いた中学校で、不登校の状態にある彼女の話が出たからです。


普通は登校できていない子の家にいきなり訪問するようなことはしません。ただW子さんの場合は違っていました。すでに学校から校長をはじめ、学年主任、担任、養護教諭が入れ替わり立ち替わり訪問して、彼女と話し込んでいると聞いたからです。


「あらためて面接してもらうのはそれとして、せっかくここまで見えたのだから、ちょっと寄っていかれたらどうですか?電話一本入れておけば、歓迎してくれますよ」そう校長に言われたのですが、どうもおかしな具合です。言われるままに、学校からそう遠くないW子さんの家を訪ねました。田舎家の散在する中では目につく、今風の新しい家でした。


半信半疑に、「ごめんください。相談所の者ですが、ちょっとW子さんに・・・」と声をかけると、母親と本人がお待ちしていましたとでも言わんばかりの笑顔で戸を開けてくれました。


茶の間に通され掘りごたつに入って、みかんを食べながら話を聞きました。「学校に行こうと思っているんですけど、頭痛が消えなくて不安なんです。大丈夫かなと思うと、急に痛み出して何も考えられなくなるんです」


W子さんがそう話すと、母親が、「普段は明るい元気な子なんです。頭痛さえなかったら、今度も修学旅行委員にも選ばれているし、楽しみにしていたんですけどねえ」とつなぎます。母子揃ってニコニコ何でも話してくれました。数日後、W子さんの父親から電話がありました。


留守をしていて失礼したとおっしゃいます。こちらが急にうかがったんだし、仕事に出ている人なら当然で、失礼なことはありませんとわたしは言いました。


至急お目にかかりたいと言われるので、来所してもらうことにしました。翌日、早々にやって来た父親は開口一番、「あんたたちは、W子を不登校だと思っているんだろう。


学校の先生たちもみんなそう思っている。しかしW子は不登校なんかじゃない。それどころか、学校には行きたがっている。頭痛のしない日にはちゃんと出かけているし、調子の良かった先月は、修学旅行委員にも選ばれている。


不登校は家庭の問題だとかいうつもりらしいが、W子は病気なんだ。現に府立病院、京大病院、それでもはっきりしないから来月には阪大病院で受診することになっている!」と一気にまくしたてます。


これにはちょっと驚きました。先日の母子の印象とのギャップに面食らいました。何がこんなに父親を苛立たせているのでしょうか。しばらく話に耳を傾けることにしました。一時間以上にわたって父親は、自分の主張と不登校について勉強したことを混ぜて話しました。


来てもらって面接していたのは幸運でした。少々興奮されても、周りへの気遣いは要りません。時間もたっぷりありました。やがて父親は、自分の生い立ちの話を始めました。父親は両親を知らず、親戚の厄介者として育った人でした。


寂しかった幼年期、少年期、そして中学卒業と同時に低賃金労働の現場へ単身出された辛さを話しました。「こういうきれいな仕事についているお宅たちには想像もつかないことだろうけど・・・・」そう言われると、確かにそうなのでした。


小さな町工場での生活は、何の潤いもない長時間労働の毎日だったそうです。父親はそんな中で、もし自分が家庭を持つことがあったら、そこでは何でも話し合える、暖かいやすらぎの場にしたいと強く思ったと言います。


そのためにはまず家が要ると思いました。あらゆる欲求を抑えて貯蓄に励み、周りの人たちが驚きと、若いくせにと批判を口にする年齢で土地を手に入れました。


そして結婚の直前に、現在の家を独力で建てたのです。父親のそんな思いは家の中で徹底されていました。母親も少なからず事情を抱えて生きてきた人でしたから、力を合わせてがんばりました。


長女のW子さん、そして長男が生まれて、これまでは万事順調だったのです。そこに今回の事態が発生しました。父親はW子さんの訴える頭痛にうろたえました。もしかして悪性の腫瘍でもあったら、そう思うといても立ってもいられませんでした。


病院に同行し、検査の結果についてもしつこいくらいに医師に説明を求めました。そして多少でも曖昧さを感じると、他の病院、もっと専門的な医療機関をと、W子さんを連れて巡礼を始めました。


どこの病院に行っても、頭痛の原因は不明でした。最新医療機器を駆使しても、原因と思われるような病気は見つかりません。それに対して父親は、「こんなに痛がっているのに!絶対に大丈夫だと保証してくれますか!」と問いかけます。


しかしどこ医療機関でも、誠実な医師であればあるほど、「絶対ということは人にはありません。現在の医療技術でわかる範囲内では、まず大丈夫だということです」と答えました。


一方、W子さんの学校生活像がだんだん明らかになってきました。彼女は小学校時代からとてもがんばり屋さんで、人の嫌がることも率先して引き受けてきたような評判の良い子でした。


中学生になっても、クラブ活動の世話役、そして話題に出ていた修学旅行委員など、みんな自分から立候補してなったものでした。しかし級友の中には、委員になってもまたすぐ休むくせに・・・・と意地悪な陰口もありました。


W子さんはそんな声に気づいていました。クラスや部活の揉め事も、小学校時代のようにはさばけないことを悩んでいました。しかしそんな話はいっさい家に持ち帰ることはありませんでした。楽しい話、明るい話題、それだけを玄関から家の中に入れることに決めていました。


父親が仕事上の苦労話は、家庭に持ちこまないと決心していたのと同じようにです。家であんなに明るいW子さんが、学校では解決できない重荷を抱えるようになっていきました。


そしてどうにもならなくなったとき、頭痛が始まったのです。わたしはある研究会でW子さんの経過を話して、助言を受けることにしました。そこで聞かされたのは、考えてみると当然のことでした。「この父親が陥っている苦しさは、一般化できる内容です。


頭痛を訴える娘を見て、なにか原因があるに違いないと、それを突き止めようと思うのは親として当然です。複数の医療機関で受診しているのも賢明です。ただその後の対応に、少し誤解があると思います。


医学だけではなく、この世の事象はすべてそうですが、絶対を求めても応えてはくれません。可能な限りの方法で精査して、現在の技術で知りうる点までたどり着いたら、そこから後は親の仕事なのです。


ちまり残る一、二パーセントのリスクは親が引き受けなければならないのです。そこは他人や技術に頼る領域ではないことを、ぜひお父さんに伝えてあげてください」


後日、父親にこの話をしたところ、黙って聞いていました。これを受けてわたしは、『家族みんなが、それぞれの場で抱えた困りごとを家に持ち帰って話す』、こんな課題を提案しました。


それは今まで父親が思い描いていた理想的な家庭メニューにはないものでした。しかし本気で幸せな家庭を作りたいと願っていた父親が、これを実行に移すのにそれほど時間はかかりませんでした。


W子さんの頭痛は、家族みんなが頭痛の種のひとつやふたつは持っているものだと承知し合うようになるのと重なるように自然に消えていきました。



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