人間関係の希薄化とひきこもりの自己愛
ホーム > 人間関係の希薄化とひきこもりの自己愛

人間関係の希薄化とひきこもりの自己愛

2020年05月14日(木)8:10 AM

ひきこもりの人は、確かに外の世界との人間的な交流を断っています。しかし、彼らはどうして自分がこうなってしまったのかわからず、とまどっています。だから、ひきこもりの人は自ら望んで人間関係から身を引いているわけではありません。




ほんとうは、理解できる仲間を強く求めています。現代は、隣人のことはなにも知らないという近所づき合いの減少が指摘されるように、社会全体として他人には無関心になっている傾向があります。




また、若者たちがメールのやりとりを頻繁にして仲間作りに熱心な一方で、ほんとうに心を許せる友人はいないと訴えることも多いようです。




このように、一見多くの友人に囲まれているように見えても、実際は親友がいなくて寂しいというような、深い人間関係を築くことに臆病になっているように思えます。




現代の若者たちの傾向としては、基本的には他人に無関心で、仲間はできるだけ多いほうがよくて、そのためにあらゆる努力を惜しみません。




でも、自分の心の中に踏み込まれるのは不安が大きいのです。その一方で、そのことをとても寂しく感じている、ということになるでしょう。では、ひきこもりの人はどうでしょうか。ひきこもりの人は、おおむね仲間をたくさん作る事は苦手です。




適度な関係を保って多くの人と付き合うことはできません。仲間がたくさんいたほうがいいという価値観の中では、苦しく感じると思われます。




ひきこもりの人は、自分のことを理解してほしいという感情が強いという印象があります。




これは、現代の若者が深い付き合いを「面倒だ」と考え、相手の心の深いところに踏み込むことを避けているという風潮とはまったく相容れません。




このようなひきこもりの人と同じような心の傾向を持った若者は、いつの時代も一定数はいると考えられます。したがって、現代の若者の風潮がこのような思考の人を生きにくくさせ、ひきこもりの人を増加させているとわたしは考えています。




ひきこもりの人は、社会生活を営むうえでの適切な自我の発達に向けての現実的な努力を遂行できず、もっと個人的ないわば独りよがりな、自分はなんでもできるのだという、幻想的な万能的自己愛に覆われた世界に生きています。




そして、そこから出ることをひどく恐れて、外の世界との交流を断つということが見られます。もちろん、すべてのひきこもりの人がそうであると言っているのではないのですが、多くのひきこもりの人が当てはまる部分があると思います。




たとえば、大学受験で三年浪人していたわたしの友人のように、一人こもって生活をしているとどうしても懐疑的、妄想的となることは避けられないと考えられます。




そして、この事態は自己が崩壊する危機にさらされているといっていいでしょう。だから、この危機を防衛するためには、自らの自己価値観を高めずにはおれないはずです。そして、その必然の結果として自己愛というべき現象に至るのではないでしょうか。




つまり、長年自分自身だけの殻にひきこもっていると、病的な自己の出現を防衛するためには、自己への評価を高めねばならず、結果としてひきこもりの人には自己愛という言葉が冠せられてしまうとわたしは考えるのです。




わたしは、ひきこもりの自己愛は必然の現象であると考えています。



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援