ひきこもりと人並みの生活~ある家族の事例~
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ひきこもりと人並みの生活~ある家族の事例~

2020年05月12日(火)5:13 PM

我が子のことを案じて相談室に訪れる親が、よく口にする言葉が次のようなものです。「せめて『世間並み』の人間になってくれたら、それでいいんです。親だってそんなに特別に偉い人間ではありませんから。




自分で生活できる分を、稼いで食べていけたらそれで十分です」ところが、この『世間並み』が、親の価値観や抱える生活状況によってまちまちであり、子供との間に悲しい火種となることがよくあります。




まして、年金生活の老いたる親にしてみると、子供の年齢が高ければ高いほど、その子の将来が不安になってくるのはしかたのないことです。




親としてはいたたまれない気持ちになるのも当然だと思います。不安を抱えたまま、この子の将来を案じれば案じるほど、自分の子育てに悔しさや後悔が募り、同時に自分自身を恨めしく思うからです。




そうしたあせりが子を嘆き、叱咤してしまうことになるのです。Eさん(30歳)が父親と母親に連れられて相談室にやって来ました。




母親からは前日にあらかじめ、相談の趣旨は受けていました。「30歳を過ぎても、家に引きこもっている息子を抱えて困っています。人とうまく協調して仕事をしていくことができないので、そちらで支援してもらって、早く一人前の人間にしてほしい」というのが、母親の相談の目的でした。母親の心配ぶりを察すると、きっとEさん自身も悩んでいるに違いないと感じました。




しかし、実際にEさんを目の前にすると、母親の懇願とは違い、少し太って、大柄でこぎれいな感じです。優しさをにじませる言葉遣いですし、ちょっと意外な感じがしました。「あと、お姉さんが一人でしたね。みなさん同居されているんですか?」わたしは仕方なくついてきた、という感じの父親に尋ねてみました。




「姉にも自活してもらいたいので、昨年から都内で一人暮らしをさせています。息子はわたしたちが以前に住んでいた家に残っています。そしてわたしと妻は退職金で建てた家に二人で住んでいます」




妻である母親の顔をうかがいつつ、父親はわたしの質問に答えてくれました。ただ母親の表情からは、父親の物言いになんとなく物足りなさを感じているようで、父親に主体性を求めているように見えました。




すると、父親があらためて話し始めました。「それで息子の住んでいる借家も取り壊しになるので、この機会に姉のように息子もしっかりと働いて、自立して欲しくて・・・・」するとEさんは、母親のうなずきを確認するやいなや、憮然と父親の話に口を挟んだのです。




「しているよ。僕は何も親から援助を受けていないし、月十万円は稼いでいるし、貯金だってあるんだよ」「月十万円じゃ、世間並みに食べていけないって言っているんだよ。アパートを借りたらどうやって食べていくの?」母親はいらだちそうな気持ちを抑えて、たしなめるようにEさんに返事をしました。




彼はそれにさらに反論しました。「家賃を払うから、お母さんとお父さんのところに住んで、仕事をすればいいだろう。お姉ちゃんだってそうやって住んでいたじゃないか」Eさんは理解を示そうとする父親のほうを向いて母親を無視して、話し続けました。




「だから、おまえのやっているような仕事はふつうの人間がやることじゃないんだよ。汗もかかないで机と椅子とインターネットかなんか知らないが、それがあれば、金が儲かるなんて・・・・。




だいたい、おまえはいいアルバイトについてもすぐに人間関係が嫌だと言って、やめてしまうじゃないか。高校、大学、それからずっとそんなことばかり言って、結局は働かないで、家の中にいて・・・・」叱りつける母親の顔に、Eさんの視線は動き、険しい表情になると彼はこう言いました。




「だから、何度も言ってきたじゃないか、これがやっと僕が見つけた仕事なんだって。食費だってみんな自分で出してやっているよ。それも週に一回、親のところで食べるごちそうがいけないの?」




一瞬、母親はひるみましたが、何か深い思いをEさんに伝えるかのように、身を乗り出しました。そして、力なく話しかけたのです。「外出もほとんどしていない。昼夜逆転の生活・・・・。30歳にもなって読む本といったらマンガだけ・・・。




こんな生活でおまえは、本当に満足しているの?わざわざおまえを借家に残して、親子離ればなれで暮らしてきた親の気持ちが、まったくおまえにはわかっていないね・・・・」




Eさんへの、母親の悲しみをこめた訴えが、面接室に重苦しい雰囲気を生み出していきました。そのとき、Eさんがぼそり、とそれでいて力強くいった言葉が次のつぶやきでした。




「じゃあ、お母さんはどれだけ、僕の気持ちをわかっているの」Eさんは首をわずかに横に振ると、ため息をつきました。そして話すことをあきらめるような様子を見せましたが、踏みとどまって思いを語りました。




「満足するもしないも、これが僕のできる最高の生活なんだ。お母さんから見たら、自立にはほど遠いかもしれない。世間並みじゃないかもしれない。だから、僕は恋愛も結婚もまったく考えていないよ。親には世間並みの親孝行ができないことが悪いなって、思っているよ。僕は他の人のように人間関係をうまくやっていけないんだから、それなりに贅沢も慎んでいるよ」




わたしは、Eさんのいじらしさに思わず母親に苦言を呈してしまいました。それは、母親の心の中でくすぶり続ける不安と焦りの火種を消す意味もありました。「お母さん、Eさんは十分に親孝行ですよ」すると母親は涙声になり、こう言いました。




「この子は、小さい頃から優しすぎて・・・・。もう少し意地がほしいんです。わたしは、そこがつらくて厳しく、厳しく育ててきたはずなのに・・・・」




母親の声を聞いて、Eさんがゆっくりとこんなふうに答えました。「お母さんも、お父さんも、僕のことに疲れているんだよ。僕の将来のことは考えなくてもいいから・・・・。僕自身にも、親のことまで考える余裕がないから、冷たい言い方かもしれないけど、僕は僕の『背丈』で生きていくから・・・・。これ以上、世間並みを期待しないでほしいんだ」胸のつかえが取れたように、Eさんはアパートに入るのか、同居するのかで、急に焦りだしていました。




そして父親が、母親に遠慮することなく、胸を張るようにして方向を示す一言を伝えたのです。「よし、いっしょに住もう。でもな、お互いに生活の仕方も違う慣れない親子だから、気長にやろうな」




Eさんは、少しうれしそうでした。そしてこんな返事をしたのです。彼流のジョークのようでした。「僕とお父さんが仲良くなれば、きっとお母さんも怒りっぽくなくなるよ」母親は微笑み話すEさんに、少し肩を落としつつも、苦笑いでその場を乗り越えていました。



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