言葉だけでは本心は語れない~中学3年生チック症のケース
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言葉だけでは本心は語れない~中学3年生チック症のケース

2020年05月12日(火)8:05 AM

母親から「この子は小さい頃から無口でした」と事前に言われていたとおりのA君との面接の話です。予定の面接時間です。しかし、数回彼との面接を重ねましたが、彼はほとんど毎回、しゃべることはありませんでした。


いや、一度、はっきりと彼の声を聞いたことがあります。それは、「話さないと、カウンセリングしてもらえないのですか」というものでした。


その声を聞いたのは、三回目の面接だったと思います。いつもこちらからの一方的な語りかけだったので、さすがに心配になり、わたしは嫌われている不安を抱えきれなくなって、彼にこう聞いたのです。「僕じゃ、話しにくいかな?」その返事が先の一言だったのです。意外にもしっかりとした口調でした。


それは、「いままでの話は、しっかり聞いているよ」とのメッセージのようにも受け取れました。わたしはこのとき「沈黙の対話」を骨身にこたえるほど教えてもらった気がします。


言葉を聞くのではなく、気持ちを聴くことの奥深い学びでした。人は誰も思ったことを素直に、言葉で表現できるとは限りません。しかし、思っている感情はなんとかして相手に伝えたい、言葉で無理ならば、態度でも示そうとします。


しかし、その態度もうまく表現できなかったら・・・・。沈黙で相手に気持ちを伝えるしかないのです。わたしたちは、言葉によるコミュニケーションに慣れきってはいないでしょうか。


「言いたいことがあったら、はっきり言ったらどうだ」「自分の意見を言えないやつは、落ちこぼれだ」などと、言える人は口が達者だからです。口が達者だから、「口優先」を述べたがるのです。肉体派なら、さしずめ「口で言ってもわからなかったら、体に聞かせる」となるのではないでしょうか。


人間は、結局は得意分野で勝負したがるものです。したがって、相手を理解しようとする場合でも、相手に理解させようとする場合でも、自分の得意分野で行うのが一般的だと思います。でも、誰でも思ったことを素直に表現できるとは限りません。周囲から見れば、それはもどかしく映ります。


語る言葉によって、コミュニケーションを作ることを当然と思っていると、言葉を作れない相手に対しては、とかく理解不足に陥ります。あるいは無頓着になってしまいます。それは、親にしても同じです。わが子がふがいなく見えるし、情けなくも思えます。


そうした苛立ちが、ますます当の子供を不安にしてしまいます。親を保護者として頼りにせざるを得ない子供にとって、それはむごいことです。A君は中学3年生です。母親から見ても、「まじめで、勉強も運動もできる子」でした。


また、無口ですが、「よく気が利く神経の細かい、頭の切れる子」でもありました。それもあって、母親はA君が小学校の低学年の頃から、チックを起こすことが気になっていました。病院で受診もしてみたのですが、おとなしいA君の性格も手伝ってか、医師の問いかけに答えられませんでした。


医師は、そうしたA君の態度を見て、こう言いました。「自信がつくようになれば、自然に治りますよ。気にしないで、お母さん、子供をいっぱい褒めてあげてください」その言葉に、母親は安心しました。その安心感を確かにするように、A君の成績はグングン伸びていきました。


チックも気にならなくなった母親は、A君が小学校五年生になると、世間並みの母親のように、口やかましくA君に言い始めるようになりました。すると、A君は登校を渋るようになってしまったのです。担任は、「泣いてもいいから、家から出しなさい」と母親に言いました。


母親は担任の言葉に従って、A君を家から送り出していました。母親は、A君が以前のように無口になり、言葉によるコミュニケーションを取らないことに気がつかなかったようです。


成績がいいばかりに、母親はそれだけで安心していたようです。無口になってしまった理由を、A君は、面接室でこんなふうに語ってくれました。「話さないのは、理由がないからじゃなかった。順序立てたり、一つに決められないから、グズグズして話せなかった」


やがてA君は中学生になります。そのころ、A君は首や肩にチックの症状が再び現れるようになりました。さすがに心配した母親は、父親に相談したものの、そのしぐさが売れっ子テレビタレントのしぐさに似ていたので、父親は「気にしすぎだよ」と、一笑にふしてしまったのです。


父親にはA君の無口も、またチックの症状も気にはならなかったようです。母親の心配は増していきました。ときどき2歳下の妹をA君がからかうことがありました。


でも、そういうふざけにしても、妹から「冗談でも、そんなに強く叩いたら、痛いじゃないの」と反論されました。A君はそんな反論を聞いても、戸惑いながらニヤニヤして生返事をするだけでした。


中学2年になると、小学校時代からの親友との交流もなくなってしまいました。そのことを母親がA君に尋ねると、A君は首や肩にチックの症状を現すだけでした。さらに母親が返事を求めると、顔面が引きつってきました。母親はそんなA君を見て、それ以上問いただすことをやめたのです。


そんなある日、中学校の女性担任から、「実はA君にクラスの何人かがいじめられているんです。それで、他のみんなはA君を仲間はずれにしてしまったというのです。A君、最近何か変わったことがありませんでしたか?」という内容でした。


母親は担任から「親のしつけ」を問い詰められているようで、孤立感を募らせたといいます。その夜、父親に相談することなく、母親はA君に真意をそっと尋ねました。すると、A君はこんなふうに言いました。


「親には関係ない。担任にも関係ない。俺の気持ちなんか、誰もわからない。仲間はずれにすればいいんだ。それでクラスがまとまるなら・・・・」母親は、A君の多弁に驚きました。いじめの心配よりも喜びがわいてきました。


「話そうと思えば、こんなふうにちゃんと話せる子なんだ」と安堵感が胸いっぱいに広がってくるのを感じたのです。しかしA君は、それだけ言い切ると、二階の自室に上がってしまってそれ以上、母親に語ることはありませんでした。


翌日、A君は朝食をとると、いったん部屋に戻り、登校時間が過ぎても出かけようとはしませんでした。夕方、担任が「事実確認」のために家にやって来ました。担任は玄関先で、きわめて事務的にA君と接したのです。


「A君、先にあなたがいつも何も言わずに、手を出していたの?」A君はその言葉を聞くと、首と肩に激しいチックの症状が現れました。母親はそれを見て、A君と担任の間に割って入りました。


「先生、Aはとても緊張しています。ちょっと待ってください。そんなに詰め寄らないで、ゆっくりと子供の話を聞いてください」母親はA君をいたわるような視線を投げかけて、A君に言葉を促しました。「きのう、お母さんに話してくれたことを、もう少し詳しく話してちょうだい」


A君の首や肩が激しく揺れ始めました。それな何かを語っているように、母親には思えました。担任の苛立つ問いかけに、A君がうなずきました。「そう、やっぱりそうだったのね。


わかったわ。先生もすっきりしたわ。それならA君も、友達がいじめてしまった気持ちがわかるわよね」母親はこの瞬間、A君が「けいれん」にまでなって相手に伝えようとしている意味が、おぼろげながらわかってきたのです。


それは、A君が妹に対して抱いた愛着のメッセージが強ければ強いほど、言葉に窮して照れ隠しを込めた「暴力」になってしまう、その心に通じるものでした。


チックやけいれんは、触れ合いたいという心の叫びでもあったのです。母親はそのことに気がついたのです。担任は「事実確認」をすると、一人納得して帰っていきました。すると、A君は絶叫するかのようにして、二階へ駆け上がりました。


「そんなんじゃない、全部が嘘だ。どいつもこいつも言葉ばかり信じて、頼って、舌を切ってしまうほど努力しても、言葉で表現できない俺の苦しさなんか、誰もわかってくれないんだ!」母親は部屋の壁を素手で叩き続けるA君を見て、言葉に頼って彼と接してきたこれまでを口惜しく思いました。


語っているのは、言葉だけではないのです。震える手先から、どんな思いが聞えてくるかです。



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