夢と日常の狭間で
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夢と日常の狭間で

2020年05月03日(日)12:45 AM

わたしはかつて、毎年夏に大井川(静岡県)の上流で、相談者とスタッフとでキャンプを実施していたことがあります。その年も、盆明けの4日間、恒例の行事を楽しんでいました。




その清流と茶畑と緑豊かな山々を眺め、また、夜、ひとりでつり橋にたたずみ、満天の星を見上げていると、猛暑の中で出会った子どもたち一人ひとりの顔が浮かんできます。




変わらぬ日常に節目をつけ、新鮮な自分とふたたび出会いたいと参加してくれたその願いはかなえられたのでしょうか。不登校のAさんは、「いつも昼夜逆転の生活で、6時起床がこんなにもすがすがしいとは思いませんでした」と、最終日に別れの感想を述べてくれました。




ひきこもりがちだった生活から改めて大学を目指し、職業の選択もかすかに見えてきたBさんは、「久しぶりに自分の電池が切れるほど、楽しい体験をしました」と、日焼けした顔に笑みを浮かべていました。




有名国立大学に入ったばかりに、その肩書きが自分らしさを狂わせてしまったというCさんは、いつも物事をシリアスに見がちになり、人間の不純さばかりが気になるといいます。




でも、この4日間、同世代の多様な人生と交わり、24時間付き合うことで、「人にはいいところがあることもわかりました。悪いところもすべてひっくるめ、いいところを見ていこうと思いました」と語ってくれました。




勤めはじめた工場の仕事の段取りをつけ、1日だけ参加した中学浪人だったDさんは、前年と違って顔はひきしまり、つりあがっていた目には、穏やかさが宿っていました。




「人って、1年1年いろいろな体験をして、成長しているんですね」内気で口数の少ないEさん(28歳)は、子どものころから自分の気持ちがうまく伝えられず、教室にいても、とかくひとりでいることが多かったといいます。




自らの弱点を友達から指摘されるたびに、心に鍵をかけていったようです。高校生になると、自分を表現できる音楽に夢を託しました。「ミュージシャンになりたい」という気持ちを、大切な宝として心の中で守りました。




ところが、就職先の楽器店で、彼の夢は淡く消えていきました。「そんな小さな声でボソボソ挨拶していたら、お客さんは暗くなり、逃げていってしまうじゃないか。もっと大きな声でハキハキと言え」上司の一言に、心も体もロボットのようにぎこちなくなってしまいました。そして、転職しました。




「いつまでも家でゴロゴロしていないで働け」両親の励ましも、Eさんには心を傷つける言葉となって突き刺さりました。24歳のある日、Eさんは自らひきこもることを選び、自室に閉じこもって、両親との会話も絶ちました。




28歳のEさんの前途を心配した年金生活者の両親は、関東自立就労支援センターを訪ねると、懇願しました。「せめて、この子の笑顔をもう一度見たい」と。




数か月後、Eさんは音楽を愛する相談室の若者達に心を開き、「忘れていた恋もできた」とわたしに洩らしてくれました「ミュージシャンになりたい」




彼は日ごとに小さな空間で夢を弾き、夢を語りました。そして、この年のキャンプに参加していました。こんないきさつのEさんでしたが、キャンプ場では宿舎の片隅で両足をかかえ、ふさぎこむことが多かったです。




気にしたわたしがさりげなく彼の脇に寝転んだときでした。「助けて!」大柄なEさんがわたしの胸に飛び込んできました。「働いてほしい」という両親の心情を思い、28歳という年齢の重みが、再起を期した夢を打ち砕いていくようでした。




キャンプから数ヶ月、Eさんの葛藤は焦りを生み、眠れぬ日々が続きました。そして、年明けの1月半ば、Eさんは自ら永遠の眠りにつきました。「夢だけは捨てないでください」キャンプ場で仲間に語ったEさんの言葉が、大井川のせせらぎとともに、いまもわたしの耳に聞こえてきます。



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団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援