ひきこもり克服のための戦略
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ひきこもり克服のための戦略

2020年04月30日(木)6:37 PM

都内のひきこもりの自助グループを立ち上げたメンバーの一人であるAさん(29歳)の体験を書いてみたいと思います。彼は大学生のときにひきこもり状態になりますが、そのとき、ひきこもりについての本を読み、「自分は、ひきこもりなのだ」と自覚することで、助けを外に求める決意ができたといいます。


そして、外に出ることは恐ろしくてたまらなかったが、今出ないと、もう出るチャンスはあと何年もこないだろう、たぶん3年先、5年先になってしまうだろうという実感がなによりも強く、「今、出なければ」という思いを後押ししていた、と語っています。


このような話は、他のひきこもり体験者からも聞いたことがあります。つまり、出られる時期とかタイミングがあるのです。それはもしかすると、何年かに一度しかめぐってこないのかもしれません。しかも、そのときに外からのサポートが充分でないと、またその動きは止まってしまうかもしれません。


親や支援者等の周囲の者がついやってしまうこととして、そのタイミングを充分に計らずにとりあえず引き出してしまおうとする動きがあるのではないかと思います。底のほうでじっとしている金魚をいくらすくいあげようとしても、網が破けるだけです。


何年かに一度、その金魚が水面近くに浮かび上がってきたときに、タイミングよく網を差し出せば、無理なくすくいあげることができるでしょう。ひきこもりの場合も時期の見計らいが重要です。


もちろん、長いひきこもりから抜け出して、もう一度外の世界へ踏み出す恐怖は、ほんとうに強いものがあると思います。あるひきこもりの経験者は、わたしに以下のようにはなしてくれたことがあります。


実家でのひきこもり生活を家出同然の形で抜け出して、数年ぶりに外の世界に出たとき、あまりの不安と恐怖から地面に足がついた気がしないで、まるで地面の3センチ上あたりをふわふわと漂っているような感じだったと話してくれました。


恐怖や不安を打ち破ってまで、外の世界に出ようとする決意は、どのように生まれるのでしょうか。なにが、そこにいれば少なくとも餓死することのない、自分の体温のぬくもりに満ちた場所から、人を旅立たせることができるのでしょうか。


まだまだ多くのひきこもりの人たちにとっては、それはまるで弾丸の飛び交う戦場に突撃するかのような、悲壮な決意に満ちたものであるようです。でも、とりあえず、山を下りる途中に、峠の茶屋があって、そこで仲間たちが待っているという状況があればどうでしょう。


もう少し、出やすくなるのではないでしょうか。わたしたちにまず当面できることは、身近なところにこのような峠の茶屋のような場を少しずつ増やしていくことだと思っています。


10年くらい前から、ひきこもりの自助グループが全国各地で立ち上がってきています。また、ひきこもりの人たちのたまり場やフリースペースなどもあちこちで活動をしています。


まずはすぐに里に下りて、仕事をする、金を稼ぐではなくて、そういう山と里を結ぶ中間の居場所に集まることを目標にしてもらいたいと思います。そして、しばらくそこで仲間たちとうだうだやっているうちに、そこからなにか次のおもしろい動きが出てくるのではないかと思います。


ひきこもりの問題とは、豊かな社会の中で生きる若者たちのイニシエーションの問題であり、また「考える人」の時期にいる人たちが、「行動する人」中心の社会の中で、どのように生き延びていくのかという問題ではないかと思います。


どうやらこういう大量のひきこもりの人たちが社会現象化しているのは日本だけのようで、この点では日本は世界の先進を行っているのかもしれません。(近年では韓国や中国でも増加しているといわれています)


欧米の社会ではどうかわかりませんが、豊かになってきた東アジアや東南アジアの地域では、これからきっと増えてくる問題だと思います。そういう点でも、いまわたしたちがきちんとこの問題に対応していくことは、今後、その他の国に対しても大きな手助けになるはずです。


ひきこもりを生み出す日本の社会を、自立を求めない社会だという批判もあるようですが、それは良い面、悪い面どちらもあると思います。これは推測ですが、欧米でもひきこもり的な心性を持った人たちや「考える人たち」は一定数いると思います。


しかし、自立や競争をなにより重んじる社会が、そういう人たちをばっさりと切り捨てているのではないかと感じます。そういう若者たちは自殺したり、ホームレスになったり、犯罪者に転落したり、あるいは「ひきこもり」よりももっと心理的に困難な病理に陥ったりしているのではないでしょうか。


ひきこもりとは、生きにくさを抱えた人たちの生存のための戦略であるのかもしれません。わたしは、ひきこもっている人たちに、ひきこもりながらも、まずは3つの戦略的な目標を持っていってもらいたいと思っています。


1.生きのびること


これが、なにより大切です。多くの場合、ひきこもることは自分を守ることですから、不登校になること、ひきこもるという状況を「自分を守るためである」と認識して、周囲からどういわれようと、けっして恥じないでいてもらいたいと思います。それを自分の現実の姿として、ごまかすことなくしっかり受け入れましょう。


みんなと同じようにがんばって、はなばなしく討ち死にすることなく、みっともなくてもいいから、まずは生き延びてください。必要以上の自責感は有害でしかないので、どこかで開き直って生きていってほしいと思います。


2.つながること


ひきこもりは、仲間といっしょにできることだと思います。同じ波長を持った人たち、傷つけることなく尊重してくれる仲間がきっとどこかにいます。そういう人たちとつながりながら、ともに、ひきこもりの作業をやることができるはずです。


失敗感でやけになる、取り返しがつかないと自分を追い込む、こんな状況になっているのは自分ひとりではないかと絶望する・・・・これらは、すべて孤立していることが原因です。そうやって必要以上に自分を追い込まないためにも、仲間や理解者の存在が必要です。


ひきこもりながらもつながっていく方法としては、ひきこもりの人たちのフリースペースや自助グループに参加する、参加できないまでも手紙やメールでやりとりするなどがあります。


互いにつながりあいながら、ともに支えあうことができるはずです。もし、精神科医やカウンセラーにかかることに意味があるとすれば、やはり孤立しないこと、理解者を得るということでしょう。治療というよりも、あくまで人間としての出会いがあるかどうかが大切です。


なかには、断罪しようとする医師やカウンセラーもいないわけではありません。そう感じたら、さらに傷つかないためにさっさと逃げるのが一番です。やみくもに、外に出ようとするのではなく、自分の波長に合った人や場を見つけていくこと、そこに徐々になじんでいくことが大切です。


3.自分の持ち味を磨くこと


これは何度でも強調したいことですが、ひきこもっている人は、自分はだめな人間だと思い込まされているいるかもしれないということです。しかもそれは、しばしば周囲からの押しつけであることが多いようです。じつは自分でだめだと思っているところ、変えたいと思っているところこそ、本来の持ち味であり、宝物なのだということはあまり知られていません。


気の弱さ、内気さ、暗さ、要領の悪さ、ドン臭さ、自己主張のへたさ、人と打ち解けた関係を作ることのへたさ・・・・・など、そういう特性を「自分のだめなところだから、変えなくてはいけない」と、いつもがんばってきたのではないでしょうか。


でも、そうやって自分を変えよう変えようとするかぎり、いつまでたっても自分自身を否定し続けるだけです。その人の持ち味はそこにあるのですから、それをいくらみんなと違うからといって変えようとする限り、いつまでたっても誰かを演じ、誰かのふりをしていなければならないのです。


しょせん、それは無理で無駄な作業です。そうしているかぎり、いつまでも本来の自分自身を受け入れられません。そういう無駄な努力は、きっぱりとやめましょう。そして、あなたの持ち味である、弱さや鈍さや暗さをもっと磨いていきましょう。


いくら耳に心地よいからといって涼やかな西洋風の鐘の音のまねをするのではなく、自分自身にしたがうことで、きっと、あの除夜の鐘のような重く低く重厚な鐘の音を響かせることができるはずです。それがあなたの本来の持ち味なのですから。人は、本来の持ち味を出すことでその存在感がほかの人たちにとってもたしかなものになります。


一人ひとりがそれぞれ異なった持ち味を出している、そういうあなたやわたしのいる世界はいいものではないですか。自分らしくあるというのは、何をするか、どんな仕事に就いているか、そういうことよりもよっぽど大切なことではありませんか。


「そうやって自分の持ち味を発揮するうちに、きっとその人に合った仕事や役割も見つかってくるのではないか」そう、わたしは今、楽観的に考えています。



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