対人不安、不登校、ひきこもり、家庭内暴力、それぞれのケース
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対人不安、不登校、ひきこもり、家庭内暴力、それぞれのケース

2020年04月27日(月)7:03 AM

「僕は人嫌いではありませんが、人と付きあっていくことに自信が持てないんです。誤解されないように、傷つけないようにと考え込んでしまい、どこでどうふるまったらいいのか、間がとれないんです。




だから、人の輪の中にいても極端にアップして近づいたり、反対に少しでも不思議な顔をされると不安になり、その場から逃げてしまうんです。こんな自分に疲れてしまい、ひとりでいてもおかしくない勉強に逃げ込んで大学まできました。




勉強には人間関係は不要でした。考えてみると、勉強で自己防衛していたんです。でも、大学を卒業すると、就職しなければなりませんよね。勉強という逃げ道がなくなってしまい、昨年から気がふさぐ毎日でした。だから、就職先が決まってもまったく意欲がわいてきませんでした」




希望に胸をふくらませ、旅立つ春を迎える時期になると、必ずと言っていいほど、このような就職不安の悩みを抱えた親子の相談が増えてきます。




上司や同期生と気軽に挨拶も交流もできず、とまどいを重ねてきたAさん(22歳)は、新入社員研修一週間目で退職してしまいました。Aさんは、「わがままな母と婿養子で口数の少ない父親、山と畑仕事しか知らない祖父母」に囲まれて成長しました。




家族の一人ひとりはやさしかったようですが、話を始めると互いに感情的になってしまいます。そのため、Aさんはずっと大人の「ふきげんという暴力」に緊張を強いられてきました。




そんな毎日が、彼を必要以上に人目を気にする子どもにし、対立に対する恐怖心を増幅させていきました。そんなAさんは、「いい子」を演じることで、かろうじて人の中で漂うことができました。




「僕は大人になるにつれて、自分の感情を素直に出すことができなくなり、かたぶつな男と見られるようになったんです」偏差値教育の「エリート」が、人間関係の「落ちこぼれ」になってしまったのです。Aさんはそんな自分を受容し、「人なれ」することから、再出発を試みようとしています。




達成感に大小はない




「十五歳のこの一年は、僕にとって本当に長いものでした。しばらく忘れていた達成感をやっと取りもどすことができた気がします」中学の三年間、ほとんど登校せず、「形式卒業」後、通信制高校に入学しました。




そして、二年生に進級することになったBさん(16歳)は照れくさそうにほほえむと、成績表を差し出しました。Bさんが運に見放され、孤独な身になったのは、中学に入学した日からでした。




「校舎に張り出されたクラス分けの表を見て、僕は目の前が真っ白になりました。小学校のときに友達だった子の名前が一人もいないんです。いっしょに見ていた幼なじみも隣からいなくなり、ほかの友達と張り紙を見て、肩を組んで喜んでいるんです。その瞬間、これからはじまる中学生活への不安が沸き起こってきたんです」




Bさんは突然、声をかけあう友達もいなくなり、一人で教室に入りました。はにかみ屋の彼は盛り上がる歓声に、教室からはじき飛ばされそうになったといいます。担任の先生の大声に誘導され、教室から入学式会場の体育館に移動すると整列しました。




「そのとき、同じ学生服なのに、みんなが立派な大人に見えました。体育館中に鳴り響く拍手とマイウェイの曲に迎えられ入場すると、ぼくはもう子どもじゃない、大人になれと迫られている感じがしました」




片隅に腰掛けている母親と目が合いました。「お母さん、ごめん。僕はこの学校の生徒にはなれないかもしれない」Bさんは心の中でつぶやきました。一同起立、礼の号令、大声で「君が代」を歌う教師、すべてが小学校と違って思えました。入学確認のとき、気後れを心配して、全身の力をふりしぼって「ハイ」と返事をしました。




ところが緊張のあまり声が裏返ってしまいました。そのことをあざわらわれると、Bさんは力尽きてしまいました。「通信制高校は成績が甘いというけれど、5には変わりありませんよね」四年ぶりに手にする評価に、Bさんの顔がやわらいでいました。教育は、希望を与えるためのものであって、けっして絶望を与えるためのものではないはずです。




逃げなかった父親




「入っていいんだよ、お父さん。こんな僕でも、お父さんが心配してくれているという証がほしかっただけなんだ」Cさん(21歳)は心の中でつぶやくと、立ち去ろうとする父親にその気持ちを伝えるかのように、家の玄関の鍵を開けました。




父親を拒絶し、母親と二人で「籠城」してから三回目の「父の日」を迎えたその日、Cさんの張りのある電話の声に、梅雨のうっとうしさをしばし忘れて耳を傾けました。父親に万歩計をプレゼントしたのだといいます。Cさんは口数の少ないおとなしい子で、「手のかからない育てやすい子ども」でした。




中学教員の父親は、「無口で、NHKしか見たことがないことを誇りにしている」ような人でした。母親は父親と祖母に遠慮しながら看護師の仕事を続けていました。外からみたら、穏やかそのものの家庭でしたが、家族全員が父親の不機嫌という暴力に堪えていたからだったとCさんは述懐しています。




父親は、機嫌を損ねると、一週間でも平気で口をきかなくなるような人だったようです。Cさんは父親の転勤の関係で、中学時代をいわゆる僻地校で過ごしました。父親は街に出ては山のように問題集を買い集め、早朝からCさんを特訓しました。




あくびをしたりすると、容赦なく怒鳴られました。高校は進学校で、「友達はライバルになりました。その孤独を勉強でまぎらわすには、実力が足りませんでした」と彼は言います。




高校二年の冬、成績評価をする父親を見て、「長年にわたって抑えていた感情が音をたててわきあがってきた」と言います。Cさんの手は、父親の首を締め上げていました。教育書を読みあさっても、Cさんとの関係が行き詰まったままの父親は、妹を連れて祖母の家に「避難」しました。




Cさんは高校を中退し、母親を「奴隷」にすると、玄関に鍵をかけました。「わたしはもの心がついたころ、すでに父親がなく、自分は父親らしくしようと無理にかたぶつになっていたんです」




二年前の面接で、父親はそんな弱音をはいていました。そして、以来、毎日のように、母親に何かの用事を伝えるという口実で「我が家」を訪ねました。そして、三回目の父の日、Cさんは自分から父親を迎い入れたのです。Cさんは電話口でわたしに言いました。「逃げないで近づいてきた父親に安心したんです」と。



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