両親の「自主性の尊重」と不登校
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両親の「自主性の尊重」と不登校

2020年04月26日(日)3:48 PM



Aさん(18歳)は、姉の不登校をクラスメートから吹聴され、中学1年の2学期から、自分も継続的に学校を休むようになりました。




9月末の運動会で「力を出しきりゴール」すると、学校を休み続け、「形式卒業」してから5年が過ぎた今でも外出することもなく、ひとり自室で過ごす毎日です。




父親は中学、母親は高校の教員でした。母親はAさんが小学校に入学したとき、子育ても落ち着き、教育への情熱が沸き起こって、私立高校へ復職しました。




2歳上の姉は感受性が強く、傷つきやすい性格で、中学に入学するとまもなく、クラブ活動の人間関係に疲れ、休み始めるようになりました。本人の「自主性の尊重」を願った両親は、部屋に閉じこもり続ける姉を、3年間見守りました。




Aさんは姉の不登校を気にしながらも、明るさで乗り越えようと思っていましたが、噂は予想以上にしつこく、友達の間を駆け抜けていきました。




夏休みには、声をかけてくれる友達もいませんでした。始業式の日、クラスは夏休みの話題で盛り上がっていましたが、Aさんに群れる場は見つからず、しだいに登校への足を重くさせていきました。




2人の子どもの不登校に困惑した母親の心も揺れました。退職を考えましたが、子どもの「自主性の尊重」ということで、迷いを打ち消しました。高校進学を断念した姉は、寮付きの服飾専門学校に進むと、成績も安定し、友達にも恵まれ、元気を取り戻していきました。




帰省するたびに両親と歓談し、友達を愛称で呼ぶ姉が、Aさんには羨望の的となりました。Aさんは友達の進学、姉の就職を目の当たりにして焦り、いら立ち、置き去り感ばかりが増幅していきました。




あえて何もいわない両親の「自主性の尊重」は、Aさんには不安で心細いものでした。そして、両親と姉の笑いが、18歳を迎えたAさんには非常にうとましいものに思えてきました。




「自分たちのライフスタイルばかりを考えて、俺はどうなるんだ。たまにはエプロン着けて、俺の食事を作ってくれよ。渋谷、新宿、どこでも行って、俺の親と友達を買って来てくれ」




はじめてAさんの人生の瀬戸際のあえぎに、両親は絶句し、顔を伏しました。



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