24歳男性の不登校体験記
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24歳男性の不登校体験記

2020年04月24日(金)1:11 AM




僕が不登校の状態になったのは、中学2年の初めでした。嘔吐することへの恐怖からです。今から考えると、こうなる以前から兆候はあったんです。




小学4、5年生のころから、朝早くに遠出するよう機会があると、必ず気持ちが悪くなっていました。これは嘔吐することへの異常なまでの恐怖が原因です。




なぜこのような恐怖感を抱くようになったのかは定かではないのですが、幼いころの自分やまわりの人たちが嘔吐したときの光景をいまでもよく覚えているのです。




そして、そのことへの嫌悪感が嘔吐する可能性のある環境に身を置くこと(たとえば、車に乗ること)を避けはじめたのです。それは当然、嘔吐する前の状態である「気持ち悪い」ことに対しても、強い拒否反応を示すことになりました。




そして、ちょっとした偶然で気持ちが悪くなると、次からそのときと同じ状況に置かれると「気持ちが悪くなるのではないか」という恐怖感から同じ行動が取れなくなり、二度そのような状況に置かれないために、なるべく避けるようになって、結果的に自分の行動範囲を狭めてしまうという悪循環に陥っていきました。




中学生になり、1年のときには、もうはっきりと前記のような状態が見てとれました。たとえば遠足のとき、朝早くの集合で、案の定、気持ちが悪くなりました。




部活で大会に行くとき、朝早く最寄り駅に集合ということだったのですが、駅まで行ったものの、気持ちが悪くなって帰ってきてしまったこともあります。




不思議なもので、一度行かないと決めると、気持ち悪いのはスーッと治まっていくのです。このときも、その後はふつうどおりに学校に通いました。




中学2年になって1ヶ月ほどたったころ、朝からとても具合が悪い日がありました。どこかに行くとかの状況ではなかったので、ただ単に体調不良ということだと思うのですが、症状は同じ「気持ち悪い」だったので、やはり混乱していたと思います。




学校に着いても治まらず、保健室に行くことになりました。保健室では先生に問診を受けたのですが、そのときのことが忘れられません。その日、ちょうど数学の試験があったのですが、それがいやで仮病をつかっていると疑われたのです。




先生は冗談のつもりだったのかもしれませんが、不安で混乱していた僕には、それを軽く受け流す余裕はありませんでした。「誰がそんなことで仮病なんかつかうもんか」と、苦しい中で思ったのを覚えています。




結局、この日は保健室で休んでいても良くならず、学校を早退しました。そして、この1日の出来事がきっかけとなり、いままでの徐々に積み重なったさまざまなストレスが一気に症状としてはきだされることになったのです。




次の日から、学校へ行きたくても行けない状態におちいりました。朝は必ず気持ちが悪くなりました。いつもどおりに起きて支度をするのですが、気持ちわるいのと妙な緊張がないまぜになって、どうしても行くことができないのです。




この感じは午前中いっぱい続き、午後になるとよくなっていきました。また、親に「今日は学校に行かなくてもいい」と言われると、気持ちが落ち着いたのを覚えています。




その後はこれまで以上に、ちょっとしたことでも敏感に反応し、過度に緊張して気持ちが悪くなるという状態になっていきました。このころは気持ち悪くなることへの不安から起きていること自体が苦痛で、寝るときぐらいにしか安らぎを感じることができませんでした。




また、このことと相まって、学校へ行っていないというのがうしろめたく感じられ、外出するのが恥ずかしくなりました。それと同時に、外出すると気持ちが悪くなるようになり、自宅のベランダに出るのにも異様に緊張してしまうということになり、ひきこもりの状態になっていったのです。




このような状態が5年くらい続いたときに紹介されたのが、A高校です。中学を卒業してすぐ県立の通信制の高校に入ったのですが、スクーリングに行くことができず、やめてしまいました。




しかし、この高校では代替課題をこなすことでスクーリングが免除されるというので決めました。ここでの勉強の中で、ぼくはいくつかの手がかりを見つけたような気がします。




与えられる課題(とくに国語系や社会系の教科)を自分自身の問題にひきつけて考え、答えることで、結果的に自分を見つめることになっていったのです。




そして、3年のときに受けた作文の授業がそれを徹底させました。作文で自分のことについて書くことはほんとうにつらかったのです。ときには、思い出したくないこと、人に言いたくないことを積極的に書いたので、そういうときは、これまでに書いてきたような症状に襲われ、休み休み書いたこともありました。




よく締め切りに遅れたのは、このせいではないと思いますが・・・。とにかく、このことを契機に少しずつ変わっていきました。たとえば、まったくできなかった外出を、毎日少しずつやるようになりました。




それまでも挑戦したことはあったのですが、「今日は昨日よりも一歩でも遠くへ」と思ってやっていて、挫折していたのです。しかし、僕の作文の感想で、先生の「この場合、同じことを続けるのも進歩だと思う」という言葉で楽になり、続くようになりました。




いまはやっと、まだ一駅ですが電車にも乗れるようになりました。また、これまでできることなら隠していたかった自分のことをほかの人に、ときには積極的に話すようになりました。変わってきたといっても、まだふつうに社会生活を送れているというわけではありません。




とりあえずは、これを実現することが一番の目標です。何をどうすればできるのか、よくわかっていないのですが、「これまでできなかったことを少しずつできるようにしていくことが大事なのかな」と思っています。



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