不登校の子どもを抱える父親の告白
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不登校の子どもを抱える父親の告白

2020年04月23日(木)3:18 PM





子どもが不登校を続けて何年にもなり、わたしには出向先の定年退職が刻々と迫っています。にもかかわらず、状況はほとんど進展しないままです。状況が進展しないとは、不登校の息子のことではありません。




周囲にやすらぎや好感を与えるどころか、周囲に緊張を撒き散らしていた物騒な存在であるわたし自身のことです。周囲からそう見られていると気づきはじめたのさえ、じつは最近のことです。




もちろん、家内からは結婚以来、「平気で人を傷つける人」と指摘されてきました。




しかし。わたしはそれも家内のつまらぬ繰り言と決めつけ、意に介さなかったのです。わたしはサラリーマンの家庭で育ったので、日常の父親のなにげない言葉から、一流大学を出て大企業に就職するという目標を持ち始めました。




中学生のころから受験勉強で頭がいっぱいになり、授業が終わると、掃除当番であることも忘れ、一目散に家に帰ってしまうことがありました。そのようなことが重なり、クラスの女生徒からは「がり勉」などと白眼視されました。




しかし、人間関係などを気にしていては目標を達成できないと自分自身に言い聞かせていたような記憶があります。目標達成に向かって、自ら感受性の感度を下げて低空飛行をしていたのです。




やがて大企業に入り、そこでも営業目標達成に向かって全力投球をしてきました。とくに高度経済成長時代には、若いものが体力にまかせてがんばれば、営業目標を達成できたのです。




そこで大企業はこぞって根性と体力のある体育会系の学生を採用しました。彼らは顧客や取引先に無理なことを言われても嫌な顔ひとつせず献身的に応じるため、評判がよく、結果的に営業所の成績も伸びたのです。




体育会系の人を見ていると、彼らも感受性を犠牲にしているようです。どうやら企業には感受性の低い者ばかりが集まって、目標達成を目指しているのかもしれません。




顧客や販売店の都合に合わせて仕事をすれば、早朝から夜遅くまでがんばることが日常的となります。みんなが朝早くから夜遅くまで毎日がんばりましたが、それは上司から命令されたからではなく、営業目標達成を目指して各自が自主的にやっていました。




その結果、自主独立性や合理性は身につきましたが、反面、周囲との人間関係をあまり気にしないでいられるようになったのです。このようにして組織目標達成に貢献すればするほど、感受性は失われてしまったようです。




そして、実績を築くほど、誰もが得意になって、自分は完全な人間だと錯覚してしまうものです。わたしも自分では感受性が強い人間だと思っていたのです。だから、家内から「あなたは感受性がない」と言われても、20年以上も聞き流してきたのです。




ところが、不登校をはじめた子どもがわたしを非難するようになると、我が家の中は突然、、人の気持ちを察しない父親を非難する大合唱になり、わたしにはなにがなんだかさっぱりわからなくなってしまいました。




あたかも、異性人の社会に迷い込んでしまったようです。そのような生活が続いたことで、わたしはやっと自分が人の気持ちを察することに無能だと自覚できたのです。




わたしの感知器は、どうやら結婚したときにはすでに錆びついていたらしいのです。受験、就職で競う、運動部で根性と体力を競う、そして、就職後は企業内で目標達成率を競うのです。




このような他人を打ち負かしたものが評価されるという環境で戦い抜いてきたわたしのような企業戦士は、帰宅しても鉄の鎧を脱がず、刀を帯びたままのじつに物騒な存在だったのです。




親や教師にナイフを向ける子どもが問題になっていますが、子どもはそんな大人を脅威に感じているからではないでしょうか。今にして思えば、息子は企業戦士のわたしに不登校という手段で揺さぶりをかけてきたのだと思います。




そこでわたしははじめて、人間関係を気づかう能力がない自分を発見できたわけです。今のわたしは、残された生涯を感知器の修繕にかけています。おかげで息子もやっと安心してわたしに話しかけるようになってきました。しかし、わたしはまだ対応にとまどうありさまです。



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