ケンカできる夫婦
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ケンカできる夫婦

2020年04月18日(土)4:46 AM



ふがいない、情けない、惨めな自分。そんな状況にある自分を丸ごと、条件なしで肯定してもらえたらどんなに嬉しいでしょうか。





私はそんなみじめな自分を受け入れて、肯定しくれる居場所を安心できる家と呼んでいます。そしてそこにはしっかりと、たがいに向き合い絡み合っていける営みがあります。でも、そこはいつもぬるま湯みたいなところではありません。





時にはケンカをすることもあります。いがみ合い、嫌味、愚痴などもあります。決してクリーンで清らかで、ゴミ一つ落ちていない家ではないのです。そう、人は深くわかりあうために、安心できる家ではときにケンカをすることもあるのです。ケンカをするとは、どういうことでしょうか。





端的に言うと対立です。本音のぶつかり合いです。無理にケンカをする必要はないのですが、言いたいことを胸の内にしまいこむのは、希薄な人間関係になってしまいます。





こうして、生活の積み重ねが希薄だと、対立(触れ合う)するのが怖くなり、本音の交わされない、一見「平和で穏やか」な日常が生まれます。





でも、そこには「せめぎあって、折り合って、お互いさま」の自己肯定感に満ちた安心できる家が見当たらないのです。妻であり、母であり、保育園の保母でもある一人の女性から、手紙が届きました。そこにはこんな事が書かれていました。





私の家庭は、争いごとなど全くない平和な家なのですが、以前から主人のことを感情のない人だと思っていました。一見、穏やかでも全然違っていたのです。わが家は義母(68歳)、主人、そして私、小学校6年の娘、小学校2年の息子の 5人家族です。





あることがきっかけで、私は全く感情を表に出さない人間になってしまったのです。あることとは、主人が私に内緒で借金をしているのを知ってしまったからです。これが初めてではなく、3回目なのです。





以前は主人に対して本気で怒ったりできたのに、今は何もしゃべれないのです。毎日、言おうか言うまいか悩んで悩んで、いつかは離婚かなどと一人で悩み苦しんでいます。





私には、せめぎ合って、折りあって、お互いさまの人がいないのです。主人に対して、何一つ言えないのです。言ったらそれで最後だから・・・・・・。





そうなってもいい気持も半分ありますが、あと半分は子供がいるから、もし別れて不良になったり不登校になったりしたらどうしようなどと考えてしまいます。





こんな私に育てられた子供二人は、将来どうなってしまうのでしょうか、心配です。こんな思いで子育てしている自分が本当に情けないです。自分は周りの人たちからいつも穏やかで優しい先生、といわれています。





対立するなんてできないし、修復もできないのです。こんな自分を改めるにはどうしたらいいのでしょうか。ケンカできる夫婦がうらやましいです。私には、安心できる家なんてないのです。義母とも必要以上に話はしません。





ケンカしてるわけではなく、やはり話すことがないんです。主人との関係、前向きに考えるにはどうしたらいいのでしょうか。そんなことを考えながら我慢してきてから、7年がたちました。





突然パニックになり、爆発するのではといつも思っています。でもなぜか仕事では笑顔になるのです。自分でも不思議に思います。どちらの私が本当の私なのでしょうか。





「私から」





いずれも「本当の私」なのだと思います。人は流れる感情を止めることなどできません。人間関係を白黒で明確に分けることなどできないのです。





関係をあきらめようと思いながらも、ともにそこにいる限りはあきらめきれるものではありません。それは、人に肯定されたいという「欲求」や「願い」があるからです。





感情の抑圧は、気持ちを小出しにする術を見失ってしまいます。「憎しみも向き合うほどに、心鎮まる」。もう一度かみしめたい言葉だと思います。



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