思春期を生きる子どもたちの苦しみ
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思春期を生きる子どもたちの苦しみ

2020年04月10日(金)3:07 PM




思春期は「第二の誕生」の時



ここでは、不登校、いじめの問題を通じて学校教育を考えるというテーマで考えていきます。いま、思春期を中心にして子どもたちの悲鳴が全国各地から聞こえてきます。なかには自分の命を絶つ子どもたちも少なくありません。



なぜ思春期にこれだけ集中して問題が起こっているのでしょうか。わたしは1960年代の生まれですが、この年代を選び、この日本という社会にこの母親・父親を選択して、自分の意思で生まれてきたわけではありません。



吉野弘さんの詩のなかに”I was born”というのがありますが、受け身で生まれてきたのです。思春期というのは、そうした受け身に与えられた生を、これこそ自分の人生だと言えるようなものに仕立て直していく、あるいは選び直していく、そういう産みの苦しみを始める時期です。そういう意味で、「第二の誕生」の時だと言われるのだと思います。



自由と可能性は広がったが



昔の子どもたちも、思春期になれば毛が生え、胸が大きくなり、性衝動に目覚めたのだろうと思います。しかし、「第二の誕生」の時だと言われるにふさわしい思春期を果たして経験できただろうかと考えると、それはずいぶん疑問ではないかと思います。もし、そういう思春期を経験できた人がいるとすれば、それはごく限られたエリートだったのではないかと思います。



なぜなら、わたしたちの親の世代やその親の世代くらいだと、自分の生き方が自分の家や血筋といったものによって縛られており、どう生きていくのかを考える余地もないほどに貧しさに追われていたからです。



ところが今は、大多数の子どもたちはそういうところから解放され、「第二の誕生」の時と呼ぶにふさわしい思春期を経験できるようになってきています。ですから、昔の人に比べると、潜在的に自分を大切にしたいという要求を持てるようになっています。



まさに、人生の主人公として自立してゆく自由と可能性が広がった、そういう時代と社会のなかで生きているわけです。だからこそ、今の子どもたちは、どうしたら自分らしい人生が生きられるんだろうかということで迷いますし、葛藤も大きくなります。



そこを乗り越えて、自分の人生の主人公として自立していく、これが今日の子どもたちの大きな課題だろうと思います。こうして、自分らしい人生を生きたいという要求を持てるようになっている、しかし、それを支える心を膨らましてもらっていない、そういうジレンマと葛藤のなかで生きているのが今日の子どもたちだと思います。



では、自分の人生を自分らしく選んでゆくためには何が必要かというと、「自分が自分であって大丈夫だ」という心です。自分を肯定する心でしっかり支えられてこそ、自分の心と頭とを信頼し、自分に依拠して自分の人生を選んでいけるわけです。



自分の生き方が縛られていて、他人の言いなりになって生きるのなら、自己肯定感は必要ありません。人生の主人公として自立していく自由と可能性が広がっている時代だからこそ、逆にこういう心の支えが問題になっているのだと思います。



学校は自己肯定感が育つ場になっているか



では学校は、子どもや学生たちが、「自分が自分であって大丈夫だ」という心をちゃんと膨らませるような場になっているでしょうか。今の子どもや学生たちが、学校をどのようにとらえているか、学生たちに書いてもらった文章がありますので紹介したいと思います。



ひと口に学校といってもいろいろありますし、子どもや学生も一人ひとり違っていますから、心に映る学校というものはそれぞれ違っていて当たり前ですが、それでもかなり共通するイメージが出てきます。たとえば、ある男子の学生はこんなふうに書いています。



「ひと言で言うと、嫌いな場所でも、好きな場所でもあったといえます。学校へ行けば友だちがたくさんおり、話題がつきないほど話しが盛り上がります。だが、この先、人生を生きていくうえで本当に役に立つか分からないような授業を受けさせられ、成績で一人ひとりの人格、性格が評価されたりもします。


非常に矛盾に満ちた場所になっているように思います。わたしにとっては、今振り返ってみると、学校に対しては圧倒的に反抗が強いように思います。そして、嫌な思い出ばかりがあります。しかし心底から学校が嫌いだとは思わないし、言えません。嫌な思い出ばかりなのにもかかわらず、どうしてでしょうか。



やはりわたしは自分の心のどこかで、学校が好きだったんだと思います。(中略)そう、わたしにとって学校とは、愛情と憎しみが混ざり合った矛盾に満ちた場所であると同時に、憎めない奴なのです」もう一人の男子の学生は、こんなふうに書いています。



「自分にとって学校とは最も拘束される空間であり、嫌々ながら行かざるを得ない場所です。学校に行く前は、朝、常にそう思いながらも登校していました。しかし、行ってみると友人がいたり、意外に授業が面白かったりして、「ああ、来てよかった」とも思っていました。



自分にとって学校は、その時の心の状態によって好きになったり嫌いになる場所です。たとえば、小学校の時、絵を描いていてそれが他の子どもたちよりもうまく描けてなくて下手くそに見える、しかもその絵は次の参観日に父兄の人たちに見てもらうといった状態に陥ると、図画の授業があるとその日だけは憂うつになり、嫌々行きます。しかし体育が次の日バスケットやサッカーであると、前日からウキウキして「早く学校に行きたい」という衝動に駆り立てられます。」



これは大学生が昔の学校生活を回想して書いているわけですが、「友達がいるから学校が好き。でも、物差しを当てられて差別されるから学校が嫌い」それが今の多くの子どもたちの学校に対する思いではないかと思います。そのことはいろいろな調査からもうかがえます。



大阪教育文化センターが以前行った大規模な子ども調査もそのひとつです。たとえば、高校2年生に、学校生活で楽しいことを3つ以内で選んでもらったら、「友だちとの遊び」というのが一番多く、次いで「信頼できる友人がいる」という順番になっています。



また、学校生活の充実のために力を入れたいことを選んでもらったら、断然トップを占めるのは、「友人とのつきあい」です。そして、中学生では、先生に対しての注文として、「成績だけで差別しないで」「もっと意見を聞いてほしい」というのがすごく多いのです。



この結果は、国民教育研究所が行った調査とも一致しています。「学校生活のなかで生徒が人間として大切にされるということはどういうことだと思いますか」という問いに対しては、中学生、高校生ともに、「成績で差別されない」が一位、「自分の言い分をきちんと聞いてもらえる」が二位です。



ですから、子どもたちが教師に一番求めているのは、「差別してほしくない」「自分の意見や言い分、気持ちをよく聞いてほしい」ということです。逆に言いますと、今の学校ではそれができていないということではないかと思います。



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