ひきこもりの大学生の事例
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ひきこもりの大学生の事例

2020年04月09日(木)1:31 PM





A君は瀬戸内の小島に生まれました。島の中学を卒業し、船で別の島の高校に通いました。父親による体育会的教育は、A君の生来の生真面目さに、緊張感といくぶんかの卑屈さを加えたようです。高校のころから息苦しさにつきまとわれていましたが、希望の大学の学部に合格し、下宿生活が始まりました。





1年間は漠然とした不全感を抱きながらも、人並みに講義に参加しました。2年目、新入生の歓迎コンパの幹事を任されました。「そういう仕事を器用にこなす力がなかった(カッコ内はA君の言葉、以下同様)」ためか、まわりの喧騒についてゆけなかったためか、5月には大学を休みがちになりました。





「いく気にならない自分を大事にしようと思った」ので、6月からは大学を休み、近所のスーパーでアルバイトを始めました。仕事は「さほどきつくはなかったし、面白みもあった」ので、半年以上休まず続けました。





年が明けて、2人のアルバイトが立て続けにやめて彼の負担が急に増えました。「文句の言い方を知らなかった」ので無理を続けたが、「ある日ぷつんと切れて」やめてしまいました。





すでに正月の帰省時に、「新年度からは復帰すると父に約束をした」関係上、4月からは数回登校しました。が、「神経質すぎると自分でも思うのだけれど」上級生になっているクラスメートに会うのが負担で、「今度こそ、本当に行けなくなってしまった」ようです。





そうした苦痛を感じながら、「もっと苦労しなきゃいけないなんて思っていた」といいます。テレビを見るのが苦痛になり、やがてテレビがあることが苦痛になってリサイクル店に売り払い、集めていた書籍・CDもすべて処分しました。





売るものがなくなって下宿が空っぽになり、「しばらくすっきり」していましたが、人と共通の話題が見つからず、もやもやした気分も続きました。そのまま1年が経過しました。最初、父親が関東自立就労支援センターに来て相談をもちかけ、2ヶ月ほどしてA君本人が来ました。





「前は困っていたが、今は特に困っていない」と冷静な口調で話をしました。その後、定期的に来談するようになり、「故郷の島の産廃施設が出来て、ダイオキシンのことが気にかかる」など、環境問題についての危機感が語られました。





というより、「ここで話すことで、自分が環境問題に関心があったことが初めてわかった」と言います。「できることなら」と彼は言いました。「車には乗りたくない。免許なんて取ろうと思わない。そういうかたちで安易に妥協できない。ほんとうに排気ガスを出してもいいの?ほんとうに道路を舗装していいの?これに結論が出てからでも遅くはない」





その後、環境問題から話題は広がり、政治や経済のこと、同世代の人々のことが語られ、やがて話題は回帰して家庭環境や生育史が語られるようになりました。以下、彼が復学をするまで1年半の発言をいくつかに分類して羅列しました。





現代社会について





「やりすぎの人が多い。仕事でも趣味でも遊びでも。あらゆる生き物の中で人間だけが出っ張っている。アメリカンドリームなんて一番ばかげている。人間、つつましく生きられないものなのか?ミネラルウォーターなんてすごい贅沢。だからといって退廃的にもマゾヒスティックにもなっていない。まあ、ストイックにはなっているけれど・・・・・。自由って何でしょうね」





「文明に巻き込まれることへの懐疑。『させられる』ことが増えることへの抵抗。履歴書を書いたり、写真を撮ったり・・・・・それがそのま社会にからめ取られることに思える。社会的な存在と個人的な存在を器用に使い分ける人もいるけれど、自分にはその力がない。結局、自分を見失う不安なのでしょう」





「多くの人が、田舎から都会に向かって出てきてしまう。田舎には、居場所がないのか?その一方で、自分の育った環境が何ともわびしく感じる。父親もまた『島を脱出できなかった人』というイメージがある」





家族について





「父親は『負けるな。根性を出せ』の精神論。休学してアルバイトをしていた頃には、何も言わなかった。母親は、自分に影響を与えたとは思っていない。結局、父親です。父に対しては畏れ、そして無力感。・・・・・・けっして憎いわけじゃない。面と向かって憎めたら楽でしょうね。





けれど、今の自分がもともとそうだったのか、父親にこのように仕向けられたのか、どちらかはわからない。だた言えるのは、父にはむかえなかったこと。子ども3人がひとつの部屋で、閉じこもれる空間がなかったこと」





これまでの自分について





「中学・高校と進学するにつれて息苦しくなり、『お金を使ってはいけない』みたいな強迫観念が生まれた。小さいころから物を買ってもらえなかった。ゲームを買ってもらった記憶もない。家が貧乏だったからなのか、よく分からないけど」





「7年間、父親に柔道をやらされて、自分で自分が『たいした人間になっているはずだ』と正当化したいのだろう。くそまじめにこなしただけのことなのに」





「入学当時、学科に興味はあったが、やるべきものが途方もなく大きいものに思えた。2年になって『さて、何からどうやってゆくか』という段になって途方に暮れた。『まじめに考えすぎ』と言われれば『そうだろう』ということになる」





「そのうち勉強が手につかなくなった。負担が大きくなって自分のペースが崩れたんだろう。説得されてしまいやすい人間だから、担当教授の『期待している』とかいう気まぐれな言葉に乗せられた。バイトでけっこう稼いでいたし、いい気になっていたのかも知れない。しんどくなってはじめて『献身的すぎた』と思い始めた。それでも『やめたらダメだ。ダメになってしまう』という強迫観念のような気持ちで無理を続けた」





「自分自身のむさくるしさ。どうしても、飄々とした人になれない。こうした人間は確かに父親の言うように、体でも鍛えておかなきゃしかたがないのだろう」





今後の生き方について





「死を選ぶことはやめていないし、そう考えることもある。でも、自殺してしまうとメッセージが発生しそうでいやなんだ。だからといって積極的に生きようとも思わない。楽しいと言われていることが楽しいとは思わない。未来なんて考えるのは、おこがましい。ただ、心の平安を考えてきただけ」





「(欲深い人は嫌なの?という問いに)・・・・・・自分ができないからかな。たとえば『旅行に出れば楽しいぞ』と思った瞬間、実際にはそれを望んでいないことに気がつく。『したい・したくない』を考えるのはいやだな」





「失敗も成功も怖い。もし成功したらたぶん『違う』と思うだろう。バイトしていたとき、働く喜びは感じていたけれど・・・・・。家族、一族郎党みんないなくなれば、すごく楽な気がする。『外に出て行って一旗掲げて』なんてどこかで思っていたのかも。やっぱり圧力がかかっているのか」





「迷惑をかけているのは自分の家族だけのはずなのに、もっと広い範囲に負い目があるような感じ。これもまた『自分は特別な存在』という全能感の裏返しでしょうか?」





「(最終的にどうなる?)・・・・・学校を中退して、島に帰って畑を耕すでしょう。自分の我を通し続けることは嫌だし。ダメなところもあるし。よりかかるところがあれば、と思う。自然とか」





「これからやっていくことは、何でも自分を変えることになってしまう。『変えてどうするんだろう』という思いがあります。わだかまりが消えても本質的な問題が残る。





すぐに島に帰っても、町で仕事をしてもどちらも変なことになりそう。(「きっとそういう感じって正しいよ」というわたしの相づちに)・・・・・・・戦略的な思考法に欠けているので、闇雲にやってしまう。その結果、『ああ、ダメだ』と思ったり。工夫をしたりするのは苦手。楽をするのに罪悪感があるから」





「やりたくないことはやらない。もう、それしかないかな。身体性による決定論みたいなものがあればそれが一番いい。セオリーが自分の中にできてしまう、その前のもの。ブラックボックスの中にあるものなら、かろうじて受け入れられるかも。(未知なもので、ワンパターンな自分を変えたいわけね?)閉鎖系から、開放系への移行・・・・・・・その橋渡しの問題かな」





島に生まれ、自然が破壊されてゆく姿を目の当たりにしたこと、だがしかし、島の生活には未来がないとも感じていること、かといって都会の消費生活は偽りにしか見えないこと、古臭い父親の精神論を嫌いながらも何も価値観がないよりはましだと考えていること、そうした話題が循環し、A君はみずからの思想がこうした生活環境に生まれ育った人間として正当なものであることを確認していきました。





「ノスタルジーに浸って、少し気の利いたことを言っているだけなのかもしれない。でも、コミュ二ティーのデザインとかには、かなり興味がでてきた」





そのうちにA君は再び読書ができるようになり、岩波新書の「裏日本」や「日本の無思想」を古書店で手に入れ、それらについて語りだします。やがて、彼は自分の問題意識を裏打ちするには「歴史学」が必要であることに気づき、転学部・転学科をはたして復学しました。





転学科の際の面接で「君のように深い問題意識を持って勉強しに来ている学生がいると知って、わたしたちはほんとうにうれしいよ」と教官に言われたと彼は恥ずかしそうに言いました。





A君のひきこもりと、彼の思想を別物としてはとらえがたいと思います。もちろん、こうした思想がひきこもらなければ得られないものとは言えません。しかしA君においては実際にひきこもることが彼の思想のためには必要だったし、そのように思想することがひきこもる彼に必要だったのでしょう。





少なくとも彼においては両者は不可分であり、元来思想とは、このようにして自らの振るまいから生じ、また自ら振るまうことによって確かめられるものではないでしょうか。





この両者の出来(しゅったい)を病理として見なければならないでしょうか。確かにある種の思想は、その人の特性や生育史、つまり人となりを示すでしょう。たとえばA君に、島の去勢と彼自身の去勢不安の重なりを読み取ることはたやすいです。本人もまたそのように理解しているふしもあります。





ですが、そのような読み取りは、しばしば人を標本化し、その想いのふくらみを損ないます。ここでわたしが青年の想いを語られたまま描写し、その生育史や家族にあまりふれないのは、そのような「貧しさ」への警戒心によります。





また逆に、ひきこもりの理由にはさまざまあるにせよ、思想はそれを合理化するべくステレオタイプに生じてくるのではないかという疑念も湧くでしょう。ですが、稀代の偉人を別として、あらゆる思想は大なり小なり合理化の側面を持ち、ステレオタイプのそしりをまぬがれえないといったら言いすぎでしょうか。





孤立した青年はとりあえず「虚無」や「脱俗」に傾き、そこを出発点として彷徨し出すでしょう。それはそれでよいだろうし、迷路から抜けやすいように同行者となることもあっていいかもしれません。



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